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カセットがらみが続きます
たまたま図書館で「ステレオ誌」をパラパラとめくったらカセットが特集されていました。リバイバルか。。。
カセット・テープによるエアチェック音源

モーツァルト ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K482
内田光子(ピアノ)
ジェフリー・テイト指揮 ウィーン交響楽団
1986年 7月29日 ブレゲンツ祝祭劇場


1986年 11月16日に放送されたものです。解説は丹羽正明
NHKではなくてFM東京の「TDKオリジナル・コンサート」だったかもしれません。

このコンビでオケは違いますが正規録音がCDが発売されています。
1986年7月 ロンドンと記載されていますから、ほぼ同じ時期のコンサートですね。
演奏時間は第3楽章だけが30秒ほど早くなっていますが他の楽章は殆ど同じです

この曲はモーツァルトのピアノ協奏曲の中でも傑作とは思うものの少し苦手なので他の名作に比べると聴いた回数は少ないのですが、今回このテープを聴いて素直に良い曲だと思えました、特に第3楽章。その中間部、K488の第2楽章のようなピチカートとピアノの会話がことのほか美しい。聞き返してしまいました
音質はカセットだし、ドルビーONで録音したこともあって鮮明さに欠けます
一聴、ハイ落ち、ローブーストな大雑把なもの。
(ローブーストといっても低音が出ているわけでもなく中域の下のほがダブついている感じ。因みにCDを聴いてみたら、ばかにハイ上がりに聞こえてしまいました)
ところが音量を絞り気味にしてみたら、なかなかいい感じに鳴ってくれて、演奏の良さもあって全曲を楽しく聴けました。とても良い曲。愛聴曲になりました。

オーディオ的にはお粗末な音ですが、こういう音でも音楽は楽しめる。
スピーカーケーブルや接続コード、ましてや電源周りに拘る必要を感じない鈍感な耳であることも悪いことではありません
第3楽章です





一昨日の10日は誕生日だったのですが、その日に迷わず聴いたのが
モーツァルトの13管楽器の為の「グラン・パルティータ」変ロ長調K361でした。

この曲については過去に何度も取り上げたので、いまここに改めて書き加えることはありません。
全7楽章、長さにして50分くらいを要する長い曲ですが、聴き始めれば最後までてしまう魅力満載の曲です。
一般的には映画「アマデウス」にも使われた第3楽章のアダージョが有名ですが
個人的には第6楽章の「主題と変奏」が大好きです。
今回選んだのは録音が秀逸なコレギウム・アウレウム合奏団によるもの。
イメージ 1

向かって左手にオーボエ、右手にはクラリネット
中央にホルン、バスーン、そしてコントラバス
それらが軽い円弧状に明確に定位。楽器の大きさも程よく自然。ブレンドされた管楽器が心地良く響き、モーツァルトのメロディの美しさと相まって恍惚とさせられるような美しさ。改めてこの曲の良さを堪能。何回聴いても飽きの来ないモーツァルト屈指の名曲との思いを新たにしました。



モーツァルトの交響曲で取り出すことがが多いのは29番、38番、そして39番あたりになります
本命ともいえる40番と41番は聴く時にはある種の気構えのようなものが必要で、どうして登場が減ります。
もちろん若い頃はよく聴いていましたが,歳とともに重い曲を遠ざけ気味になっているようです。
そんな訳ですが、神経痛のほうもだいぶ良くなるとともに聴く気力も出てきたので40番ト短調K550を聴きました。
この曲ではカザルスやアルノンクールの最初の録音を好んで聴いていたのですが、今回はアバドがロンドン交響楽団を指揮したものです
イメージ 1


モーツァルト
交響曲第40番ト短調K550
クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

このCDは最初に聴いた時にはあまり印象に残っていないものでした。
たぶんカザルスなどを聴いていた耳には穏健な表現が心に響かなかったのかと思います。
しかし今回改めて聴いてみると、そのしなやかな歌わせ方や純度の高い響き。そして奇を衒うことのないオーソドックスな音楽の運びからモーツァルトの素晴らしさが浮き上がってくるよう。カズルスの深い響き、アルノクールの刺激もない普通の演奏ながら、これは良い演奏だなと今更ながら思った次第です。
1980年頃のアナログ録音で突出したところはないのですが、バランスが録れた良い録音でしょうか?我が家では多少高域がきつく響きますが問題レベルかと思います。

モーツァルト ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K482

故宇野功芳氏はこれをモーツァルトのピアノ協奏曲のなかでも、特にバレンボイムの旧盤をベスト1に位置づけていました
しかし個人的にはこの協奏曲を好んで聴いてきたとはとても言えません
聴けば、なるほど良い曲とは、特に第2楽章などはそう思うのですが、なんだか他の曲に比べると吹っ切れない重々しさを第1楽章に感じてしまうのです。

さて、32年前にエアチェックテープに内田光子、ジェフリー・テイトがウィン交響楽団を指揮したものがありました。
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内田光子というピアノニストは苦手なタイプで、曲も苦手
そういうこともあって録りっぱなしだったのですが、フィル化すべく聴いてみたら予想以上のものでした。
内田光子のCDもあるのですが、セッション録音の沈んだ表現に比べると、このライブ演奏のほうが生き生きとした表情、そして愉悦感に富んだ楽しい演奏になっていてこの曲を見直した思いでした。
しかしこのライブはCDの録音からたった一週間くらい後なのですが、随分と違うものだと思いました


モーツァルトのパリ交響曲の続きです

この交響曲は若い頃から好きで何枚か購入しましたが、結局はベームとベルリン・フィルによる演奏が一番好みに合って、これがあれば他はいらないくらいでした。
ところがクレンペラーの演奏を聴き直して考えを改めました。少なくともベームとは違う方向ながら希有な演奏ではないかと。
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ベームの演奏もモーツァルトとしてはかなり重量級のものですが、その溌剌とした運びとベルリン・フィルの厚みのある弦楽合奏により、石井宏氏の言葉を借りる大家の演奏を必要としない交響曲を、大家の演奏ならではの立派な交響曲に仕上げた感があったのです。
しかし、クレンペラーのものはベームとは全く異なる方向の「大演奏」でしょうか。
これを聴いていると初期の交響曲というより「ドン・ジョバンニ」の序曲でも聴いているような錯覚を覚えるくらいの重々しくスケールの大きな交響曲に聞こえてきました。とにかく楽器に響かせ方が明快とか透明感とかとは離れていて、上手い言葉がありませんが、音塊が押し寄せてくるとう感じで、これまで聴いたことのないパリ交響曲でした。
勿論こういうモーツァルトはまっぴらという意見があるのも普通とは思いますが、まぁ一般的に頭に浮かぶものとは違う、異端とも言うべきモーツァルトは一聴の価値あり、いままでろくに聴かずにいたことを恥じるとともにとても気に入りました。そして演奏によってこうも違うものになるもののか、ということを実感させられた演奏でした。
蛇足ですが石井宏氏は、この交響曲には大家の演奏は必要としない、ということでホグウッドの演奏を勧めていたので、そのホグウッドを聴いてみましたが大人と子供?なんとも軽い音楽に聞こえたことを書き添えておきます。

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