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高校一年の時に読んだ太宰治の「人間失格」。
手記の冒頭の「恥の多い生涯を送ってきました」
という一節を読んだ際の衝撃は、今も心に刻まれています。
この歳になって感じることがあります。
それは、たくさんの「恥をかく体験」が私を成長させたということ。
恥をかく体験は私自身の内省を高めてくれました。
周りから笑われたり、馬鹿にされたり、叱られたり、諭されたり。
このような体験は、恥ずかしいものです。
しかし、誰よりも先んじて行動し、他者と違う道を歩くという
チャレンジをしなければ、決して体験できないことです。
恥をかくことは、チャレンジした人にとって矜持となるべきでしょう。
恥をかく体験は人をどんどん成長させてくれます。
そもそも、チャレンジしない人は恥をかく体験をすることがありません。
また、努力して上手くいったときに、妬(ねた)み嫉(そね)みを受けます。
それらは良い結果を出したことに対する他人の下衆な感情です。
人から受ける嫉妬におののきながら生きることほどバカげたことはありません。
チャレンジして努力した人が下衆な感情に負ける社会になってはいけません。
ただ一つ、私は「恥知らずな人間」にはなりたくないと思っています。
恥知らずな人間とは、まったく内省のない人間のことです。
つまり、「恥をかくこと」から何も学ばない人間です。
「恥知らずな人間」は、常に人様に迷惑をかけています。
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こう言ってくれると、恥をかくのを恐れるより、
勇気をもって行動しようという気持ちが起こしやすくなります。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」ですね。
2016/12/24(土) 午後 1:12
> ☆star☆さん、コメントありがとうございます。
2016/12/26(月) 午前 8:10