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あらためてblog書きも面倒臭いので友人とのやり取りをコピーします。 私も含めて死に病の代表と言える、この病に対して多くの人達は、あきらかに間違っている、偏見に満ちていた事を自分が死に病を実体験したことでわかりました。 急に自治会長を引く事になりたいへん申し訳ありません。17日に大腿部からカテーテル使って一番大きい直径76ミリのガン細胞に閉塞治療を行いました。抗がん剤を部分に送りガン細胞と血管の繋がった部分にビーズ玉をネジこみ栄養源を遮断してます。時間をかけて弱らせて外科手術の手はずです。小さいものを入れるとし数個はあるようです。最も身体にダメージ与える大きいのをもう少しで取り出せるので、ありがたいです。私の臓器はバリバリですね、だからしっかり治療がやれると言ってくれてます。最新式の高度医療、患者に対する配慮に接して生き抜く力を頂いた思いです。現状報告。なお、岡田さんにヨロシク伝えて下さい。 抗がん剤の毒素も点滴で洗い流して食事もおいしくなりました。今朝は待望の排便が健康的に出ました。後は、外科手術の日取り決めがあります。 カテーテル使った治療も終わり、やれやれです。まだ先がながいならデカイのを弱らせ取り除けば家に帰りたいね。こちらの方が楽かも知れないけど。かなり気を使い生活しても静かにガン細胞が成長するから、今の選択しかなかったと思いたいね。 ベストな選択されたと思いますよ。 「これをしたら、ガンが治る」「抗がん剤は使うな」…人はいろいろ言いますが、実際に自分がガンになってみないと、本当のところはわかりません。 加地さんは、他のガン患者よりいい身体しているし、過酷な治療にも勝てると信じています。 永田先生からお借りしている、ネガティブイオン治療機とわしの浄化液の良いやつの組み合わせは確かに良いけど、これが単なる気休め的な事か、根本治療になるのかと言えば、根本治療にはなりそうにない事はネガティブイオン治療機の堀口先生も永田先生も見解は同じです。私の今後は永田先生に伝え紹介状を通じて主治医永野先生にも通じているはずです。一度に多くの治療をするのではなく、身体の様子を見て長期的にやって頂たいと思っています。なかなか抗がん剤はたいへんなものです。 どんなに自分が信奉している人が言うことでも、どんな有名な医師の言葉でも、丸ごと盲信するのは、場合によってよくないですね。 藁をもすがる気持ちで「ある物(高価なドリンクだとか民間療法とかいろいろ)」だけに執着して、寿命を縮めてあっという間に亡くなっていく方を何人もみてきました。しかし、それもご本人が決めたのだから、それでよかったのかもしれません。 でも、加地さんには、生きて欲しい。 幸い、いいドクターも付いているんでしょう。最新医療とそれ以外の部分のいいトコ取りで、生き延びると信じてます! 自分と全く同じ人間はいないように、ガンだって皆違う性格、顔つきをしていると思います。 ある治療が、皆に同じように効果があるとも限らないし、副作用の出方も違いますよね、きっと。やって様子をみないとわからない。どこまで様子をみるのかを見極めないといけない。それには、大変な精神力が必要だと思います。 ドクターと良好な関係を保ちつつ、最終的には、自分の勘、考えで、主体的に方向を決めてください。 どんな状況でも、可能な限り多い選択肢を並べてみて、客観的に、主体的に、身体と相談しながら、臨機応変に、「自分が」選ばないと、必ず後悔します。 選択肢は多いほどよいですが、短時間でベストな選択をするのは難しい。 一方を選択したら、もう片方を選択した場合を覗き見ることができないジレンマ。 しかし、途中で違うと思ったらやめて道を変えることも、ある程度は可能です。 自分がガンになってみないと、何も言えないですが、母がガンだったので「もしガンになったら…」と考えることはあります。が、やっぱりなってみないとわからない。だから、的外れなこと言ってすみません。ラインのやり取りでは、様子が分かりかねるので、余計なことも言ってると思います。お許しくださいね... そのときどきのベストな選択ができる強い精神力があれば、加地さんの身体なら、乗り越えられると思います! 羽のばすのも良いね! 当方は相変わらずの病院食ですが糞さえ出ればこっちのモノです。 この病院は死にたい人間の来る所じゃない❗ガンだからって最新式医療技術でキッチリ対応してくれる。 もう一度生きなおすなんて事をサポートしてくれるありがたい場所だと思います。色んな事を良かれ思い言ってくれているのでしょうが、ハッキリ言って的外れです。先入観と情報卯飲みなんて情けない糞野郎が実におおい。だいたい病人というのは選択を迫られる当事者。だからまるで評論家のような人間とは同じ土俵にいることは出来ない。 駆け引きなく、柵に囚われない人でありたい。そして輝く生き方をしたい。そんな感じで生きてきました。これからも、変わることはありません。 長くなった失礼。 |
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