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高校一年の時に読んだ太宰治の「人間失格」。
手記の冒頭の「恥の多い生涯を送ってきました」
という一節を読んだ際の衝撃は、今も心に刻まれています。
この歳になって感じることがあります。
それは、たくさんの「恥をかく体験」が私を成長させたということ。
恥をかく体験は私自身の内省を高めてくれました。
周りから笑われたり、馬鹿にされたり、叱られたり、諭されたり。
このような体験は、恥ずかしいものです。
しかし、誰よりも先んじて行動し、他者と違う道を歩くという
チャレンジをしなければ、決して体験できないことです。
恥をかくことは、チャレンジした人にとって矜持となるべきでしょう。
恥をかく体験は人をどんどん成長させてくれます。
そもそも、チャレンジしない人は恥をかく体験をすることがありません。
また、努力して上手くいったときに、妬(ねた)み嫉(そね)みを受けます。
それらは良い結果を出したことに対する他人の下衆な感情です。
人から受ける嫉妬におののきながら生きることほどバカげたことはありません。
チャレンジして努力した人が下衆な感情に負ける社会になってはいけません。
ただ一つ、私は「恥知らずな人間」にはなりたくないと思っています。
恥知らずな人間とは、まったく内省のない人間のことです。
つまり、「恥をかくこと」から何も学ばない人間です。
「恥知らずな人間」は、常に人様に迷惑をかけています。
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私は決して「ありがとうございました」を言いません。
...と書くと冷たい人間のように感じられるかもしれませんね(笑)
実は、私はいつも「ありがとうございます」を使っています。
過去の出来事であっても「ありがとうございます」を使います。
例えば、「先日はお招きいただき感謝しております、ありがとうございます」
出来事は過去であっても、感謝の気持ちは今現在も
なお存在していることをお伝えしたいからです。
感謝は一瞬で消える感情ではなく、現在も未来も続く感情。 |
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今年の夏季休暇もアメリカで過ごしました。
私にとってOklahoma州は第二の故郷であり、12歳の頃から38年間交流が続いているオクラホマの友人たちは、私にとって既に大切な家族でもあり、最近では「里帰り」も恒例となっています。
今年は「里帰り」先のファミリーの家で数日を過ごし、その後はArizona州のSedonaに行きました。セドナというと、何だかスピリチュアルなイメージがあり、「そこに行けば人生が変わる」など言われる方々がいるようですが、私はそのようなスピリチュアルなことはわからないので、そのことよりも、美しい自然の中でトレッキングを楽しむことを目的に行きました。 とはいうものの、実際に行ってみるとヴォルテックス(Vortex:地からエネルギーが噴出していると言われているパワースポット)を意識せざるを得ないような、エネルギーに満ち溢れた大自然を体感することができました。
今回は4大ヴォルテックスと言われる場所のうち、ボイントン・キャニオン以外の三つを歩いてみました。ただしエアポート・メサは数分で登れる散歩の場所なので、実際にトレッキングとして楽しかったのはベル・ロックとカセドラル・ロックの二つ。 また、一日をかけてグランドキャニオンやホピ族のリザベーションへのドライブを満喫しました。 何だかエネルギーを蓄えたような気がする夏季休暇でした。
これもヴォルテックスからいただいたエネルギーでしょうか。
ベル・ロック
カセドラル・ロック
グランドキャニオン
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今朝インスパイアされたので,以下備忘録として。
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企業が長く生き残るためには,革新を続けなければいけない。
同時に,変えてはいけない「理念(社是)」もある。
個人が生きるためには,年齢に応じて成長し続けなければならない。
同時に,残しておかなければならない「心(価値観)」もある。
企業の「理念」は,ただ文章化しているだけでは伝わらないので,
それだけで社会から認められることはない。
個人の「心」は,ただ思っているだけでは伝わらないので,
それだけで相手から認められることはない。
企業でも個人でも,相手に伝えるための唯一の方法は「行動」である。
「理念」も「心」も行動で伝える以外に方法はない。
また,その行動に「義務感」がごくわずかにでも見て取られようものなら,
相手は決して認めてはくれないし感謝もしてくれない。
相手に対する「理念に基づいた行動」,「心からの行動」が重要なのである。
企業であれ個人であれ,「私(達)のこんなにも崇高な気持ちをわかってほしい」は
自己承認欲求を満たしたいだけの「甘え」と「独善」以外の何ものでもない。
「義務感」と「甘え・独善」から解放された行動,
自分の内側から沸き立つ行動が重要なのである。
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以上 |
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親への感謝を言葉にして子どもに聞かせることを大切にしたいものです。 自分が子どもの頃,親が自分にどのようなことをしてくれたのか, そのことに関する感謝の気持ちを子どもには具体的に伝えたいものです。
子どもにとって,親のしてくれる支援はあまりにも当たり前なことです。
だから,子どもの頃には親への感謝の気持ちが芽生えにくいのです。
しかし,親がその親(祖父母)に対する感謝の気持ちを言葉にして伝えていると, 子どもは親がしてくれる支援について感謝の視点を持つことが可能となります。
もちろんその時点では,すぐに感謝の気持ちが芽生えるかどうかはわかりません。
しかし,長い目で見ると,親の良い言動は必ず良いお手本になっています。
できれば子どもが10代のうちに,自分の親への感謝をたくさん聞かせたいものです。
反対に,親や配偶者への不平不満を子どもにずっと聞かせていると,
その子どもは大切な人を大切に扱うことができない,つまり大切な人と
良好な人間関係を作るのが苦手な大人になってしまいます。
なぜか大切な人であればあるほど大切にできない人がいます。 そのような人は子どもの頃の親子関係を振り返ってみましょう。 親のどんな不平不満を聞き続けていたのでしょうか。 親の言動の連鎖を続ける必要はありません。
大切な人に感謝を伝えそして大切に扱う。 ただこの単純なことを日々やるだけ人生は必ず好転します。
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