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「所在地」:徳島県板野郡上板町七条 「形 式」:平城 「遺 構」:石垣、井戸、城趾石碑 「歴 史」
城主は七条兼仲。 城主七条兼仲は、天正10年(1582年)中富川の合戦(阿波の関ヶ原と言われる合戦)に参加し戦死したと言われる。 「七条城訪問記」
日本城郭大系には、七条城の中心部分は宮川内谷川の川底になっているとあり、城があった当時と現状は川の位置も変わり当時の様子を想像することは難しい。 現地を訪れてみると川の南岸はかなりのブッシュで立ち入ることさえ難しい状態で遺構は未確認であるが、北岸の堤防には城趾石碑や、古い石垣や井戸が見られたが、古い石垣が城の遺構による物か堤防工事の基礎の石垣か判断がつかなかった。 「七条城への道しるべ」
県道14号線。上板町役場の案内のある交差点を北に進む。橋があるので渡って直ぐに堤防に右折する。堤防の道に入り直ぐ左折(ヘアピン上)したところに城趾石碑がある。 |
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2008年12月14日
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