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高機能自閉症の兄くん
小学校4年生くらいから 板書がとれていない (全ては 書ききれていない と言う意味で)
教科がありますと 担任の先生から連絡をうけました。
私として 板書が全てとれることを 目標としていなかったのですが
一応 知識として 兄には 書ききれなかった分は 休み時間に書こうね
と伝えてました。
(今なら 絶対こんなこと 言わない・・・)
当時の兄の担任の先生は 若い男の先生
この件で お話し合いの時間も 快く引き受けてくださいました。
相談の結果 両者の意見が3点にまとまりました
(ほんっとに柔軟な先生で感謝デス(人´∀`).☆.。.:*)
① 授業のポイントとなるところ だけは ノートに書き写すように 黒板にマグネットを つけてもらいました。
② 話を聞く時間と 板書をとる時間を 作れる範囲で お願いしました
③ 書く時間に 書くモードになれないことも あるので ベルを鳴らしてくださいました
(ベルはわざわざ「東急ハンズ」で購入してくださったのぉ〜〜〜
先生曰く 新人研修(?)では 授業中軽く 笛をふきながら 授業されている先生もいたという
エピソードも教えてくださいました)
上の3点の内容を 年間の個別指導計画の目標とし 先生も取り組んでくださってました
がっ
声かけをしても しどろ〜〜〜〜〜〜
もどろ〜〜〜〜〜〜
の日もあったらしく
(おそらく 私としては 単元によっても 違ってくるんだと 思ったりなんかした)
また6年生のある時は 実験の絵を描くよう 先生が指示されたのですが
「僕は 文字の方がわかりやすいので 文字で書きます」
発言
(つまりは 絵をうつしとるのが 難しかったのよね・・)
詳しくはこちら
中学に向けては 私の方からも 小学校の担任の先生からも
板書について 事前にお話させていただいてました
中学校編へつづく
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息子(高学年)
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前記事からのつづき
担任の先生 はっと思い出されたかのように
「理科の先生からの報告ですが 先日黒板に書いた絵をノートに写していなかったので 描くように指導を
入れたら 拒否 したらしいのです。
僕は文字で書きます。 その方がわかりやすいからと言って文字で書いたそうです・・・・・・・・・。」
センターの先生
あぁ・・・・・・。と 一瞬顔をしかめられました
その後 ふたりの会話が続いていたと思うのですが ちょっと自分の考えにふけっていたのか思い出せないTT
私はその話が初耳だったので
「どうしてこんな大事なことを報告してくれないの〜@@」
「知らんかったやん。。」 と音声に出せず 悶々としてました。
でもでもでも
大事なのは ノートに絵をうつせるか どうかではなく
その方法では難しいことでも 得意な方法を自分で選んでできるのなら
それは 学びでは ないだろうか
検査結果を聞きながら まさに特性が顕著にでた話
苦手なところはできるところで・・・・・
そんな あなたを 愛しいと思う
そして
そんな あなたを 誇りに思う
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兄 幼稚園年長から 定期的に
教育センターへ 教育相談に行っております。
ぐりん地域の教育相談 主な流れとしては
① 学校の関係先生がセンターへ出向き 本人の様子や先生がお困りお悩みを相談
↓
② こどもと保護者で来所し 場合により発達検査を 行う
↓
③ 保護者と関係先生がセンター担当の先生より 検査結果からみえる有効なアプローチ助言をしていただく
というような流れになっている
(ほかのケースもあるのかもしれません)
兄 小6の終わり 2年ぶりに 教育センターの利用をさせていただきました☆
検査結果
言語性>動作性
この差が年齢を増すごとに大きくなってきている (T_T)
兄をみていて言語性>動作性
だということはすぐわかるのですが
さすがに数値化されると 2年ぶりの検査でも凹んじゃう・・・・。
経験のないことに見通しをたてたり
板書をとるスピードがゆっくりであったり (正確にいうと間違いは1つもない けれど ドットを見本通り
ドットで記入しているなど
省略する方法を知らされていないと その通り 記している)
まさにっ まさに そう・・・・。
センターの先生が担任の先生へ
「授業中の板書なんかはどうですか?」
担任: 「全部はとれていないことが多いです。」
「ノートの使い方も つめつめに書いています。」
私: (おっしゃられる通りです TT )
長くなりそうなので つづきます☆
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兄 小学校を卒業しました・・・・・。
6年前のこの季節 兄の手をにぎり 不安いっぱいでくぐった門
自由保育な幼稚園で よくも悪くもマイペース・マイワールドで活動を続けた兄
幼稚園から小学校という場所が変わる時を機会に 幼稚園ほど
自由では通らないことを知ってもらいたかったため
こだわりとあまえの部分 配慮と特別の部分で 先生たちと 意見が合わなかったこともありました。
うまく伝えられなかった 私がいました。 近道したくて もがいて
遠回りしたこともありました。
不器用でもあきらめず 相談に足を運びました。
兄へのサポートも年齢を重ねるごとに変化してきました。
そして兄自身 ひとつずつ積み重ねてきました。
小学校生活最後のソーシャルストーリーは書くのをやめておこうかとも思ったのだけれど
「卒業式の後」のことをメインに書きました。
多くのこどもたちは 正門前で 同級生や先生たちと 記念写真を撮ったり 挨拶をして 保護者と帰宅するでしょう。
一部抜粋
担任の先生からは兄に
「これからも先生は君の応援団だから忘れないで。」
とメッセージをいただき☆
今までの担任の先生からは 熱いまなざしで見送っていただき
感
双方の意見の違いを 理解してもらえないことだと思っていた
意見の違いは 相手の人を知る手がかり であり
こちらの思いを掘り下げれるチャンス☆
不器用ながら駆け抜けた 6年
卒業おめでとう 兄くん
卒業式後 子どもたち主催の「クラス会」には参加しないと言って
いた兄 KOくんが誘いにきてくれて 出かけて行きました
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以前から思っていたのだけれど
兄と一緒に生活していると 兄のモードで考える事が多く
多くの人達って なんでこんなにわかるんだろ・・・と 逆に不思議に思ったりなんかする
兄 小さい頃 「あげる」 「もらう」 の ことばの誤用があり
ST訓練をうけていたときも なんで私こんなことをあまり考えないでやってるんだろう???
学校で忘れ物をしたら 連絡帳に 赤鉛筆で 「忘れ物 消しゴム」 などと書いて帰ってくる
赤で書いたら 次の日忘れないようにしよう と多くの子どもは思うの??
(兄ならきっと書いても書かなくても忘れる ((+_+)) )
暗唱するセリフを 「家で覚えて来てね。」 と言われると 必要な台本などを持って帰る
ことに気づく
こんなことが当たり前なのよね・・・・。
ちょっとわかっちゃうことに 尊敬しちゃう・・・・・・・・・・かもっ
ちなみに兄がつまづいたものです
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