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本日のインターネット配信で、「中3女子、乳児遺棄で逮捕」が流れ、その背景や産み落とすまでの彼女の心境や生育歴を想像するとき、胸が苦しくなりました。まずは、猛暑の中、赤ちゃんの命に別状がなかったことなので、本当によかったです。また、今後の調査で明らかになるのかもしれませんが、このような事件のときに、中3女子のみが報道の対象となること、マンションの映像まで映し出されることに疑問を感じました。彼女への心理的援助もなされなくてはなりません。これから調査段階で、彼女に良い出会いがあり、この出来事がいろいろな出来事を乗り越える転帰となるよう、祈らずにはいられません。
このような子捨ては後をたちませんが、経緯はともあれ妊娠出産を否定的に受け止めざるを得ない心境になる女性の悲しさの中には、様々な社会的問題も内包されていると想像します。
本来、生まれた時点で、どのような境遇で、どのような出生の経緯があろうとも、社会はその子にウエルカムであるべきで、大人に成長するための援助をしていくというコンセンサスと制度を整えることにより(簡単にはいかないと思いますが)、出産がネガティヴなものととらえる女性が減るのではないでしょうか。
(観点は違いますが)小手先の保育園増設などが少子化対策などではないと思います。この国はどのように進もうとしているのでしょうか。私も仕事を続けてきたので、女性の就労を否定するものでは全くありませんが、出産前後と乳幼児時期のもっとも繊細な生育期間、長いようで短い育児期間に、社会の歯車として女性が就労していくことは、親にとっても子どもにとっても並大抵のことではありません。社会で第1線で働く女性は、妊娠したとき、自分のビジネスプランや職場環境、経済的問題、育児支援、パートナーとの関係と様々ことを即座に検討して、出産するかどうかを決めていくのです。また、三歳児神話は学術的には否定されておりますが、やはりこの時期は、親密で安心できる二者関係が大切なのです。まだまとまりとして、周りを認知できない乳児期に、育児を他者に託すことは、致し方ないこともおおいにあるのですが、思春期激動期にそれ相応のことがあるかもしれないことも念頭に入れ、心して養育者は子どもの成長を見守らなくてはなりません。安心して産むことができないことには様々な要因がありますが、この乳児期に安心して子育てができることこそ、まず第一義となるべきでしょう。そして根本は、生命の尊厳、子どもを大切にする、という国民の総意です。
個人の問題と言う人もいるでしょう。しかし、個人から社会が見えるとも思えるのです。社会のひずみは、一番弱いところに出るのです。
今朝の配信ニュースで、思わず力が入ってしまったのは、どこの乳児院や児童養護施設もいっぱいで、傷ついた子どもが沢山いる事実があるからです。乳児院で育てられても引き取り手がない場合は、そのまま児童養護施設へ移ることになり、子どもは再度の別離の体験をしなければなりません。
国は、安心して出産・育児ができる社会とはどうような社会なのか、今一度国民のコンセンサスを得られるように検討して欲しいと思います。多くは平均的家庭像を想定した育児支援なのですが、制度のすきまに落ちてしまう子どもたち、例えば虐待する親から離れて就学、就労できる仕組みまで視野に入れて、施策を練って欲しいと思います。
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