気まぐれ日記

気まぐれグランピーの世相やぶにらみ

憲法9条は私たちの宝

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上記のシンポジウムに出かけた。



「日米安保と私〜ジャーナリストは今何を考えるべきか」と題した、ジャーナリストの原 寿雄 氏の
記念講演の中で語られた話は興味深かった。

50年前の反安保闘争で、6月15日に女学生樺美智子さんが無残な死をとげると、その翌日から新聞報道が一転ガラリと変わったのだという。
それは新聞7社による「共同宣言」に如実に現れている。
 共同宣言
  暴力を排し 議会主義を守れ  

6月15日夜の国会内外における流血事件は、その事の依ってきたる所以を別として、議会主義を危機に陥れる痛恨事であった。
われわれは、日本の将来に対して、今日ほど、深い憂慮をもつことはない。  
民主主義は言論をもって争わるべきものである。
その理由のいかんを問わず、またいかなる政治的難局に立とうと、暴力を用いて事を運ばんとすることは断じて許さるべきではない。
一たび暴力を是認するが如き社会的風潮が一般化すれば、民主主義は死滅し、日本の国家的存立を危うくする重大事態になるものと信ずる。  
よって何よりも当面の重大責任をもつ政府が、早急に全力を傾けて事態収拾の実をあげるべきことは言うをまたない。
政府はこの点で国民の良識に応える決意を表明すべきである。
同時にまた、目下の混乱せる事態の一半の原因が国会機能の停止にもあることに思いを致し、社会、民社の両党においても、この際、これまでの争点をしばらく投げ捨て、率先して国会に帰り、その正常化による事態の収拾に協力することは、国民の望むところと信ずる。  
ここにわれわれは、政府与党と野党が、国民の熱望に応え、議会主義を守るという一点に一致し、今日 国民が抱く常ならざる憂慮を除き去ることを心から訴えるものである。 

 昭和35年6月17日                   
    産経新聞社 
    毎日新聞社       
    東京新聞社       
    読売新聞社                               
    東京タイムズ新聞社  
    朝日新聞社                               
    日本経済新聞社  


さて、それを受けて当時の中曽根科学技術庁長官は「7社宣言、あれは自民党への詫び状かね、、、」と記者会見で冷やかし、佐藤蔵相は「これで新聞はこっちのものになった。」と語り、
自民党の平河クラブでは陣笠代議士たちが「新聞の反省ぶり」をほめていたという。(新聞労連)

「暴力を拝し、議会主義を守れ」とはなんとも聞こえがよいではないか。
誰も異を唱えにくい。しかしこのように、要所でマスコミから政府に救いの手を差し伸べるという図式は、この時だけではないようだ。
時は流れて現在、普天間基地移転問題でも大手マスコミは、いったい「軸足」をどこに置いているのだろうといぶかしくなる。
鳩山政権の「迷走」でギクシャクした日米関係を「修復」するとか、そもそもの新聞のスタンスが政府側に立ってしまっていることに気づいている人が少ない。

この日、記念講演のあとのパネルディスカッションで、市民の目線でニュースを伝えていると語った琉球朝日放送キャスターの三上智恵さんに対して、「報道の中立についてどう思うか」との質問が会場から投げかけられた。三上さんの返答を聞いて、私は次のように思った。

報道の中立という概念は大切だが、たとえば少女が米兵に暴行された、観光バス2台分の大きさのヘリコプターが大学に墜落した、というニュースを報じるのに、中立はありえるだろうか。
報道者は意識的にせよ無意識的にせよ、自分が置いている軸足からの視線で事象を表現し、それはすでに中立の立場ではなくなっている。


この日はデジカメもケイタイも忘れて、写真が撮れなかったが、先日の早稲田での安保記念講演会とは比べ物にならないくらい収穫を得て満足だった。





 

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早稲田大学で60年安保50周年記念の報道写真展を開催中であると知り、関連して記念講演会が今日開かれるというので、仕事を午後半休して早稲田大学へ行ってみた。

これまでいろんな講演会に参加しているが、今日ほど予想とかけ離れていた講演会はなかった。
これも自分の常識のなさなのか、おろかなのか、
講演会が終了した時には、したたかバカにされ冷笑された感じで体中いっぱいになり、
いまだに後味が悪い。

60年安保の時、私は小学5年だった。
当時家にテレビはあったが、安保闘争のことはリアルタイムでは実感がなかった。

60年安保と、現在と、日米安保に対する国民の意識(というと少し大げさだが)があまりにも違うので
私の中では「歴史上の事件」のくくりにある60年安保のことを、実際に体験した人から聞いてみたいと、出かけたわけだった。

記念講演会の内容は
加藤尚武 京大名誉教授 「ヘーゲルとマルクス」
坂野潤冶 東大名誉教授 「明治・安保・平成維新」

会場で今日の資料だと言われて受け取ったプリントを一読して、
「???」と、すでに予想外の内容だったが、講演が始まると私の思い違いは俄然確たるものになった。
加藤名誉教授の話は終始、ヘーゲルの思想に関して世間に広まっている誤った固定観念と、
それが間違っているという証拠の説明。大学教授の講義そのもの。

それでは2番目の講演を当てにしようと思ったら、むしろ冷水を浴びせられたのはこっちだった。
タイトルなりのおもしろい話でもなく、あとは本を読んでくれ式の少々手抜きの講演だった。

その論調が講演会全体をまさに象徴していて、質疑応答の段になると
講演会の化粧が剥がれて実際の顔がちらちら覗きだし、
いわゆる身内の集まりでの気安さというのか、
一気に部屋着でくつろいでいる風の言葉になり、
また聴衆の一部はそれを期待するような、煽るような、派手な拍手やら笑い声で盛り立て、
それがみんな男ばかりといった「下品」な風向きの中で、居心地が悪くなるばかりだった。

きわめつきは坂野教授のことば。
坂野氏は国会乱入で逮捕起訴された20数人の中の一人で執行猶予判決を受けたというが、
現在の気持ちを聞かれて、

(安保闘争からの)転向なんかそもそもない。60年当時だって安保の中身なんて知らなかった。
ただ革命にあこがれて、岸政権だけは倒したいと思ったが、安保は行きがかり上のオマケ。
反米感情は今も昔もない。
反戦行動?それは米ソ冷戦があったから、それに巻き込まれたくないという気持ちが
一般大衆世論にはあったが、闘争の先頭にいた我々(インテリ学生)は、

安保なんて最初から眼中になかった。

・・・安保なんて最初から眼中になかった、、、それが当時東大生で今東大名誉教授の言葉。
それを発しているのは、表題にある通り、60年安保50周年の記念講演でのこと、場所は早稲田大学。

私だって当時の闘争リーダーがたちが、その後「転向」して、さまざまな分野の企業人となっていったような話は聞いてはいるが、それをこんなところで実際に見るとは思っていなかった。

それはたとえ身内の集まりの様相の会場であったからかもしれないが、
かの人の言葉は強者の言葉そのもので、この世の中にいる他の層の人々のことなど「眼中に」なかった。

私は全身、冷水を浴びせられた感じでいっぱいになった。
こんなところ来るんじゃなかった、午後半休取ってまで!

講演会が終わって、安保報道写真展が開かれている会場へのエレベーターで、
居合わせた男たちは私より先に乗り、先に降りる勢いだった。
それはほんのささいな事象ではあったが、会場の雰囲気を象徴しているようでもあった。

今日のこの講演会の雰囲気には、旧態依然の男社会の男の目線が充満していた。

そんな講演会に裏切られた私が、世間知らずなのか無知なのか、
私なんかの行くところではなかったのか


いまだに気分が悪いのだ。

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5月14日(金)久しぶりにヒューマンチェーンに参加するために国会前に出かけた。
いつものようにリレートークとシュプレヒコールと首相官邸前まで移動してシュプレヒコール。

WPNが呼びかけたもので、大きな労働団体などの動員がなかったのか、
主催者発表による参加者は460人とのことだったが、集会の終わりの頃にはもっと大勢の人が集まっていたようで、官邸前までの移動ではかなり長い列と厚みがあった。

鳩山首相への批判が集中砲火の中、池田香代子さんなど複数の人が、「基地問題をあっさり片付けず、
いつまでものらりくらりして私たちに基地について考えるきっかけを与えてくれたのは鳩山首相の功績」であると訴えた。
この先ももっともっと先延ばしして、移設を打診された各地に基地反対の声があがって、
日本中どこにも基地はいらないんだということが、だんだんはっきりしてくればよいと私も思う。

基地は必要と思っている人で、沖縄にここまで基地が集中していることを何も疑問を持たない人に聞いてみたい。
   都道府県のレベルの話ではなく、自分の住む町に基地が移転してくるとしたらどう思うか。

そんなことありえない、ではなくて、それを肌身で感じてみることから初めて、基地反対の声に耳を傾けて欲しい。

この日もいろいろな人が発言する中、細かな差異というか、聴衆もさまざまで、一からげに基地反対といっても、そのアプローチ方法は千差万別あるので、リレートークの発言者に対して周囲からそれを否定するような囁き声も耳にした。

それはそれでいいと思う。一気に基地がなくなるなんて私も思わない。
ただ無為無策で基地拡張するのでなく、かっこ悪いけれど、汗かき、べそかきして、
基地は拡張ではなく、縮小に向かわせたいんだという意向をアメリカに伝えるべきだと思う。


集会後は、打ち合わせなくても出会った友人らと赤坂方面へ出て、しばしおしゃべりできた。
これもヒューマンチェーンならではのチェーンだ。


以下は、WPNのHPから

NO BASE!OKINAWA 国会前に460名!鳩山首相に強く迫る!NO BASE!OKINAWA 国会前に460名!鳩山首相に強く迫る!
  http://video.labornetjp.org/Members/YUMOTO/videos/human_1_1.wmv/view
沖縄返還文書訴訟:日米密約認め、国に開示命令 東京地裁
 
沖縄返還(72年)を巡る日米間の密約文書を開示しなかったのは不当として、西山太吉・元毎日新聞記者(78)や学者、作家ら25人が国に不開示決定の取り消しなどを求めた訴訟で、東京地裁は9日、密約の存在を認めたうえで、文書の開示を命じる判決を言い渡した。杉原則彦裁判長は「漫然と文書は不存在という判断をし、国民の知る権利をないがしろにする国の対応は不誠実」として原告1人につき10万円の慰謝料支払いも命じ、原告側の請求を全面的に認めた。

 裁判所が密約の存在を明確に認めたのは初めて。国側は昨年3月の提訴を受け、密約の存在を否定したが、9月の政権交代後に認否を留保し、文書は「探したが見つからなかった」と主張。判決は、返還交渉を担当した吉野文六・元外務省アメリカ局長の法廷証言や米国立公文書館で発見された資料の存在などを基に、外務、財務両省が文書を保有するようになったと認めた。(毎日新聞JPより抜粋)

鳩山政権の米軍基地問題への対応が注目されている今、このような判決が下ったこと、主権者である市民として真摯にこれを受け止め、考えなければと思う。
10日(土)、その西山太吉氏の講演会・沖縄密約(情報開示請求訴訟「知る権利」は守られたか)に参加した。

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西山氏は開口一番、裁判を継続していて良かったと感慨深げに語った。
「今回の判決がなければ、外務省の外部有識者委員会によって密約調査を確かに行ったと言う既成事実が残り、その報告書が密約問題に関する唯一の解明文書となり、沖縄密約問題はやがて薄れ、国民の知る権利もまた曖昧に閉じ込められたままになっていただろう。」

しかし今回の判決はその有識者委員会の見解をも否定している。(有識者委員会が密約ではない、とする部分あるいは広義の、とカッコ付けをする部分)
西山氏は従来の密約否定の論拠があまりにも幼稚すぎると嘆いた。
正式の「アグリーメント」ではなく「メモ」であったとか、
当時の河野外相が米局長の吉野文六氏に密約の緘口令を敷いておきながら、検閲済みの吉野氏発言をすべての拠り所にしていた点など。
詳細は西山氏の著書、『沖縄密約』で述べられているという。

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西山氏は会場からの質問に答えて、次のようにまとめた。
なぜ密約が岸、佐藤内閣に集中し、なぜ日米安保がらみなのかを考える時、戦後政治の潮流を見なければならない。つまり戦勝国と敗戦国という固定の枠組みから抜け出さずその中で生き抜く方を貫いた両政権。戦争時の強い反米意識は、強い反共イデオロギーと相まって親米意識を強固にした。
戦後のもう一つの潮流は憲法9条遵守、反核非核路線、近隣諸国との再構築を模索する動き。
この二つは保守政党の中にあってもいつもせめぎ合いが続いていた。
 国民の知る権利は民主主義の根幹を成すものだ。
今回の判決が出たと言ってそれに安住していてはならない、
一方では「知る権利」を封じ込めようとする力が依然として存在していることも忘れてはならない。


さて昨夜午後10時からNHK追跡!A to Z 密約問題の真相を追う 〜問われる情報公開〜を見た。


ゲスト出演の東郷和彦元外務省条約局長も、澤地久恵氏の発言をなぞるようにして次のように語っていた。
国家の機密をすべて即時開示することなどできないが、それを記録にとどめ、やがて後世にその判断を委ねる事は、歴史を刻む人間の務めだ。証拠隠滅のための書類償却などもってのほかである。

番組では実際に『沖縄返還』と言うキーワードで、日米の公文書館においてそれぞれ検索したところ、日本の公文書館では一つもヒットしなかったのに、アメリカではファイルキャリアーにごっそりファイルが積まれて来るシーンを紹介していた。そしてアメリカの公文書保管関係者がやはりおんなじことを言っていた。国民の知る権利は民主主義の根幹を成すものだ。

なんだかそこだけ取ると再び、アメリカは日本より進んだ民主主義国家なんだからアメリカの方が進んでいるんだというような印象を植え付けられてしまいそうなシーンだったが、番組のゲスト出演者の一人が語っていた言葉が胸に響いた。

情報公開法を生かすも殺すも国民しだい

西山氏が起こした訴訟に対して、密約を認める今回の判決が引き出されたといっても、それを受け止める力が国民側になければ、宝の持ち腐れになってしまう。

日本は従来より「知らしむべからず寄らしむべし」の根深い慣習、習性、思想がめんめんとしてあった。
件のNHK番組の司会者自らも何度も「そうは言っても公開できない機密もあってしかるべきだ。国民側に判断する力がない」などと繰り返していたが、少なくとも国民の側から白旗を初めから上げるようなこと(白紙委任状を出すこと)は控えるべきだと思う。


ということでともかく西山氏の著書『沖縄密約』を読んでみることにした。

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