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娘の家の近くにお気に入りのリサイクルショップがあって、衣類だけでなく、靴も帽子もアクセサリーも手提げかばんも、日用小物も最近はみなこの店で買うことが多い。一見してこの店は若者向けの店ではなく、いつも中高年の女性客で結構賑わっている。 安価な衣料品チェーン店に行けば品数は豊富でも、だいたい値段相応の品であって食指が伸びない。一方リサイクルショップは当然の話だが、新品ならとても付かないはずの値札がついて売られている。 先日もヨシノヤの22.5センチのローヒールパンプスを600円で買ってきた。 私はヒール付の靴を履くと「豚足」とからかわれるくらい、ずうたいのわりに足のサイズが小さくて、22.5センチも入る。この600円也の靴はデザインがイマイチだから、こんなに安い値段なのだろうか。 その靴を手に取ってしげしげと見れば、リサイクル品とはいえあまり履きこまれていない。靴幅も崩れることもなくほっそりさを保っている。おまけにほぼ真新しいヒールまで付いている。昨今はヒールの付け替えも1000円ではできないというのに。 私はリサイクル靴を買うとき、いつも以前の持ち主を思いめぐらす。 年配の小柄な婦人の姿が思い浮かぶ。 うーん、もしかしたらこれは遺品かもしれないなー。 しかし、実を取ってそのヨシノヤのパンプスを600円で買って、ゴキゲンで娘の家に行った。 ショッピング好きで、かつ、クレーマーの娘は、通販で買ったという靴2足を箱から出しているところだった。サイズが合わないから取り替えるのだとか何とか言っていた。 「お母さん履けたらあげるけど、、」などと言うから、 「おあいにく様、今ちょうどリサイクルショップで600円の靴を買ってきたところ。 デザインは野暮いけど、普段履きには上々。それになんといってもヨシノヤの靴なんだから!」 すると娘はぽかーんとして 「よしのやって何? 牛どんじゃないの?」 まあなんでもいいわ。
とにかくリサイクルショップは私にとってはデパート化している。 |
つれづれなるままに
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先入観で人を判断してはいけない、、とわかっていてもとかく人間は過去に集めたデータを意識的、無意識的に駆使して、この人はおそらくこんな人じゃないだろうかと第一印象を得るのではないだろうか。 それにしても初めからこういう人だと決めてかかるのは良くない、はずだ。 それはそれとしても、このところテレビ画面を賑わした「時のひと」たちの面差しのなんと個性的であることか、と、ここまで言えば十中八九みな同じ顔を思い出すのではなかろうか。 そう、あのパソコン遠隔操作の真犯人。最初「いかにも」の顔だなあと思いながら、いやいや、見た目で人を決めてかかってはいけない、と自分に言い聞かせていた。 ところがやはり真犯人だったわけで、「いかにも」は正解だった。 話は変わって、あの世界初のスタップ細胞を発見したという女性科学者を始めてみた時、「らしくない」顔だなあと思いながら、いやいや、見た目で人を決めてかかってはいけない、と自分に言い聞かせていた。 ところが「ウソ」発見されてしまったわけで、「らしくない」はやはり正解だった。 話しはまた少し遡って、あの聴覚障害者を装った偽作曲家とそのゴーストライターを見た時、この二人はなんとそれぞれの役回りにピッタリの「いかにも」の顔をしているんだろうと感心した。 今年これまでのところの時の人たちは優劣つけがたいほどに個性的な面立ちで、カリカチュアなど一切不要で、そのまま絵になる人たちだ。ついでに言えば赤塚不二夫マンガのキャラクターになれると、私は思っている。 これほどまでに先入観が裏切られない=わかりやすすぎる、背景には何かあるのだろうか? 「わかりやすい顔」と言えば、片手を上げながら足早に歩き去る姿が毎日のようにテレビ画面に出て来るあの人。
世論調査で「人柄が信頼できそうだから」支持すると答える人もいるくらいだから、ここは大きく判断が分かれるようだ。先入観も見る人さまざまということか。 |
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母親は子供の誕生日を決して忘れない。なぜならそれは出産記念日だから、、とずっと思ってきたけれど、実際にあまり意識することはなかった。 娘の誕生日も近い先日、孫の顔を見がてら娘のところに遊びに行ったら、珍しく早い時間に娘の連れ合いが帰宅して顔を合わせることになった。もともと狭いアパート。仕事で疲れて帰ってきたところに義母がいたのではくつろげるはずもない。「それでは、、」と腰を上げようとしたら、婿どのに引き留められた。 娘の誕生日も近いのでこれからいっしょに誕生日祝いの食事に出かけようというのだ。 でも私までごちそうになるのは悪いから、、と遠慮すると、婿はこう言うのだった。 「子供の誕生日はお母さんの記念日じゃないですか。出産記念日をお祝いしましょう。 誕生日は自分を生んでくれてありがとう、と感謝する日なんですよ。」 と、まあ、孝行息子を絵に描いたようなことを言うのだった。 嬉しいものです。私もそう思っていたのだけれど、婿に言われてなおさら嬉しかった。 それで娘夫婦と孫に囲まれて楽しいごちそうをいただいた。 えっ?何を食べたかって?
娘夫婦は外食と言えばまず焼肉のようで、3歳の孫も、「ニク!ニク!」と興奮しておりました。 |

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昨日は、至近にある市役所内に確定申告出張受付所が開設される日だったので、雪の降る中提出に出かけた。荒天のため予想通りほぼ待たずに税理士の説明を受けることができた。 |

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開票とほぼ同時に当確が伝えられるしくみがいまだによくわからないが、とにかく今回もまた早々に当確者が確定して、その結果に白けた。投票率は45%前後とか。 反原発派の恐れていた通り反原発票が見事に二分され、漁夫の利をさらわれた悔しさが残るが、こういう結果になるとき、いつも悪者にされるのが共産党で、こんどもまた共産党は叩かれるのだろう。 共産党を叩くのはわかりやすくて、そうだそうだと思ってしまいがちだが、しかし今回、宇都宮候補と細川候補を1本化したくてもできないほど、異質の二人であったと私には思える。 1本化できなかったから負けたのだと思うより、投票しなかった、総有権者の半数にあたる棄権者こそ問題があると思う。期日前投票の期間は十分あり、時間がないはいいわけにならない。 今回もまた私は選挙権のある自分の子供ら(30代)に投票を呼び掛けたが、無関心のままだった。 政治を他人事としか思っていない多くの人たち。一方、低い投票率でも当選すれば「市民の支持」を受けたという箔が着く。 そうやってこれまでも政治が動いてきたのだから、政治はやはり国民の鏡で、その程度の国民度ということなのだろう。 ただ選挙で投票した人も、投票しっぱなしで後は知らないというのも、棄権と同様に無責任な話で、自分が投票して当選した人の政治活動は見続けるべきだ。政治ウオッチは選挙の時だけで良いわけがない。 ああ、でもね、今度の都知事選で舛添氏はやたらに「世界一」を連呼していたけれど、何もかも東京を世界一にすると真顔で言い、これからそれを実行すべく邁進するのかもしれないが、そんなことを本気でやられるのは、実現度の如何はさておき、舛添支持者でない私は「いやだなあ」と心底思う。舛添支持者にはそれが「良いこと」なんだろうけれど、投票した人は特にしっかり行方を見てほしいと思う。あれもこれも世界一なんてありえない話だとは思うが、想像するだけで気持ち悪い。何かが世界一になるとしたら、そのひずみが絶対あるに決まっているんだから。 今後反原発の主張がどれほど根付くか、それも私たち一人一人次第なのだろう。
重大事が起きてから気づくパターンが常の世の中で、わかっちゃいるけど、それより今夜のご飯を心配してしまうのがふつうなんだろうけれど、それにしても、、、の都知事選結果であった。 残念。 |


