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残っていたものだなぁ、と思ったりするYahooブログのアカウント。
当然ですね。 yahooアカウントをそのまま運用しているのにブログが残ってないことはありえないわけで。 少し、安心しました。 昔、自分が目的をもって学習していた時代のことを思い出して、少しばかり感慨にふけっている私がいます。 あとは、昔の自分の方が賢かったように思える今日このごろです。 近況ではございますが。 最近はデザインを行いながら個人ビジネスの実験をしています。 デザインは、ある意味無理矢理することになりました感があってなかなか面倒ではありますが いい加減、「他人にプレゼントする」気持ちでデザインをつくる「プロ」になりたいものですね。 気になったらこちらからどうぞ↓ H&Yデザインスタジオ 代表 遥風のブログ(アメーバブログ) たまに、また書き込むかもしれませんが、その時はどうぞよろしくお願いします。 |
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愛情によって死ぬことを選んだ。
この人だけを愛そうと決めた。 生きていることに意味を見出そうとしてはいけないことをしっていた。 解が無い答えを出すことをしていては、つかれてしまうのだから。 だから、あの日の自分は公理から導けないその解を定義した。 最も簡潔で、人間が本来持ちうる生存本能から生まれでた性質に最も忠実な定義をつけた。 愛情の為に生きて、そのために死んでみようと。 だから、その人に会う度に、言葉で縛った。 縛り付けすぎては死んでしまうかもしれないが、敢えて縛り付けて、がんじがらめにしてみた。 お金も全部あげるよ。いらないから。 心も全部あげるよ。もってないけど。 命も全部あげるよ。意味が無いから。 さて、寝よう。明日は朝から派遣だ。 |
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祖父の葬式より、帰ってきました。
居住地からの直線距離が1000km半径を超えるので、余り面識があるものではなかったのですが、 久方ぶりに会いに行くのがこのような訃報を受けて、というのは聊かさびしいような気がします。 この少し前に知人が「今年、厄年なんじゃない?」という発言が、 事故然り、肉親の逝去然り、と思い返すと今更ながらにそうなのかもしれない、と思わせてきます。 その日は、祖父が朝に亡くなって、すぐにとった航空機が首都高の事故渋滞のために乗ることができず、鹿児島空港経由の便で動いたら、現地到着は18時を超えていました。 その日に久方振りに出会った同い年の従兄弟とその弟はずいぶんと逞しく、格好よくなり、彼の妹もまた非常にかわいらしくて、なんだかいいなぁ、と思ったり。 しかし、実際は彼ら以外親族・祖父の知人関係では余りにも知っている人がおらず、なんとも葬式が終わるまで精神的につかれるものでしたが。 しかしながら、驚くことには雨が降るという予報がありながら、一切振らなかったことや、小さい島だからかは判りませんが、ホテルに戻るためのタクシーに乗ったときに、タクシーのおじさんが祖父のことを知っていたり(彼の家は祖父の設計らしい)、祖父の葬儀の時に聞いた話。当時としては珍しかった映画音楽が好きなこと、口笛を吹くこと、島内では珍しい、外国人のような顔の持ち主であったという話を聞いたり。そして、祖母が棺を閉める前の瞬間に泣いていた顔を見たり。 葬式の時に聞いたこと、見たことが余りにも自分の印象にのこって。 後は、自分が死んだとき、彼女はああやって泣くのだろうか、ということや、あるいは、彼女が先に死んだとしたら、自分は生きていられるだろうか、とか、祖母はこれからどういう生活を送るのか、自分は父や祖父のような人間になれるのだろうか、などということや、普段から考えてるADD的な症状とどう向き合っていくかなどついて考えることのできる時間があって、考えてきました。 あぁ、これは精神的にキツかったあのときをちょうど見計らって助けてくれたのだろうか、などと考えて。 今年ももう一週間。 後の一週間、特にレジ打ちのお仕事は気合入れていかないと。 出発前に失敗した諸々のことについて、ちゃんと謝らないと。 むこうでの強烈な印象を糧に、祖父の、父の哲学を心にしまって、 今日のお仕事も勉強も、頑張ってきます。 に、してもひとつのテーマがはっきりしていないと、文章がぐちゃぐちゃになってしまうのはどうにかできないか。 ふだんから書いても無いからですね、わかります。 |
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どんな病気だからといって、甘えるわけにはいけないと考える。
金銭的な契約があるバイトはミスが許されない。 与えられた業務をこなすことができなければ、解雇されて当然だ。 もし、自分が本当にADDだと診断されたとして、それを雇い主に言ったとしたら、多分解雇されるだろう。 ミスをしやすいというお墨付きなど、努力によって改善できないお墨付きがあっては、 寧ろ雇用側としては損失がでかねないと考えるだろうからだ。 本来、益よりも損を生み出しかねない人間をわざわざ採ることもない。 本当の話、自分はミスの頻度が人よりも遥かに多く、習熟度もおそらく同期に入った人よりも遥かに遅い。 (あまりのミスの多さに事故の際は店長に「起こすと思ってた」といわれたほどに信頼されている。) だから、それを補うためにメモを必ず携帯する。 自分はタイムカードを切る前から私服で可能な業務はやっておく。 同時進行でいくつも業務をこなせない以上、業務開始より先に片付けるしかない。 しかし、それが時間の都合でやっている余裕がなかったり、 すこしでもいつもと違うとミスを連発して、業務や清算時にかなりの時間をかけてしまう。 それにも関わらず、店長は叱るもののいまだ解雇はしないで居てくださるのは本当にありがたいと思う。 アメリカの学校ではADDを理由に授業を欠席する人間が多く居るという。 病気を利用して特別を主張するのは、日本では通用しないし、将来どうあっても通用させるべきではない。 と、いうより日常生活に支障をきたすレベルの「障害」で無い限り本人のためにならない。 なんとかする努力をしないかぎり、周囲の悪い反応を受けることになる、 (尤も、努力をしても効果が無ければ精神的にくるような発言をされるかもしれないが) 所属する企業には損失を、場合によっては死亡事故につながる。 もし、そのような事故を起こして周囲の信頼を失ったとしたら、 その人はこの社会の中では生きていけないだろう。 自分たちは法的な救済があるという前提ではなく、救済措置がないと考えてリスクヘッジしないとならない。 病気である以上、先天性で直らない以上、限界があるとは思うが、 相当な重症ではない限り、行動療法という方法もあるらしいし、 必要だったら薬物療法も可能であるらしい。 少なくとも、人に求めずにできる限りはなんとかしようとすること。人に甘えないこと。 それがいちばん大切なことではないだろうか。そして、自分が目指しているところである。 |
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10月19日午前8時45分。
事故を起こした。 路地裏の一時停止の標識を無視して飛び出した交差点で、 普通車のバンと交差点で衝突。 自分が乗っていたバイクのフロントの右半分は完全につぶれるか、吹き飛び、 自分はアスファルトの上に数回叩きつけられ、引きずられて、脳震盪で意識を失った。 しかし幸いにも、身体的な被害は足をひねったこと除いてはなかった。 高いヘルメットと父親のお下がりのバイクウェアは、 普通であれば致命的な衝撃から、自分の身をまもってくれた。 その日からしばらくして、母が思っていた異常が自分に知らされ、それは自分の疑問に変わり、 明らかに普通の人々と違うその能力的欠陥が、ある種の病理的な異常でないかと疑い始めた。 そこで初めて、自分がADD(注意欠陥障害)的な何かであることに気づいた。 その特徴は事故に始まり、バイトや生活のありとあらゆる面における自分の欠点を指摘したことで、 それが自分の欠点が「個性」というひとくくりでまとめられるものでなく、 病気であるということを知ったことで、 すこしばかり、救われた気がした。そして、その「欠点」を消し去るための道が見えた気がした。 |





