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ご飯を食べることがめんどう、お風呂に入ることもめんどう、
出来れば本当はなんにもしたくない〜、そんな結論に達すれば 究極のところは、「生きていることがめんどうだ」と。 しかし何故か自分は生きているし、「死ぬこともめんどうだ」と。 では何故死なないでいるのでしょうか? それはやはりやることがあるから・・・。 「この怨みははらすまではどうしても死ねない」と規定した。 恐ろしいお話のようですが、そんなことはありません。 人は人をねたんだり恨んだり憎んだりと日々しています。 特に、三つ子魂百までといいますが、親への怨みや憎しみは「愛と憎しみは表裏一体」と いうようにいつまでも心に深く根ざしていますから。 「生きている」ということが、どんな思いの中で生きる決意をしているのか・・・ 誰もそんな心の裏側を抱いているとは当の本人も意識では知るよしもありません。 もちろん知ったら、普通の人は罪悪感で心苦しすぎます。 しかし、もし「生きていることが辛いのに・・・」と思う人がいたら 無意識を知ることで楽になります。 |

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