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通勤で毎日乗車しているオ○Q線の車内放送がうるさい。 尤もうるさいのはオ○Q線に限ったものではないと思うし、 駅のアナウンス過剰は今に始まったものでもないけれど、、 昔は乗客を幼児扱いするようなものが多かった、つまり 前の方から押し合わずに順序良くお乗り下さい、 お忘れ物、落し物なさいませんように、お乗換えください、 ホームが滑りやすくなっておりますので足元に気をつけてご乗車ください、、などなど 現在バージョンは 携帯電話の通話を控えろ、優先席付近では電源を切れ、などケイタイ電話に関するものに始まり、 企業の説明責任を果たしているつもりになっているようなものが多い。 つまり、最近やたらにうるさいのは、電車の運行が数分遅れただけでもいちいち言う、あれ。 電車が遅れましたこと、大変ご迷惑おかけいたしましたこと、お詫びいたします。 というのを数分おきにしつこくうるさく繰り返す、朝のラッシュ時も夕方のラッシュ時も。 ほんとに申し訳ないと思ってるのか? 数分の遅れなんかより、ラッシュ緩和のために車両をもう1両づつ長い編成にしてくれたほうがずっとうれしいのに。 また、同じく並行して言うのが、数分遅れた原因、 体調を崩されたお客様の対応を行いましたので、 車両の点検をいたしましたので、 線路内に人が入りましたので、 満員電車の中でよく聞くのが、気分の悪いお客は早めに駅員に申し出てくれ、というアナウンスだが、 ひとたびそうしたら、そのあと延々と「体調不良のお客の対応に手間取り運行が遅れました」と言われるかと思うと、うっかり甘言には乗れない。 そして当節の新バージョンは、車内に不信物を見かけたらすぐに駅員に知らせるように、の類。 ここ1週間ほどオ○Q線で毎日放送しているのは次のアナウンス。 最近車内で座席を切るなどの迷惑行為が多発しております。このような迷惑行為を見かけましたらす ぐにお知らせ下さい。 多発、って一体どのくらい起きたんだろう。 このように乗客同士に不信感を募らせるようなアナウンスは、耳タコになるほど言ってほしくないものだ。 今も昔も、車内放送、駅内放送は、言わなくてもいいものが多すぎるよ〜。
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つれづれなるままに
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5月7日は図書館リニューアル1周年を記念して、としょかん文楽があるというチラシを千代田図書館で見ていたので、昨日は7時からという公演に間に合うよう急いで退社した。 千代田図書館に着いたのは6時40分だというのに会場はすでに黒山の人だかり。立見席というのは文字通り立って見る席のはずだが、立っても見えない席状態だった。 そもそも閲覧室の一角に即席で椅子を並べただけの狭いコーナーなのだ。 少々面食らったが、せっかく来たのだからと、仕方なく、立っている人の背中の後ろに立った。 手をかけるところも、身体をよりかけるところもなく、ひたすら立つ。 マッチ箱の中のマッチ棒みたいだ。満員電車に匹敵するぞ。 ひょっこりひょうたん島やチロリン村を文楽といっしょにしたら顰蹙買うかもしれないが、 私は人形劇が一般に好きだ。 人形浄瑠璃も高校の時、先入観無しに初めて見ておもしろいなあと思った。 以来、特別鑑賞券の類を得た時などに観ている。 としょかん文楽に参じた只見客の8割がたは女でそれも中高年が多い。 おばさんがたは安価のカルチャーが好きなんだ。私もね。 時間と共に足先が痛くなってくる。 ゆうに7時を回った頃、始まったのは館長の挨拶だった。 おいおい、挨拶なんて誰も聞いてやしないよ。 そのうちにも足はじんじん、血圧上昇。 やがて挨拶が済んだと思ったら、 始まったのは浄瑠璃語りの人の登場で長い説明 〜7時半 私は立ちんぼにとうとう堪えきれなくなって人垣を離れて隅の椅子に倒れこんだ。 次に三味線弾きの人が太棹を抱えて登場、時折爪弾いて、長い説明 〜7時50分! 最後にようやく人形遣いが登場して、時々人形を動かして説明 〜8時15分!! もっとも、私が倒れこんでいる席からはほとんど見えないし聞こえないのだ。 私より高齢者も多く見かけたけれど、立ちんぼで悲鳴をあげている人がいないのも驚きだった。 タダなんだから何か文句あるか、、という雰囲気が図書館側にはある。 椅子ぐらい急遽かき集めてくれば、もっと大勢の人が座れるのに、、 同じタダでも、同じメセナ、フィランソロピーの類でも、民間と公ではずいぶん違うものだ。 公演終了予定は8時30分。 8時15分になってようやく説明がおわって、サワリの上演はたったの15分! 只見の文楽なんて、私のようにきっちり8時間働いた後の労働者が来るところでは所詮なかったのだ! 上演終了の拍手を確認するや、私はエレベーターに人が殺到する前に飛び乗った。 一目散に向った先は、近くのスリランカ料理店、KANCHANA ここのスープカレーはとてもおいしい。 この店の女主人も気風のよいマダムだ。 毎晩、店の前に野良猫にエサを出してやっている。 野良猫が無心に食べているのを一度見かけて、それがきっかけでこの店に入った。 夕べも只見文楽に心が少々ささくれだったところに、おいしいカレーを食べて、 ママさんとポツリポツリ会話ができて、気分を取り戻して帰ってきたわけだった。 猫さんには会えなかったけれどね。 タダ見ほどコワイモノはない!
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ことしも咲いてくれた桜、ありがとう 人間がこんなに地球を痛めつけているというのに ことしも健気に咲いてくれた桜、ありがとう 花吹雪はカタルシス 人間の愚かさを桜は今年も浄めて往く ありがとう、さくら 上の2枚の写真は「東京の階段」でも美しい階段として紹介されていた私の好きなスポットの昼と夜 左側にCool TrainというJazz Barの看板が風景に染まって見えている The best things in life they're free the moon belongs to everyone the best things in life they're free stars belong to everyone they cling there for you and for me flowers in spring the robins that sing the sunbeams that shine they're yours and their mine love can come to everyone best things in life they're free the moon belongs to everyone the best things in life they're free stars belong to everyone they glitter there for you and for me they are yours and me flowers in spring the robins that sing sunbeams that shine they're yours and their mine love can come to everyone best things in life they're free all of the good things every one of the better things the best, best things in life they're free |
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朝、目の前に広がっていた雪景色。 前夜、偶然ETVで「金子光晴、家族の戦中詩」と言う番組を見て、その内容がとても印象的で、 さて、目覚めたら山々の雪化粧で、これもまたひときわ印象深い朝になった。 http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html 去年夏、東京の古書店で、詩人・金子光晴の「三人」と題した手書きの詩集が発見された。昭和19年、妻(愛称チャコ)と息子(愛称ボコ)の三人で山中湖畔に疎開していた光晴が、家族三人の詩を清書して作った私家版の詩集。そこには、家族への愛情と反戦の信念が素直につづられている。
番組は光晴の孫にあたる、息子・森乾(愛称ボコ)の娘、夏芽さんが、自分も知らなかった手書き詩集の存在を知って、内容を辿っていく構成になっていた。
時は第2次大戦後期。学徒出陣の中、息子の乾にも召集令状が来た。光晴は喘息持ちだった息子を取られてなるものかと、松を燻して発作を起こさせ身体検査不合格に至らせた。その後3人で山中湖畔に疎開し自給自足生活をしていた。 この生きてゐる眼で/ボコをみることのできる/そのよろこびだけで。/ そのよろこびを分りあふのは/父とチャコと二人だけだ。 どこにでもある親子の情愛を、いとも無残に引き裂いた召集令状。それは再び光晴親子の前に現れた。だが今度も光晴は乾を守った。この時は、地元の有力者だった医者を頼って偽の診断書を書いてもらい招集を免れた。 「なぜ医者は偽の診断書を書いたのですか?」 とのインタビュアーの質問に、当時の様子を知る健在関係者は答える。 「こんなこと言ってもいいのかなあ。つまりお酒の一升瓶持って来たのよ、、。」 それを娘の夏芽さんはテレビカメラが回る中で聞いた。 戦後、森乾は早稲田高等学院で学ぶ事になったが、入学直後同級生に囲まれて、徴兵逃れを非難されたことがあったという。(乾氏の友人の証言) 「その時、父はどんな言葉を返しましたか。またどんな表情をしていましたか。」と夏芽さん。 「困ったような顔だったけど、後ろめたさはなかったようだ。きっと父親の光晴の強い信念が伝わって、後ろめたさを感じる事はなかったのだと思う。」、、、のような友人の返答。 そうか、そういうことだったのか、、、、。 召集令状が来たが、それを逃れるために「ズル」をした。 それをあなたはどう思うか。 いや、それを「ズル」と捉えるかどうか。 その答えの一つが、番組の最後に光晴の言葉で暗示的に紹介されていた。 その言葉は私の胸にズシンと響いた。一語一語正確に覚えていないが、およそ次のようなことだった。 戦争への道を阻止するのに、団結とか集団の力に頼ってはならない。 まず一人一人が反抗者にならなければならない。 権力者と対峙するには、一人一人が なんでも言う事を聞くおとなしい人間であってはならない。 なんと信念に裏打ちされた言葉だろう。信念、あるいは自分を信じる気持ちがなければ、 腑抜けになる言葉かもしれない。 戦争に行って還ってきた同級生に対して後ろめたさを感じるのもまた「愚直」なのかもしれない。 愚直は決して卑屈ではないが、権力者の前で愚直になることぐらい馬鹿らしいことはない。 この反抗心は平時から身に付けていないと、一旦非常時になったとき、一夜にして備わる力ではない。 人よ。なぜ人生を惜しまない。 こまやかな人間の生を、 なぜもっといつくしまない。 夜々、重い爆弾を抱いて 人の街のうへにはこぶのは誰だ。 また、誰のために何をまもるか。 むなしいもののためのさらに むなしいあらそひよ!
(「裏冨士にて」)
それにしてもこんな貴重な1点ものの私家版詩集が、今発見されたことの意味深さを思う。 |
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花のOLをしていた30年前も、浦島OLをしている今も、変っていないもの、 |


