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3月緑フォーラム
『米沢住宅訴訟』の真実 講師:米沢・雇用促進住宅明け渡し訴訟 被告 武田 徹さん 雇用促進住宅を管理する「独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(千葉県千葉市)」(以下、機構)が、山形県米沢市内の雇用促進住宅に入居する福島第一原発事故の自主避難者、8世帯に対し、住宅の明け渡しと、明け渡しまでの家賃(1カ月3万4900円から3万7300円)を支払うよう求めて、昨年9月22日に提訴した。原発事故による自主避難者が被告となった、全国発の異例の「追い出し訴訟」です。 今年の1月21日には山形地裁で第1回口頭弁論が開かれました。機構側は、国・福島県による住宅の無償提供制度が終了し、同年4月以降は新たに賃貸借契約を結ぶ必要が生じたと指摘しています「500人を超える避難者は契約に応じており、8世帯の行為は容認できない」とし、8世帯に住宅明け渡しと4月以降の賃料支払いを求めました。 これに対し、8世帯側は答弁書で、福島に帰還するかどうかの選択は自主避難者の意思に任せられるべきだと訴えています。無償提供の終了自体が違法であり、機構側が求めている明け渡し自体に法的根拠がないと反論。「いまだに避難の必要性があり、住み続ける権利がある」と訴えました。
避難者の一人、武田徹さんは、「全国に散らばっている避難者の気持ちを背負っているとの思いがある。賃貸借契約による家賃支払いに応じている避難者も、納得しているわけではない。経済的な困窮を知ってもらいたい」と語っています。東京電力福島第一原発の事故があったから避難させられているのであり、避難しなければならない原因を作った国や東電こそ、避難者に保障するのが当然ではないでしょうか。
3月の緑フォーラムでは、「米沢住宅訴訟」の真実を、この裁判で訴えられている武田徹さんにお話していただきます。
日時:2018年 3月31日(土) 午後6時半から 会場: 銀河実験劇場 参加費: 500円 東京都北区神谷3-19-12 TEL 03-3902-3197 (JR赤羽駅下車徒歩20分・東十条駅下車徒歩15分 東京メトロ南北線志茂駅下車徒歩5分)
GREEN FORUM 緑フォーラム 連絡先 緑フォーラム事務局 渡辺 千鶴 ☎ 090-2201-9788 |
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2月緑フォーラム開催報告
「地球市民皆農 みんな一粒百姓にな〜れ!」
一粒のタネから、生きる自給率 「1年1人1%Up」の暮らしをはじめよう
講師:一反百姓「じねん道」 斎藤 博嗣さん 「もじゃもじゃ農法でも、金髪農法でもいいんじゃないですか」 百姓は、生活に関わる百の仕事をする者のこと。屋根に登って修理もすれば、木にも登る。井戸も直す。車検まで自分でしてしまう。まさに現代版百姓なのである。じねん道は、「百姓」とは、換金農作物を作るだけの「農業」ではなく、生き方のベース(基盤)に‟農”を置く、「農的」という視点を重視した職業・暮らし方の「農的ワークライフバランス」マネジメントを実現する家族農業が私たちにとっての「百姓」です、と言う。この「生き方のベース(基盤)に‟農”を置く」という考え方が大事なのである。人間の不幸の根源である貨幣経済からの脱却は望むところであるが、資本主義社会に生きている我々にとって、それはできない相談。どうしてもお金がなければ、生きられないようになっている。だから先人は、「土地に杭を打たれても、心に杭を打たせない」とがんばって来たのである。
ではどうするのか。そのひとつの回答として、「生き方のベース(基盤)に‟農”を置」け!ということなのである。心まで壊れるのをなんとしても防ごうということなのである。
国連は、「緑の革命」の失敗を認め、農業人口の9割、世界の食料生産の8割を担っている家族農業の大切さを、2014年の国連の国際家族農業年、そして+10の運動として推し進めている。日本では、この動きを支持する運動として、小規模・家族農業ネットワーク・ジャパン(SFFNF) を立ち上げ、支持しているのも、じねん道さん達なのである。 子育てについても、「自然は無教育にして最大の教育者。 子育てと農的暮らしの両立は、私たち夫婦に親として生きる力を授けてくれます。 子どもたちは、自然の中で自分自身を育てる力を身につけます。 「三つ子の魂百まで」未来の世代の心と体の故郷「原風景」は自然の中にこそ委ねるべきだと思います、と述べる。かつて、「子どもにどう教えるか」と問うた時に、「教えることなんかできないよ(子どもが学ぶんだよ)」と答えた恩人を思い出す。 交流会も楽しく、遅くまでお引止めしてしまった。斉藤さん、ごめん。講演でわかりやすく解説してくれたPARC(特定非営利活動法人アジア太平洋資料センター)事務局長のゲルさんもありがとうございました。 じねん堂さんの種も売れたが、「世界のFUKUOKA」の福岡正信さんの本も売れた。「なかなか福岡正信さんの本は売れませんよ。緑フォーラムさん、すごい!」と言っていただきました。(文責 編集部) |
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日本に勝利した
中国民衆の抵抗
―私が中国で見たこと、聞いたこと―
講師:山邉 悠喜子 さん 731部隊遺跡世界遺産登録を目指す会 会員
東北民主連軍で3年間、鍛えただけのことはある。鍛え方が違う。残念なことに東北民主連軍に加わった日本人の方々は、皆亡くなり、一番若かった山邉さんが最後の語り部として、貴重な体験を教えてくれた。 ハルピン市の平房区にある731部隊の跡地には、「謝罪と不戦平和の誓い」の碑がある。これを募金によって建てたのがABC企画委員会という団体である(山邉さんは元副代表)。「ABC」は核兵器( Atomic weapon ) 生物兵器(Biological weapon )と化学兵器(Chemical weapon )の英語の頭文字から取っている。現在は中国ハルビン市平房区の「侵華日軍第731部隊罪証陳列館」を世界遺産に登録させることや細菌戦と毒ガス戦による中国人被害者支援などの運動をしている。山邉さんもその一員である。
1941年、お父さんの赴任先である本渓湖市へ12歳で渡っている。中国で敗戦を迎え、両親が帰国する中、青年らしい衝動から、東北民主連軍へ参加するという貴重な経験をされた。帰国は1953年である。3ヶ月だけの予定が、実に8年(16〜24歳)にわたり東北民主連軍に参加したのである。その活動の中で、夫となった日本人男性と巡り会い、生まれた子を連れて、8年後に帰国し両親と再会する。まさか実の娘が生きて帰って来られるとは思っていなかったのであろう、父親は「中国の方々にお礼を言って来ただろうな」と言ったそうである。中国では1946年から1949年まで、激しい国共内戦が起きていたのである。しかし、帰国した山邉さんを待っていたのは、人民が力を合わせて国作りに立ち上がる新中国とは正反対の、女性が生きて行くためにアメリカ兵に媚(こび)を売って生きなければならない社会であった。アメリカ兵の豪邸、軒を連ねるトタン屋根の日本人の家々。山邉さんは再び中国に向かった。
山邉さんは、戦後を生きる者は、日中両国の歴史を認識し、理解しなければ、その生き方は不完全かつ一面的にならざるをえないと、書いている。中国への侵略戦争、日本人が中国で何をやったか、この戦慄の歴史を理解するということなしに、日本人としての解放はないということだ。私自身で言えば、撫順戦犯管理所のことや中国人養父母のことを長らく知らずに生きて来た。つい知ったのは訪中した去年のことであった。どうして戦犯を人間として扱うことができるのか、どうして苦しい戦後の生活の中で、敵国の子どもを育てることができるのか。驚きの連続であった。中国人養父母のことで言えば、我々はあまりに無頓着でいすぎた。3000世帯、4000人とも言われる養父母がどんな気持ちで、孤児たちを育て、別れたのか。別れたあと、どんな生活をしていたのか、日本にはあまりに資料がない。資料がないのは無関心の反映なのである。 山邉さんは、2016年、「難忘一家人——一個日本籍中国人民解放軍戦士的真実記録」という本を出版し、東北民主連軍に参加した自らの歴史を振り返ってどう思うかとの質問に、「中国の革命に参加したこと、青春を中国にささげたことを誇りに思う」と明確に答えている。我々もかくあらん。
ネット上にある山邉さんの記事を挙げておきますので参照してください。 http://japanese.beijingreview.com.cn/ztjl/txt/2010-12/09/content_318158.htm http://www.chinalaborf.org/wp/wp-content/uploads/2017/04/yamabey1703rep.pdf https://www.amazon.co.jp/私は中国人民解放軍の兵士だった |
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2月緑フォーラム
「地球市民皆農
みんな一粒百姓にな〜れ! 〜一粒のタネから、生きる自給率
「1年1人1%Up」の暮らしをはじめよう〜 講師:一反百姓「じねん道」 斎藤 博嗣さん
― 私たち家族は「じねん道」(Jinendo)の屋号で、夫婦と子ども2人(家族4人)、世界一小さな家族農業、一反百姓(イッタンビャクショウ A Quarter Acre Farmer)をしています。 2005年に東京から茨城の農村へ夫婦で移住し、新規就農して11年が経ちました。「じねん道」は、小さな田畑山林に、手足を使って、種を蒔き、失われつつある地球環境を回復し、次の世代に引き継ぐ「地球で生きるための農」=『緑の百姓哲学』を実践しています。
「百姓」とは、換金農作物を作るだけの「農業」ではなく、生き方のベース(基盤)に‟農”を置く、「農的」という視点を重視した職業・暮らし方の「農的ワークライフバランス」マネジメントを実現する家族農業が私たちにとっての「百姓」です。 ― (HPより)
現在、家族みんなで自家採種した種の販売を通して、「みんな百姓にな〜れ!一粒百姓からはじめよう!」を展開している「じねん道」斉藤さんのお話から、タネ・いのち・暮らし・農業…… 一緒に考えてみませんか。
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日時:2018年 2月24日(土) 午後6時半から 会場: 銀河実験劇場 参加費: 500円 東京都北区神谷3-19-12 TEL 03-3902-3197 (JR赤羽駅下車徒歩20分・東十条駅下車徒歩15分 東京メトロ南北線志茂駅下車徒歩5分)
GREEN FORUM 緑フォーラム 主催: 緑フォーラム 連絡先 緑フォーラム事務局 渡辺 千鶴 |
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2018年1月緑フォーラム 日本に勝利した
中国民衆の抵抗
山邉 悠喜子(やまべ ゆきこ)さんは、1941年、12歳だった時に母親に連れられ、遼寧省本渓市にある日本の炭鉱会社で働く父親の元へと中国に渡りました。16歳の時に満州(中国東北部)で敗戦を迎え、その後の中国の国内戦争の混乱の中、山邉さんは日本軍国主義の侵略で虐げられ、土地を奪われた農民とともに、東北民主聯軍(連軍)の看護婦として解放戦争を体験しました。そして中国が解放された後、1953年に日本に帰国します。
日本に帰った後、「鬼畜米英」と憎んだアメリカ兵と日本の女性が連れ立って歩くのを見たり、アメリカ兵は大邸宅に住み、日本人は屋根と屋根が重なるような小さな家に住んでいるの見て、解放された中国にはなかった不平等を感じます。中国での経験を忘れることのできない山邉さんは、もう1度中国へ渡るのでした。
日本は戦争に負けたが、戦争が遺した問題はその後も解決されず、その歴史の真相を知る人も多くはありません。山邉さんは、現在、731部隊遺跡世界遺産登録を目指す会会員、「日中平和友好会」顧問として活動し、中国に遺棄した化学兵器の問題、関東軍731部隊の問題、慰安婦問題など、自身が中国で見たことや聞いたことなどありのままの事実を語り続けています。 武器もない中国が、なぜ日本に勝利したのか。そこには民衆の抵抗があったと語る山邉さん。 今、日本は米国に追随して軍備を優先し、改憲して再び戦争の道を進む動きが強まっています。そんななか、歴史の事実を見つめ、平和と友好を築いていくのは、私たち日本の民衆の抵抗の力なのではないでしょうか。
日時:2018年 1月20日(土) 午後6時半から 会場: 銀河実験劇場 参加費: 500円 東京都北区神谷3-19-12 TEL 03-3902-3197 (JR赤羽駅下車徒歩20分・東十条駅下車徒歩15分 東京メトロ南北線志茂駅下車徒歩5分)
GREEN FORUM 緑フォーラム 主催: 緑フォーラム 連絡先 緑フォーラム事務局 渡辺 千鶴
☎090-2201-9788 |





