|
報告
[ リスト | 詳細 ]
|
11月 緑フォーラム報告
ドキュメンタリー上映&監督トーク
逃げ遅れる人々 ―東日本大震災と障害者―
監督:飯田基晴 11月緑フォーラムは、飯田基晴監督をお迎えし、「逃げ遅れる人々−東日本大震災と障害者」の上映とトークが行われました。
2011.3.11は、福島原発事故を初めとする震災のあまりの大きさに、被災地の障害者のことを考える余裕がありませんでした。そんな時、「東北関東大震災障害者救援本部」から被災地の障害者のことを記録してほしいと依頼されました。
被災地に入って気づいたのは、障害者の方々は逃げ遅れてしまうということです。津波被災で言い伝えられる「でんでこ(ばらばらに逃げる)」だけでは、問題は解決しないのです。また、自治体まかせでも解決しません。宮城県沿岸部での障害者の死亡率は、障害を持っていない人の2倍であったと言われています。
自治体では、万一に備え、災害時の要援助者名簿を作っているところがありましたが、有効に機能しなかったのです。その第1の理由は、外部に名簿を公開しないからです。個人情報保護法や「自分の障害のことは話さないで」という個人の思いなどから、名簿が公開されませんでした。唯一、例外的に公開したのが南相馬市でした。第2に行政の職員も被災していることです。第3に安否確認がとれなかったことです。そのため、名簿だけあってもだめです。支援の計画を作る必要があり、「自助・共助・公助」の原則に立ち、名簿も含めて民間の団体にも公開できることが必要です。 その中で、避難所に避難した障害者は苦難の日々を送ることになりました。ベットがないため、16日間も車椅子に座り続けなければならなかった女性がいました。トイレに行くこともままなりません。もう2度と避難所には入りたくないと話す方もいました。
取材で驚いたことは、障害者の生活が地方と都会では全く違うということです。地方では家族が面倒を見ています。家族が面倒を見れなくなれば施設に入らざるをえません。でも都会では、ヘルパーさんがいます。女性の方であれば女性のヘルパーさんを希望することもできますが、地方では人材不足で、男性のヘルパーさんしかいない場合も多く、女性の希望通りにいかない場合も多いのです。 いつ災害が起きるかはわかりません。私達は身の周りの人を守れるでしょうか。高齢者・障害者・子ども達は逃げ遅れる人々です。特に原発は、経済のために必要だと言われますが、誰のための経済なのでしょうか。「原発は回り回って社会を良くする」と信じられています。でも、生きているひとりひとりが押しのけられてしまうのです。一番困るのは弱者です。災害はそのことを顕著に表します。防災というのは、暮らしやすくなるようにするものです。みんな生きる権利を主張できるのです。
講演後の質疑応答で、参加者から、「いわき市の避難所では、多動障害と言われる子が物置に縛られていた」などというショッキングな体験談も話されました。
また、今回も講演後、飯田監督には残って頂き、懇親会を開催させていただきました。「この映画はいい映画だから、ぜひ緑フォーラムで上映会をやったら」と推薦してくれた方、相馬市に親戚がいる方などに参加していただき、交流を重ねることができました。ありがとうございました。
|
|
10月緑フォーラム報告
日本の平和と安全を福島と沖縄から考える
憲法を守り、生かすことが平和につながる
川平朝清さん 10月26日、東京都北区の銀河実験劇場で、東京沖縄県人会名誉会長・昭和女子大名誉教授の川平朝清さんを講師に緑フォーラムが開催された。
|
8月緑フォーラムは、一橋大学名誉教授の田中宏先生をお迎えして開催されました。残暑厳しい中、先生および参加者の皆さんには厚くお礼申し上げます。
田中先生は、「私を朝鮮人の手先のように言う人がいるが、私は朝鮮の人たちのために話しているのではない。日本がもっと良い国になるようにと願って話しているのだ」と自分の立場を明確にし、話してくれました。朝鮮学校がなぜ必要か。それは、日本は朝鮮を植民地とし、朝鮮人から言葉を奪ったのだ。日本はポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏した。ポツダム宣言はカイロ宣言を前提としており、その中に「朝鮮の人民の奴隷状態に留意し、やがて朝鮮を自由独立のものとする」とうたわれ、日本は朝鮮を原状回復する義務を負っている。日本は朝鮮民族を消滅させようとし、言語を奪った。朝鮮学校こそ、奪われた言語を回復する場なのである。下関条約で台湾を併合することから始まった日本の植民地政策は、カイロ宣言をもって、中国・台湾と朝鮮への支配が終わったのである。 日本人とアジア人では、歴史への向き合い方がまったく違う。私はかつてマレーシアからの留学生に、「日本は今度新しい千円札に伊藤博文の肖像画を採用したけれど、薄気味悪いですね。朝鮮の人もこの札を使って買い物をするんでしょう。ずいぶん残酷なことをするんですね」と言われたことがある。(伊藤博文は初代の朝鮮総督であるが、そのことを圧倒的に日本人は知らない。編集部)アジアでは、近代史をきちんと教えているが、日本では教えていない。日本では今、北朝鮮バッシングが教育を捻じ曲げている。拉致問題を出して、北朝鮮バッシングすると受けるようになっている。しかし、国連から警告されている。韓国でも関心が高まり、それが映画「ウリハッキョ」やモンダンヨンピル(ちびた鉛筆)の活動に現れている。1936年のベルリンオリンピックで日本選手として出場したソン・ギジョン(孫 基禎)選手は、金メダルを獲得した。朝鮮の新聞「東亜日報」は、ソン・ギジョン選手の胸の日の丸を消して新聞に載せたため、記者が逮捕され、同紙は発禁処分とされた。ソウルオリンピックの誘致の時、ソウルと名古屋が争ったのだが、そのソン・ギジョン選手が前面に立って、ソウルへの誘致を訴えた。名古屋の人たちは、ソウルに負けるわけがないと高をくくっていたが、ふたを開けるとソウルに決まり愕然としていた。これはひとつの例だが、今、東京オリピックを誘致するために東京都知事らが宣伝しているが、その一方で「朝鮮人を殺せ」などというヘイトスピーチを放置している。歴史がいかに大事かなにも学んでいないのである。
今、高校無償化から朝鮮学校を除外することは差別だと裁判を各地でたたかっている。朝鮮学校の問題は、日本の植民地支配と密接に関わっている。我々がその歴史とどう向き合うかが問われている。
講演後、会場からたくさんの質問意見が交わされ、その後の懇親会でもたくさんの方が発言してくれました。遅くまで残っていただいた田中宏先生には、厚くお礼申しあげます。ありがとうございました。
|
|
3月緑フォーラム 映画上映&島田恵監督トーク
「福島 六ヶ所 未来への伝言」
― 原子力といのちは共存できない ―
板橋区のハイライフプラザいたばしで、3月の緑フォーラムが開催された。今回は、核燃料サイクル事業が進められる青森県六ケ所村を20年間撮り続けた写真家の島田恵さんが初めて製作した映画の上映とトークの企画。実行委員を中心に板橋区内で反原発の署名活動をし、ビラを配り、会場にはたくさんの方が見えた。
福島の母親、農家、六ケ所村の漁師の生の声
島田監督はチェルノブイリ原発事故後青森県六ケ所村を訪れ、核燃施設建設に猛烈に反対し闘う農業者漁業者に衝撃を受け12年間は村に住み取材。結局、核燃サイクル基地は建設されるが、激しく闘った歴史を未来に伝える為映像で残したい、と映画制作を開始したのが2011年初め。 そして3.11の東日本大震災と原発事故が起き、福島も撮影し、映画ができた。福島県大熊町の田辺さん一家は東京都内の都営住宅で避難生活を送る。新築の家で小さな子どもを育てながらの生活は一転。「自分は東京にいてあまり被ばくを心配しないでいいが、福島にはまだたくさんの友達が子どもと暮らしている」と涙を流す母親。郡山に住む佐藤さんの小学生の子は「学校のブランコは放射能がついているから乗らない」とマスクをして登校する。夏休みの保養で、妹と外で思いきり遊び楽しそうだ。福島で高くても県外産の野菜を買って日々気を使い生活。「福島に家族と住みたい。でも…」泣きながら苦悩し、新潟への母子の避難を決めた。 郡山市の有機野菜農家の中村さんは、「息子にいい土を残したかったのにすまない」と言いながら、放射能の影響に苦しみながらも米を作り続ける。長年の消費者も涙を流し苦しい選択をしていた。 六ケ所の漁師の滝口さん一家の核燃反対闘争当時と現在の映像が映された。「私たちのやったことは間違っていない。子や孫にきれいな山と海を残したかった」とお母さんが語る。そしてお父さんは「わずかの金で皆落とされた。必要なら大都会に原発作ればいい。田舎の人をバガにしてる。バガにされたの。情けねぇ」と語る。
原発問題はエネルギー問題でなく利権
上映終了後のディスカッションで初めて参加した青年が「都会で使う電気なら都会に原発作ればいい、という言葉が心に残った。原発問題をどのように解決したらいいと思うか」と質問した。島田監督は、「原発はエネルギー問題でなく利権問題だ、と考えている。経済というなら、この事故で相当の大損害だし、命の危険にさらされている。にもかかわらず、なお再稼働しよう、というのはそれで儲ける企業があるから」と答えた。 漁師の滝口さんは、マダラからセシウムが出て出荷停止になったため、せっかく息子と獲った魚を海に捨てる。その苦渋の顔が目に焼きついて残る。福島だけでないが、農家、酪農家、漁師、林業、故郷がゴーストタウンと化し家に帰ることのできない人、「避難する、しない」で家族がバラバラにされた人…。この実際を見てもまだ原発稼動を選択し、未来に引き渡すのか。自然の中で人間が生かされていること、命ということを深く考えさせられた。原発は廃止しかないし、命より金が大切にされる社会を変えるために力を合わせていくことが大事である。 (日本新聞より転載させていただきました)
|







