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青森 大間原発反対のたたかい
1984年12月に、青森県の大間町議会が、原子力発電所誘致を決議してから2008年まで、実に24年間も工事が着工できなかった。そのたった一つの理由が、原発予定敷地内に土地を持っていた熊谷あさ子さんが土地を売らなかったからである。電源開発が工事を進める大間原発は2008年に着工し、2014年11月の開業を目指し、電気は東北や関東に送電する。改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)で、出力は138万3000キロワットという巨大な原発である。その最大の目的は、使用済み燃料を再処理したウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)=フルモックスを燃やすことである。
傲慢な電源開発は、まだ土地の買収が済んでいないうちに、図面をひいて経産省に提出していた。女ひとりくらい簡単に買収できるだろうと踏んでいたに違いない。ところがどっこい、「10億円積まれても土地を売らない」女がいた。それが、熊谷あさ子さんであった。町の土地の権利者がみな土地を手放しても、熊谷あさ子さんだけは売らなかった。そのたたかいは簡単なものではなかったが、どんな嫌がらせにも負けず熊谷あさ子さんは土地を守りぬいた。その信念は、「きれいな空気と きれいな水と きれいな海があれば 人間はみな 平和に暮らしていける」であった。
今年の初せりで269kgの大まぐろが5649万円の史上最高値で競り落とされた。もし、熊谷あさ子さんが大間原発に反対せず、大間原発が稼動していたら、大間の黒マグロがこのような高値をつけることなど絶対なかったことなのである。釣った大間の漁師には、大金が転がり込んだが、熊谷あさ子さんには一銭も入らない。でも熊谷あさ子さんは、大間の漁師が原発の金でなく、漁で生きていけることを天国で心から喜んでいるだろう。最北の町に大きな人間が生きていたのである。
今その志を守ってたたかっているのが、熊谷あさ子さんの長女、小笠原厚子さんである。「あさこハウス」までの道を、電源開発に金網で囲まれるという嫌がらせを受けながら、全国から手紙が毎日届くということが、「あさこハウス」までの道を閉鎖させないたたかいであると、全国の人々に呼びかけ、今では1日100通も手紙が届くようになったという。
親から子へ、子から孫へ、人民のたたかいは続く。
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2012年04月14日
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