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コミュニケーションをとる上で「笑顔」は大切な要素です。
出会いの場面では「私はあなたの敵ではありません」というサインとなるからです。
しかし、「いつも笑顔が大切」という思い込みは、時として相手を傷つけたり怒らせたりします。
それは相手が本気であり真剣であるときに起こりやすいようです。
食事会や飲み会や遊びの場面では“いつも笑顔でにこやかに”が基本ですが、
お互いに真剣なやり取りを必要とする場面での「笑顔」には注意を払う必要があります。
いつも「笑顔」で円滑なコミュニケーションをとりたいものです。
しかし、相手の気持ちを察して表情を変えることも大切です。
“今この瞬間の相手の感情”を察して、表情を合わせてあげることも大切です。
「笑顔が大切」という思い込みは、時として相手へのお節介となることもあるようです。
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コミュニケーション
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あなたが管理・監督者から、いつまでも指示され続けるのはなぜでしょう。
それは、専門的な知識と技術と経験が未熟だからなのです。
専門性が低い人は管理・監督者から「何をするのか」「いかにするのか」を
常に指示され、それに合わせてやるべきことを行わなければなりません。
もしもあなたが、指示されることよりも、「何をするのか」「いかにするのか」を
自分で決めて自分で行うことを望んでいるのなら、あなたは専門的になるべきです。
専門家になるためには、先ずは技術を身につけたり、知識を習得したりすることに
たっぷりの時間を費やさなければなりません。
その間は管理・監督者の指示を素直に受け入れなければなりません。
そのためには忍耐力や努力や継続力を必要とします。
やがて、あなたが専門性を身につけたとき、あなたは自分で「何をするのか」
「いかにするのか」を決定し、実行することができるようになるのです。
自分で「何をするのか」「いかにするのか」を決定できる立場になりたいのなら、
忍耐力や努力や継続力、そして楽観性も持っているといいのかもしれませんね。
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誰しもトップになったときには「カリスマ性」を持ちたいと思うものです。
なぜなら「カリスマ性」は他人や組織をコントロールするのに便利だからです。
人は「カリスマ性」を持った時、他人を「心理コントロール」しようとします。
「カリスマ性」を持つと、他人を「心理コントロール」しやすくなるからです。
だから、未熟なトップが一度「カリスマ性」を持つと、その「カリスマ性」を守るために、
奪おうとする全ての人や組織を壊滅させてでも維持しようと、必死になるのです。
世界の歴史上でも、トップが「カリスマ性」に依存してしまった事実はたくさんあります。
しかし、そのようなトップに最後に待ち構えているのは悲劇的な墜落です。
「カリスマ性」は一度持つと逃れられない麻薬と同じ、強い依存性を持っているものです。
トップ自身が「カリスマ性」に依存してしまった時、そのトップに学ぶものはもう何もありません。
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現代社会では、本を読んだりインターネットで検索したりして
様々な“情報”を簡単に取得することができます。
しかし、得た“情報”を加工したりフィルターにかけたりせずに、そのまま
アウトプットすることで自分を“知的人間”と勘違いしている人が多いようです。
それは“知的人間”ではなく、単なる“情報屋”です。
考えてみると、多くの時代劇やマフィア映画でも“、情報屋”という奴の
処遇や扱われ方は、どちらかと言えばぞんざいで蔑まれています。
それに比べて、“情報屋”から得た情報を効果的に問題解決に使う人は
“知恵者”として、ドラマや映画でも人を魅了し賞賛に値する扱われ方をします。
“情報”は自分なりに加工し自分のフィルターを通し、生活や行動すなわち
日々の問題解決に生かすことができてこそ、その真価が発揮されるのです。
“情報屋”の人生を歩むのではなく、“知恵者”の人生を歩みたいものです。
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しばしば自分の言動を正当化するために、熱心であることや頑張って
いることを必死に伝え、それを第一の理由にしようとする人がいます。
熱心であることや頑張っていることは大変素晴らしいことですが、
もしもあなたがそれを第一の理由として掲げ、人間関係や組織を
作ろうとしているのなら、いつかその関係は崩れてしまうでしょう。
言動を正当化するために、熱心であることや頑張っていることを
第一の理由にしたくなるあなたは、もしかしたら、子供の頃に家族や
他人から低く評価され、ずっと悔しい思いをしていたのかもしれません。
「こんなに頑張っているのに、誰も私を認めてくれない」という
子どもの頃の心の叫びを、いまだに抱えたままなのかもしれません。
先ずは自分で自分を認めてあげることから。
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