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地震のニュースで、特に東北地方の大被害が伝えられている。
みちのく時代に特に馴染み深い地域だけに、とても心配だ。
今日になって電話も通じ、
仲間や知人とも連絡が取れだしているが、
海外でも一斉に報じられたらしく、
文子を始め、娘たちや仲間からも安否確認のメールが来た。
中には「津波の近くに行くな!」といったメールもある。
いくらオレでもそんなことするわけないだろ!!
東京は震度5らしいが、それでも最近にない規模だ。
地震が来たとき、オレは例のごとく家の近くでパチンコ中だった。
ゆれ出して、周りの人たちはわーっと外に飛び出したが、
オレは平気でずっと打ち続けていたよ。
店員が「外に出てください!」とすっ飛んで来たので、
もう少し打ちたかったが、仕方がなくやめにして外へ出た。
揺れ出した時に、メヒコの大地震のことを思い出した。
1985年だったと思う。
メキシコシティのマンションの15階位に住んでいたが、
今回の東京よりもっと揺れた。
両隣のビルは崩れ、
15階建てのビルは下から崩壊して6階建てになっていた。
隣のビルには文子が通っていた幼稚園が入っていたが、
たまたまその日は寝坊したかで休んでいたので、
難を逃れたんだ。
小学生だった娘はスクールバスに乗っていて、
バスがあまり揺れるので、
ドライバーがふざけているのかと思ったらしい。
窓の外で、ビルがつぶれているのを見て
初めて事態に気づいたと言っていた。
外へ避難してから、ひとしきり揺れが収まったので、
子供の友達などと、大事なものを取ろうと家に戻ると
ひどい余震が来て、またあわてて避難した。
街は壊滅状態で、多くの人がガレキの中で倒れていた。
マンションも倒れはしなかったものの、傾いてしまった。
地震の恐怖を味わった。
家へ帰ると、カミさんが品川の方から帰れないと連絡があり、
息子と午後7時頃車で迎えに出たが、
まあ、どこを通っても渋滞で、
おまけに道を間違えたりとかあって(カーナビがあってもだ)、
家に戻れたのは朝の5時半だよ。
10時間半も運転しっ放しで、エライ目に遭った。
それでも道路の陥没や亀裂がなかったから、
車が出せたけど、
電車が止まって、帰れない人が多かったろうし、
携帯は電池切れとか通じないとか、
イザという時に役に立たず、
東北あたりと比べたら軽い震度5でも、
こんなに大変なことになるんだ、と
改めて思い知らされたよ。
誰もが早く落ち着いてほしいと願っていると思う。
早く多くの人が助け出されてほしい。
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