気まぐれ日記

気まぐれグランピーの世相やぶにらみ

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東京ナイトスキップというイベントをひょんなことから知り、面白半分で参加したらこれがとっても楽しくて、しかもためになるので、リピーターになってしまった。

この夜のエリアは千駄ヶ谷の国立競技場跡周辺〜明治公園〜霞ヶ丘アパートだった。
わかりやすく言うと千駄ヶ谷駅から下の航空写真の右下に見える東京体育館脇の歩道橋を渡り、競技場跡地に沿って明治公園まで進んだ。

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時代錯誤も甚だしい新国立競技場のデザイン写真は、できる前からすでに大量生産・消費・廃棄時代の遺産の化け物に見えるが、現場に来て見て、その大きさを実際に目測してみると、恐れおののくばかりである。

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東京体育館脇から見た跡地

旧競技場が取り壊されてなくなってしまったために、すっかり見晴がよくなった。


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跡地と明治公園に挟まれた道路の一部が夜間も工事中だったため、車が通行止めになっていた。しかし歩行者は規制もなく歩道のほか、思いがけなく車道も「使えた」のだ。
千駄ヶ谷駅から競技場の話などしながらここまで歩いてきて、今は安全なこのスペースを利用して、いろんなパフォーマンスをした。

そもそもこのナイトスキップは舞踏/舞踊家の菊池びよさんの主催なので、スキップだけでなく、柔軟運動や動作表現などを、わかりやすいお話を聞きながら体験できる。
この時も、誰かが道路に寝そべってみようと言い、みんながそれに続いた。
私も往来の真ん中に大の字になって両手両足を伸ばし、夜空を見上げた。
背中一面に昼間の熱気がうっすらと残るアスファルトの感覚が妙に新鮮に伝わった。

空に向かって片手を伸ばし、爪の先がゼロ地点まで行ったらそこから羽根が舞い降りるように重力に逆らわずに手をおろして、、、といった調子で、びよさんの催眠術効果もあってか、路上ですっかりリラックス気分になった。
みんな心地よいのか、なかなか起き上がろうとしない。
今夜はこの地べた寝そべり体験だけで大満足だ。

いつまでも寝ているわけにいかないので、立ち上がって道路を挟んだ明治公園の中に入り、広場でさまざまなスキップをして遊んだ。
ひとりひとり自分で考えたスキップを披露して、みんながそれを真似する。
寄る年波で体のバネ力と跳躍力は低下し、昔のように大きなスキップ/ステップはできず、ガックン、ガックンと体を動かすのみだが、それでも楽しい。

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日本青年館の建物の取り壊しがすでに始まっていて、ビニールシートの覆いが掛けられていた。建物と公園を仕切るように植えられていた木々の幹が一様にこんなに傾いていたなんて! これは取り壊しに関係なく、以前から傾いていたらしいけれど、なんでだろう?

そしてこのナイトスキップの素晴らしさは社会勉強ができることだ。

あの巨大化け物競技場建設のために、明治公園の向かい側にある都営霞ヶ丘アパートも取り壊し決定となり住民が立ち退きを迫られている。
昔からの住人はなんと50年前の東京オリンピックの際にもそれ以前住んでいた住居から強制的に現在の霞ヶ丘アパートに移住させられてきた人たちだと言う。
つまり2つのオリンピックのために人生で2回も強制移動させられるという稀有な体験者ということになる。
そんな住人の一人の方がスキップの仲間に加わって、アパートの前で説明をしてくれた。

「国策」を振りかざし、ゴミのようにアパートを撤去し、ゴミのように住民を移動させようとするやり方は汚い。

化け物競技場建設は頓挫すればいい。

ヒトにも環境にも財布にも優しい競技場が出来ればいいと思う。
先日NHKクローズアップ現代の「そのパソコン遺して死ねますか?〜デジタル時代の新たな“遺品”〜」という番組を見た。


自分に大いに関係ありそうな問題でありながら、そうでもないなあと見ていて思った。というより、細々とこのブログを続けていて良かったと思った。

私のブログは、開設時以前からの知り合いには、友人、家族を含めて誰にも話さず今日まで来ている。(開設時に指南してくれた知人を除いて)
自分の子供たちにしても、私が生きている間にブログの話をしたところで興味など持ってくれるはずがないから知らなくてよい。
でも私が死んだらこんなブログでも、思い出を辿るものとして少しは貴重に思ってくれるかもしれない。かなりのサプライズになるかもしれないし。
またこのブログの形式はもともとが公開型だから、改めて削除したりの手間も不要のはずだ。

子供たちへの「連絡ノート」にこのブログのURLを書き留めておけばよいだけ。

だからもっといろんなこと書いておこう、と、先の番組を見ながら思ったのだった。

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6日夜東大で開かれた立憲デモクラシーの会主催の「立憲主義の危機」シンポジウムは、各紙報ぜられているように1400名余が押し寄せ、ネット中継した第2会場も満席という超満員状態だった。私も立ち見の一人だった。

京都大名誉教授で憲法学者の佐藤幸治氏の基調講演が熱が入るあまりか時間延長し、後半の安保法制についてのシンポジウム(パネリストは佐藤氏;樋口陽一・東京大名誉教授;石川健治・東京大教授)の時間が少なくなって残念だった。

シンポジウムの内容は新聞記事に任せて印象に残ったことだけ記す。
http://mainichi.jp/select/news/20150607k0000m040079000c.html

「佐藤幸治先生は、橋本政権以来行政・司法制度改革のブレーンとして活動された。いわば、統治エリートの知恵袋だった。」と立憲デモクラシーの会の共同代表山口二郎氏が述べているが、現政権の非立憲性、権力の濫用とからめて、かつての橋本元首相の政治手法特に沖縄問題への真摯な姿勢を紹介し高く評価した。
このようなシンポジウムで少し唐突に思えたが、しかし私には判断できない。

ちなみに衆院審査会で参考人全員が「安保法制は憲法違反」として批判した件で、当初自民党は、この佐藤幸治に証人の要請をしたそうだが佐藤氏が断ったと言う。
http://mainichi.jp/feature/news/20150606mog00m040002000c.html

佐藤氏はこのシンポジウムで発言したように「違憲性」「非立憲性」を衆院審査会で参考人として主張する選択肢はなかったのだろうかと思った。いちがいに何とも言えないが、自公の推薦による参考人でありながら「違憲」とした憲法学者の発言のインパクトを一層感じた。

佐藤氏は基調講演で、ポツダム宣言は戦勝者の論理を超えた、いわば世界史からの要請であるとした。世界中の何千万人もの戦争の犠牲者の命と引き換えにした国際社会への約束事だから、簡単に忘れたり、軽視したりするものではないと警鐘を鳴らした。
勝てば官軍、のようにポツダム宣言を矮小化する向きもあるが、世界史の一員として俯瞰すべきだと思った。

会場となった東大の法文1号館は1935年建造の由緒ある建物らしい。数多くの歴史的事象の舞台となってきたのだろう。そして多くの東大生が去来した。このシンポジウムの発言者も次々に思い出を語った。しかしこの法文1号館で学んだかつての東大生はエリート官僚となって、現政権のような危うい暴走政権も含めて、政権・体制側に加担している人の方が多数派であろう。
それを思うと、歴史の証人であるはずの法文1号館25番教室もどこかよそよそしく見え、足早に会場を離れた。
先日、今審議中の安保法制についての学習会に参加した時のこと。
政府が一括改正しようとしている10の関連法案の中で徴兵制を匂わすような文言はどこかに入っているか否かという質問が出た。講師(大学教授・男性)の回答は、「否」であった。この安保法制が成立しても国民皆兵の徴兵制は恐らく将来もないであろうとした。
理由は、そのような大規模な兵隊を維持する予算が無い、世界の潮流は徴兵制を回避している、過去の戦争と違いこれからの戦争では少数精鋭のプロ兵隊だけが必要とされる。つまり国民は「戦争で戦う人」、「戦争に行かない人」に分かれるだろうと説明した。
「だから油断して良いというわけでは決してない」とも付け加えた。

専門家の見立ては、そういうことなのだろう。しかしその回答を聞いて生身の人間である私は砂で逆撫でされたような気持ちになった。
決してこの講師その人に悪感情を抱いたわけではない。
その人がどうこうというのではなくて、講師が冷静に語った内容にやりきれなくなったのだ。

予算が無いなんてことがあるものか。予算は割り当てるだろう。あるいは予算内でできるカタチを取るだろう。
20世紀の戦争時の兵隊と同じ形態なんてあるものか。それくらい私にも想像できる。
問題は、国民が戦争に様々なカタチで有無を言わさずに協力させられる危険性だ。
それに国民を戦争に行く人と行かない人に分けるなんて、これもアメリカの後追いか。
そして「多くの国民にとって戦争はますます他人事になっていくだろう。」と講師は話を結んだ。

今だって原発事故も沖縄の基地問題もどこか他人事だし、イラクに自衛隊が派遣された時だって他人事だったし、将来自衛隊員が戦争に巻き込まれて犠牲者が出たとしても、多くの国民はご愁傷様と他人事で通り過ぎるのだろうか。

それでよいのか? 

重大事の他人事がますます増える社会がまともな社会であるわけがない。
行き着くところは究極の格差社会ではないだろうか。

戦争準備

熱帯びる武器輸出 横浜で国内初商談会

 各国の軍需産業が会し国内初開催となった武器商談会が13〜15日の3日間、横浜市西区のパシフィコ横浜で開かれた。原則禁じられてきた武器輸出は昨年4月の「防衛装備移転三原則」の閣議決定で解禁となった。海上防衛関連の装備や機器を集めた展示会には世界40カ国の政府や軍関係者ら3300人が参加。日本企業約20社も出展し、時代の転換を映し出した。
 「JAPAN」と書かれた看板の下、三菱重工業、IHI、NEC、新明和工業と、防衛産業を手掛ける国内の主要企業のブースが構えられていた。
<中略>
会場には展示会の開催をニュースで知り、抗議の声を上げる人の姿も。都内在住の杉原浩司さん(49)は「武器輸出やめろ」というボードを会場で掲げ、警備員に退出させられるまで「企業は武器を売ってもうけるのをやめろ。人殺しの兵器でもうけるな」と抗議の意思をアピールした。
 今回の展覧会は外務、防衛、経済産業省が後援した。会見の最後、森本氏は念押しするように強調した。「政府の説明する努力により、新しい技術、産業の育成に有益な方法であるということに気が付く国民は増えていると思う」
(神奈川新聞) 2015年05月16日


熱帯びる武器輸出 横浜で国内初商談会(5月16日、神奈川)
http://www.kanaloco.jp/article/96498

横浜、国内初の武器商談会(同上)
http://www.kanaloco.jp/article/96497


日本初の大規模な武器商談会を監視&抗議!
http://kosugihara.exblog.jp/21230788/


【参考】
[ニュース動画]世界が注目!なぜいま?日本初の武器商談会
(5月13日、テレビ東京「アンサー」)
http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/newsanswer/newsl/post_89837/



友人が知らせてくれるまで、日本初武器商談会が開かれていたことを知らなかった。
「おもて」の戦争法案の方に気を取られている間に、「うら」の戦争準備をこんなに露骨に進めているのだ。これこそ安倍政権が猪突猛進している一連の戦後レジームからの脱却なのだろう。
表裏一体の戦争準備でありながら、平和安全法制なんだそうだ。

「戦争法案などと無責任なレッテル貼り」をするなというが、オオカミの戦争法案に小麦粉まぶしてヤギにして平和法制と呼んでいるとしか思えない。
どの道オオカミはバレル。
ただしヤギが食べられた後かもしれない。

先日の記者会見で、自衛隊員の命に係わるリスクが高まるのではないかと聞かれた安倍首相の返答を聞いて、モノ扱いぶりに腹が立ってならなかった。一語一句おんなじではないが、次のように言ったのだ。

「自衛隊員の方たちはもともと、命の危険も顧みず世のため人のために進んで困難な仕事をしてくれている人たちです。これからもこれまでどおり一生懸命任務を果たしてくれるでしょう。」
この視線はキケン業務専門のロボットを見る目つきだ。(キケンな仕事だから、私のような高尚な人間は机上で法制は作るけど、実働はぜったいしませんよ。)

自衛隊もまた老齢化が進んでいるという。若い隊員数は年々減っていくだろう。
必要な実働部隊の隊員数が確保できなくなったときは、どうするのだろう?
いきなり徴兵制が始まるのだろうか?
まさか!
少なくとも「徴兵制」なんて言うダイレクトなネーミングは絶対使わないに決まっている。
どんな目くらましネーミングで「わが軍」の歩兵を確保しようとするだろう。
そんなことにならなければいいのだが。

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