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この映画は名曲Speak lowのために作られたとしか思えない展開だった。最初にラストシーンありきで、そこから逆算して物語を作ったのだろう、と観終わってから思った。 ラストシーンで石のように固まってしまった登場人物を見ながら私も息を飲んでしばらく動けなかった。 それほど落差が大きかったからだ。 そもそも大手術で貌が変わってしまったからといって、妻だった女性を見て、声を聞き、軽く触れあってなお、わからないなんてことがあるだろうか。それに大整形手術をしても手術の形跡が窺がえないなんてあるものか、のようなごく現実的な事を思いながら、ふんふんと観ていたのにー。 それが最後の最後で、そんなことはこの映画ではどうでもいいことだったんだと気づいた。 この映画の宣伝文句で、夫ジョニーは妻ネリーを愛していたのだろうか、それとも裏切ったのだろうかそれが問題だ、みたいに投げかけているのもあるが、それすら二次的問題のように思えた。 これは言って見れば人間の「格」の違いを問題にした映画なのではないか。「格」と言って語弊があれば「ハク」の違いと言えばいいかもしれない。 ヒトラー政権時代を生きたジョニー(非ユダヤ人)は妻(ユダヤ人)を愛していたはず、ナチスから妻を一生懸命かくまったはずではある。ただし狂気の時代には限界があった。つまりジョニーは人間の弱さを併せ持つごく普通の男だったのだろう。 一方ネリーは悪夢のユダヤ人収容所から奇跡の生還を果たした、地獄の淵を覗いてなお生き延びた筋金入りの強靭な女である。 戦争は、ごく普通の夫婦だった男女の人間の格まで大きく変えてしまった。 二人はこの先元通りの夫婦に戻れるだろうか、、いや戻れるはずがないと私は思うが、ネリーの歌の最後の言葉は、たしか"I'll wait,"だったから、やり直す気持ちを暗示したのかもしれない。 Speak lowは大好きな曲。(この曲を作ったクルト・ワイルもユダヤ人で、迫害を逃れてアメリカに亡命した。)You Tubeでこの歌手がこんな風に歌っているのを見つけた。 |

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