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今、あなたの人生がうまくいっていないなら、それはあなた自身の問題です。
誰かを悪者にしても何かを悪者にしても、恨み心ばかりが脹れるばかり。
気づかぬうちに、解決よりも恨み心に浸ることが生きがいになっていませんか。
あなた自身の問題であるにも関わらず、言い訳をしたり、ごまかしたり、
見て見ぬ振りをしていたり、他の快楽に逃げているようなあなたの姿を
見るに見かね、何とかしてあげたいと思う助け人が現れるかもしれません。
しかし、本人が自分自身の問題に向き合おうとしないままであり続けると、
やがてその助け人も、自分のお節介に気がつき、疲れ果て去っていくでしょう。
反対に、人生のあらゆる困難の場面において、全て自分自身の問題として
真剣に向き合い頑張るあなたに対しては、助け人も真剣に関わってくれるでしょう。
誰が悪いわけでも何が悪いわけでもなく、あなたに現実に起こっている問題は
全てあなた自身の問題なのです。先ずはそのことに真剣に向き合いましょう。
“幸せに向かう力”はその瞬間から働きはじめるのです。
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カウンセリング
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個性を重視することや自分らしくあることは大切なことです。
しかし、最近はそのことが強調されすぎているような気がします。
傍若無人に振舞う子供に、「あなたはあなたのままで良い」で良いのでしょうか。
「個性を伸ばしましょう」で良いのでしょうか。
私達が子どもの頃は「公共の福祉」を優先させることを教えられました。
簡単に説明すると、自分の人権や自由を主張することで他人の人権や
自由を侵害したり奪ったりすることにならないようにしましょうということです。
「譲り合いなさい」とか「人様に迷惑をかけるな」と厳しく教育されたのも、
このような「公共の福祉」を優先させるという暗黙のルールがあったからこそ。
これは、もしかしたら日本人独特のコミュニケーション文化なのかもしれません。
しかし、この暗黙のルールは互いの信頼を高めるのでとても良いことだと思います
グローバルという言葉に翻弄され、諸外国文化に合わせることばかり考えずに、
日本文化の良いところを、もっと世界に発信することができないのでしょうか。
昭和の時代、日本の高度な発展は「公共の福祉」優先の文化があったからこそです。
現在、一部の国とのいざこざはあるものの、ほぼ世界中で日本人は愛されています。
それは、日本人が「公共の福祉」の優先という意識で人に接するからではないでしょうか。
個人の人権は大切ですが、それを守るも破るも公共社会なのです。
日本人の「公共の福祉の優先」という教育をもう一度見直したいものです。
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あなたが今、先の見えない苦悩を抱えて行き詰っているのなら、
もしかしたら、原因は「自分らしく生きたい」という気持ちにあるかもしれません。
誰しも、「自分の人生なんだから、より自分らしく生きたい」と思うものです。
しかし、あなたの人生はあなただけのものではないことも事実です。
両親、兄弟、親戚、近隣の人、お世話になった人、学校の先生やクラスメイト、
会社や所属組織のメンバー、そして人生で一度だけ時間共有をした人にさえ、
あなたの「人生」は何かしらの影響を与えているのです。
大小多少に関わりなく、あなたの「人生」が喜びと感謝を感じさせているのです。
あなたから受け取る喜びや感謝が精神的な支えとなっている人が必ずいます。
そのことに目を向け気づくことが、あなた自身に喜びと感謝を与えることとなります。
それはあなた自身がより良く生きるための精神的な支えとなってくれます。
あなたは、「自分らしさを追求する」という迷路の中で苦悩していませんか。
もしかしたら、ゴールは違うところにあるのかもしれません。
私たちは人生に何かを求める存在ではなく、
人生から何かを求められている存在なのかもしれません。
人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなく、
むしろ人生が何をわれわれに期待しているかが問題なのである。
ヴィクトール.E.フランクル
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ロンドンオリンピックが盛り上がっています。
このオリンピックでは多くの競技で審判の制度が変更になっていて、
競技参加者だけではなく、観戦している人も戸惑ってばかりです。
何となく、人間よりもデジタル機器優先で細評がされているようで、
スポーツの行く末を考えると少し怖いものを感じます。
ところで、このところ気になる言葉の言い回しがあります。
それは、「〜できたらいいなと思います」という言葉です。
例えば、競技者がインタビューでオリンピックでの目標を聞かれたときに、
「今までやってきた練習の成果を出し切れたらいいなと思います」とか、
「金メダルがとれたらいいなと思います」とかいう言葉です。
この言葉は少し意思の力強さが伝わっていないように感じられます。
日本人の美徳感として「謙虚さ」というものがあって、一概に悪いとは思いませんが、
やはり、言葉に出すときは意思の力強さを明確にする方が気持ちが良いものです。
世界のトップアスリートが集まるオリンピックでの決勝戦など、ここ一番の決め所での
最後の微妙な差は、「意思の力強さ」が筋肉や集中力へ伝わるかどうかの違いかもしれません。
そのためには、「〜できたらいいなと思います」ではなく、「〜します」と言葉にしたいものです。
謙虚に表現しても、「〜したいと思います」ぐらいは言葉にしたいもの。
みなさんも、意思を込めて言い切ることをぜひ試してみてください。
言い切ることを恐れることなく、自分自身に声で伝えてみてください。
不思議と上手くいくことが増えます。
たかが言葉、されど言葉なのです。
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新年度が始まりましたが、あなたはどのような一年を過ごしたいと思っていますか。
ぜひ、今のフレッシュな気持ちを忘れずに希望を持ち続けてほしいものです。
さて、新年度ということで学生から新社会人になられた方も多いかと思われます。
学生から社会人になるにあたっては、大きく気持ちの切り替えが必要ですが、
先ずは「守られる側」から「守る側」になったことを忘れないようにしたいものです。
今までは家族や学校や地域があなたを守ってくれていましたが、
あなたはそのことに気がついていましたか。
何かの攻撃から、家族や学校や地域が盾になって守ってくれていた場合には、
あなたは「守られている」という意識がはっきりと持てたかもしれません。
しかしほとんどはそうではなく、あなたは「制度」という形の中で守られていたのです。
この場合、残念ながらあまり明確に「守られていた」と認識できるものではありません。
だから、多くの人は切り替えができないまま、これからも守られようとしてしまいます。
社会人の勉強は「誰かに守られる側」から「誰かを守る側」になるための勉強です。
仕事をとおして長い年月に渡ってそのことを学び、それから実践していくのです。
社会に出た今は自らを守ることで精一杯になっているかもしれません。
しかし、「いつか、守る側に立つために」という意識を持って日々を過ごしましょう。
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