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今度の土曜日、国会前の抗議集会に参加しようよ、と中学時代の同級生のA君を緩やかに誘った。 とっくに還暦を過ぎてもA君は今も昔もA君だ。 考えておくよ、と返事が来たままだったが、当日私は他用を済ませた足でだいぶ遅れて国会前に向かっていると、地下鉄の車中でショートメールが届いた。 「急に騒然としてきた。すごいよ。」 A君からだ。当てにもしていなかったが、先に行っていたか。 「まだ地下鉄。もうすぐ着きます。」と返事メールを送った。 A君がすごいことになったと言ったのは、諏訪原健さんの云う「決壊」のことだったのだと後になってわかった。 https://dot.asahi.com/dot/2018041600049.html?page=1 警察側が設けたバリア鉄柵を、押し寄せるデモ参加者の人波が、まさに堰を切って突破したのだ。 決壊とは知らずに桜田門駅から地上に出ると、そんなにすごい=殺伐とした危険ぽい光景はどこにもなくて、あの戦争法反対で盛り上がった夏のデモ集会を彷彿とさせるような、老若男女数多の参加者がそちこちで繰り広げるコール・レスポンス、スピーチ、そして鳴り物による熱気で溢れ返っていた。 「着いたけど、これでは探すの大変。」とSMSを送る。 「議事堂正面左側フェンスにいます。」と返事が来る。 そろそろ帰途につく人たちが来た道を逆行して辿っていくと、目の前に議事堂が迫るところまで何とか進めた。おぼつかないSMSでは話にならないので、A君にケイタイ電話をかけたが、一度で出たためしがないのが、われらケイタイ嫌いの習性。いったん切ると、ひと呼吸おいてから電話が来た。 ところが、ソージショク! ソージショク! あっべっわっやめろ! の大合唱の中では必死でケイタイ電話に耳をくっつけたところで無駄な抵抗だった。 再びSMS。 「向かって左側。」 「左側フェンスにいるけど、、」 ったく、じいさんばあさんだよねえ、と苦笑い。 A君を探すのは諦めて、私もコールの輪に入る。 フェンスは一段高いところだったから、そこに上って一応あちこち見渡しながらコールしていると、フェンスの向こう側から同世代と思しき男性がフェンスを乗り越えようと苦戦していた。よく見ればあちこちの抗議集会で名前をお見掛けする人だった。足場もないし、この高さでは無理じゃないかと思ったが、やんちゃ心が面白くて、思わずがんばれがんばれとあおってしまった。結局その人は諦めて遠回り策を取るしかないようだった。 宵の口は雨の予報のとおり、ぽつりぽつりと落ちてきたころ、集会終了を告げるアナウンスが入って、人波が動き出す。再びA君に電話しようと思った矢先にメール、 「雨が降ってきたので一足先に帰ります。また今度会いましょう。」 うぬ、逃げ足の速いヤツめ。 折り返し私もメール、 「すぐ近くにいて会えなかった人出を喜びましょう! 元気でね。」 そう、先ほどのフェンス越え挑戦のおじさんにも、A君にも、この場にいた元気な団塊世代にも連帯のエールを送りながら、早々に地下鉄入り口へ向かって雨粒を避けた。
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つれづれなるままに
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晴れてこのおでんエンブレムも使えるようになるのかなあ? 五輪エンブレム撤回のゴタゴタを見て、遥か昔にラジオの百万人の英語だったか、で初めて聞いたフレーズを思い出した。 Everybody's business is nobody's business. =連帯責任は無責任 新国立競技場白紙撤回も、原発事故も再稼働も、然りだな〜 以下はおふざけにすぎなくて初めから謝りますけど、あのデザイナーの佐野さんという人のお顔は、上から見ても下から見ても顔にみえる顔のおじさんのような顔だなあと、テレビを見ながら思った。
人の視覚の錯覚?につけ込んだおもしろ画に似ていると言うのも、なんか変におもしろいなあ。 |
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東京ナイトスキップというイベントをひょんなことから知り、面白半分で参加したらこれがとっても楽しくて、しかもためになるので、リピーターになってしまった。 この夜のエリアは千駄ヶ谷の国立競技場跡周辺〜明治公園〜霞ヶ丘アパートだった。 わかりやすく言うと千駄ヶ谷駅から下の航空写真の右下に見える東京体育館脇の歩道橋を渡り、競技場跡地に沿って明治公園まで進んだ。 時代錯誤も甚だしい新国立競技場のデザイン写真は、できる前からすでに大量生産・消費・廃棄時代の遺産の化け物に見えるが、現場に来て見て、その大きさを実際に目測してみると、恐れおののくばかりである。 東京体育館脇から見た跡地 旧競技場が取り壊されてなくなってしまったために、すっかり見晴がよくなった。 跡地と明治公園に挟まれた道路の一部が夜間も工事中だったため、車が通行止めになっていた。しかし歩行者は規制もなく歩道のほか、思いがけなく車道も「使えた」のだ。 千駄ヶ谷駅から競技場の話などしながらここまで歩いてきて、今は安全なこのスペースを利用して、いろんなパフォーマンスをした。 そもそもこのナイトスキップは舞踏/舞踊家の菊池びよさんの主催なので、スキップだけでなく、柔軟運動や動作表現などを、わかりやすいお話を聞きながら体験できる。 この時も、誰かが道路に寝そべってみようと言い、みんながそれに続いた。 私も往来の真ん中に大の字になって両手両足を伸ばし、夜空を見上げた。 背中一面に昼間の熱気がうっすらと残るアスファルトの感覚が妙に新鮮に伝わった。 空に向かって片手を伸ばし、爪の先がゼロ地点まで行ったらそこから羽根が舞い降りるように重力に逆らわずに手をおろして、、、といった調子で、びよさんの催眠術効果もあってか、路上ですっかりリラックス気分になった。 みんな心地よいのか、なかなか起き上がろうとしない。 今夜はこの地べた寝そべり体験だけで大満足だ。 いつまでも寝ているわけにいかないので、立ち上がって道路を挟んだ明治公園の中に入り、広場でさまざまなスキップをして遊んだ。 ひとりひとり自分で考えたスキップを披露して、みんながそれを真似する。 寄る年波で体のバネ力と跳躍力は低下し、昔のように大きなスキップ/ステップはできず、ガックン、ガックンと体を動かすのみだが、それでも楽しい。 日本青年館の建物の取り壊しがすでに始まっていて、ビニールシートの覆いが掛けられていた。建物と公園を仕切るように植えられていた木々の幹が一様にこんなに傾いていたなんて! これは取り壊しに関係なく、以前から傾いていたらしいけれど、なんでだろう? そしてこのナイトスキップの素晴らしさは社会勉強ができることだ。 あの巨大化け物競技場建設のために、明治公園の向かい側にある都営霞ヶ丘アパートも取り壊し決定となり住民が立ち退きを迫られている。 昔からの住人はなんと50年前の東京オリンピックの際にもそれ以前住んでいた住居から強制的に現在の霞ヶ丘アパートに移住させられてきた人たちだと言う。 つまり2つのオリンピックのために人生で2回も強制移動させられるという稀有な体験者ということになる。 そんな住人の一人の方がスキップの仲間に加わって、アパートの前で説明をしてくれた。 「国策」を振りかざし、ゴミのようにアパートを撤去し、ゴミのように住民を移動させようとするやり方は汚い。 化け物競技場建設は頓挫すればいい。 ヒトにも環境にも財布にも優しい競技場が出来ればいいと思う。
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先日NHKクローズアップ現代の「そのパソコン遺して死ねますか?〜デジタル時代の新たな“遺品”〜」という番組を見た。 自分に大いに関係ありそうな問題でありながら、そうでもないなあと見ていて思った。というより、細々とこのブログを続けていて良かったと思った。 私のブログは、開設時以前からの知り合いには、友人、家族を含めて誰にも話さず今日まで来ている。(開設時に指南してくれた知人を除いて) 自分の子供たちにしても、私が生きている間にブログの話をしたところで興味など持ってくれるはずがないから知らなくてよい。 でも私が死んだらこんなブログでも、思い出を辿るものとして少しは貴重に思ってくれるかもしれない。かなりのサプライズになるかもしれないし。 またこのブログの形式はもともとが公開型だから、改めて削除したりの手間も不要のはずだ。 子供たちへの「連絡ノート」にこのブログのURLを書き留めておけばよいだけ。 だからもっといろんなこと書いておこう、と、先の番組を見ながら思ったのだった。 |
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おさるの名前で英国大使館にお伺いを立てるのも 世界文化遺産への登録に一喜一憂するのも はたまた憲法9条にノーベル賞をくださいとお願いするのも すべてお上のお墨付きが何より大事と考える気質に由来していないだろうか まるで市民自らが旧来の「知らしむべからず、由らしむべし」を求めているようにも見える。 判断を自分より『エライ人』に任せて安心するというのは、会社組織のように上下関係に則った流儀がきっちり出来上がっているところでは他に選択肢はないかもしれないが、社会生活の中でなんでもかんでも権威者の意見を仰ぐというのは、 トラの威を借るキツネの根性が見え隠れしていないだろうか おさる一匹の話ならそれでも良いが、今や権力の中心にいるような人たちが率先して改憲を連呼している世の中。権力の暴走からの防波堤になって国民を守っている最高法規を、変えるか変えないかという重大な分かれ道を前にして、「エライ人」の意見を鵜呑みにするというのは絶対よくないと思う。 パタパタというおもちゃをご存じと思うが、最高法規を変えたら、ぱたぱたぱたと、それ以下の法規が次々に裏返ることになるということもしっかり見極めねば。
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