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「所在地」:香川県高松市室新町(室山山頂) 「形 式」:山城 「遺 構」:削平地、土塁。 「歴 史」
城主は太田犬養守。 太田氏は勝賀城主香西氏に属していた。 太田氏は四国統一を目指す長宗我部元親軍と戦い戦死した。 「室山城訪問記」
室山城のある室山は紫雲山の南の峰を指すが、この紫雲山の麓には高松松平藩の別邸(大名庭園)で今は「栗林公園」と呼ばれる国指定の特別名勝がある。この栗林公園の借景になっているのが紫雲山である。 栗林公園には「小普陀」と呼ばれる場所があるが、ここは栗林公園の発祥の地と言われ元亀・天正の頃この付近の豪族佐藤氏によって築庭されたと伝わるのですが、ちょうど室山城の麓になるので城の根小屋に築庭されたと考えれば歴史ロマンを感じます。 室山山頂周辺の削平地は伐採され下草も刈られていたが、周辺の木により山頂からの展望がさほど良くなかったのが残念ですが、この紫雲山(室山)が高松平野を一望できる位置にあり高松平野を押さえる事を考えれば、戦略的に非常に重要な位置になることは認識できました。 遺構としては山頂の主郭に土塁が築かれ約50m程度残っており、主郭脇には帯曲輪が設けられ帯曲輪と主郭との段差部分には石垣の崩れたような場所もあります。 「室山城への道しるべ」
室山城は紫雲山の南側山麓にある「奥の池」の南側の池の辺を進み、山に突き当たる周辺にコンクリの擁壁があるが、擁壁の横から山に上る道がある。その道が登城路入り口から続く道で、上に上にと登っていくように進むと山頂まで登れる。 詳しい地図で見る |
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「所在地」:香川県三豊市高瀬町上麻 「形 式」:山城 「遺 構」:削平地、堀切、土塁、城趾石碑。 「歴 史」
城主は近藤出羽守国久。 国久獅子ケ鼻城主大平伊賀守国祐の弟で、ともに天霧城主香川氏に属していた。 天正6年土佐の長宗我部元親が讃岐に進行した折、麻城は落城。国久も討ち死にした。 国久は谷に落ち命を絶った伝承があり、その谷は「おじが谷(横死ケ谷)と呼ばれている。 「麻城訪問記」
新年最初の記事UPとなります。 昨年はたいした更新もなく、訪問してもコメントもなかなか出来ずにおりましたが、今年は更新頻度もコメントももう少し上げたいな・・・と思っております。(う〜ん厳しいか・・・ホント(●´・△・`)はぁ〜 ) さて有言実行となるか・・・・本年もよろしくお願いいたします。 さて、2009年第1号記事は香川県麻城ですが、この城は旧高瀬町指定の史跡で曲輪部は下草が刈られ、登城路も整備されており、城趾の案内図や簡単な歴史を紹介する案内看板もあり初心者向けの城趾って感じです。 馬の背状の城山の最高所(168m)に主郭を配置し段下りに6つの曲輪を配置し、前後に外郭部と出郭が配置された山城です。 階段状に配置された曲輪は主郭以外はそれほど大きくなく、大軍で籠城できる城ではないな・・って感じですが、麓から見る城山は比較的険峻ですが、それよりも山峡の中の城なので、攻め側は狭い谷を通って軍を率いて来ることになるので、谷をいかに押さえるかが戦略上重要に需要になってくる城である。 きちんと調べていないのでの訪問だったので、、城主国久が谷に自らの身を投げたと伝承される横死ケ谷がわからなかったのがちょっと残念です。 「麻城への道しるべ」
県道23号。「良心市たかせ」前に麻城をしめす道しるべが設置されています。道路には案内看板が設置されており道しるべに沿って進めば城趾に到着できます。舗装された道路ですが途中から狭いので、軽自動車なら城趾まで直接向かうことは可能ですが、普通車なら途中の路肩に駐車しての訪問となります。 詳しい地図で見る |
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