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奈良県の三笠山にちなんで命名された 戦艦「三笠」
「坂の上の雲」 は、明治という時代を司馬遼太郎先生が調査に調査をかさね、10年の歳月をかけて渾身の力で書き上げた物語です。 宮崎あおいさんの「篤姫」・今年の妻夫木聡さんの「天地人」の後を継ぐNHKスペシヤルドラマ。「坂の上の雲」は、今年から3年に渡って放送されるNHKドラマです。
愛媛県松山市の秋山兄弟と正岡子規を通して明治という ☆世界の中の日本国を作ってくれた時代☆を描いている。
なかなか歴史ドラマというものは、近代の出来事を放映し難いものだ。昭和の時代では、私たちが勉強した歴史の本なども、・近代・のものは文部省[現.文部科学省]の教科書には記載されてなかった。
色々な関係やら、問題があったのだろう。 その当時はそこが一番知りたかった。大昔大昔の時代の出来事より一番知りたかった。
明治と言う時代は激動の時代だ。 NHKの「天地人」のドラマのなかの関が原の戦いは、日本の天下分け目の戦いだつたことをよく現していた。 「坂の上の雲」はロシアとの戦いで、歌に歌われた広瀬武夫中佐の旅順港閉塞作戦から続いてゆくロシアバルチック艦隊との戦い。 アジアの小さな三流国日本が日本海海戦で戦った。鹿児島市出身の元師海軍大将☆東郷平八郎☆連合艦隊指令長官が世にいゆう東郷ターン(丁字戦法という大胆怪奇な戦法を駆使する。)という作戦で大勝利をおさめた戦いだ。その作戦を考えたのが弟連合艦隊参謀 秋山真之 海軍中将と言われている。 その時の戦艦は第1艦隊旗艦「三笠」だ。( http://blogs.yahoo.co.jp/growth8co/4797600.html ) いまも神奈川県横須賀港に保存され、今でも光輝いている。
日本の天下分け目の戦いは関が原の戦い、世界の中の日本の分け目の戦いは日本海海戦だっただろう。この戦いに負けていれば、日本は西洋の植民地になっていた。
「皇国ノ興廃此ノ一戦ニあり.各員一層努力セヨ」 真之の言葉だ。さすがに正岡子規とはおさななじみだ。戦艦三笠にゆくとその時のただならぬ緊張感と日本の運命を背負った威厳さがある。
■司馬遼太郎年譜 ( http://www.eonet.ne.jp/~kumonoue/sikisibanenp1.htm )
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こんにちは。「坂の上の雲」検索していたらこちらに参りました。
三笠ですね。カッコいい。
ほんとうに日露戦争で負けていたらロシアの植民地になって、今頃日本民族は一地方で少数民族として細々と生きていたでしょうね。
傑作ポチ・TBです。
2009/12/12(土) 午前 9:27 [ JJ太郎 ]
ご訪問有難う御座います。
南アフリカのサッカー・ワールドカップ本大会でベスト4に勝ち進み、ブラジルかスペインをやぶった様なもの。これは世界に名前の知られていない小さな国が彗星の様に現れた瞬間です。国内以上に外国で、後世になっても輝く一番星なのです。 「明治」と言う一番星なのです。
2009/12/12(土) 午後 1:23 [ ky1 ]
戦いはいまでもつづいています。
TBさせていただきました。
2010/1/9(土) 午後 4:15