気まぐれ日記

気まぐれグランピーの世相やぶにらみ

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前評判も賑わっていたが、一般公開後の評判もうなぎ上りで、つい先日の日本禁煙学会からの苦言が逆に袋叩きに遇っているようだが、この映画を見ても今一つ気持ちが乗れなかった。
私は宮崎駿アニメのファンというほどではないにしても、過去の作品で大好きな作品はいくつもあるし、先ごろの憲法へのメッセージ(憲法を変えるなどもってのほか―「熱風7月号」)も力強く思っている。 

でもこの映画は正直のところ、掴まえどころがなかった、というか共感するところがあまりなかった。宮崎監督と主人公の飛行機(大空)への憧れが強すぎて、それが何よりも優先されているみたいで、底流にも「反戦」は感じ取れなかった。反戦ならOKと言う意味ではないけれど、無理やり「反戦」を嗅ぎ取って「反戦・平和」を訴えている映画などと言わないほうがいいと思う。

飛行機の事など全くわかっていない私が言っても何の意味もないかもしれないが、それでも乏しい知識の中で「ゼロ戦戦闘機」というのは乗り手の人間の命より戦闘機としての機能を優先した「非情」な飛行機だと思っていた。日本軍の命令でそれを設計した人の話だから、最初からこの映画に「反戦」は当てはまらないと思った。(宮崎監督も反戦がテーマではないと言っていたような気もする。)その意味では韓国からの抗議(この映画は戦争に協力した人の話だ)の方がわかりやすい。

主人公が憲兵から追われて身を隠していたというエピソードも無理やり挿入されているようで結局よくわからないままだった。ゼロ戦を設計していた重要人物なのだから身辺護衛されるならわかるが、なぜ追われていたのだろうか。その辺も映画を曖昧にしていた。

しかしタバコの描き方は逆にこの主人公を表すのに上手に使われていたと思う。   
 そう、この主人公は優しくないのだ。たとえば重病の愛妻の枕元でタバコを当たり前に吸っているのは当時としては普通の風景だったにしても、私には主人公の温かみの無さを伝えるのに充分だった。飛行機の機械的なところ(夢や空想も含めて)ばかりが目立ち、人間の内面の優しさとか温もりが余り感ぜられなかったところが、この映画に共感できなかったひとつかもしれない。

映画の終盤でゼロ戦の無残な残骸が野ざらしになっているシーンが、戦争の結末を表しているが、そこにはもう主人公はどこにもいなくて、回想シーンだけに登場しているのも、何か分断させられた感じだ。ゼロ戦の残骸とこの映画の主人公とは関係性を持たせたくなかったのかもしれないが、妻の命と引き換えにしたともいえるゼロ戦の最後を見つめる主人公の眼も見て見たかった。

結局私は特別の感動もないまま映画を見終えてしまった。

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