気まぐれ日記

気まぐれグランピーの世相やぶにらみ

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The Wave

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普通の高校生が特別な理由があったわけでもなくたまたま選んだ実習クラスのテーマが「独裁制」だった。
1週間の実習期間の日がたつにつれ、実習生たちはどうなっていったか、、、。
これは1960年代にアメリカの高校で実際にあった心理実験を基にした2008年のドイツ映画だ。

独裁制を実習する生徒は、指導者(担当教師)から一方的に言われたルールを守らなければならない。
指導者には必ず「様」を付けて呼ぶこと。発言するときは挙手、起立すること、など。
始めは戸惑っていた生徒もしだいに「縛られること」に夢中になり、自分たちでさらにルールを決め、
他者を排除するようになる。その熱狂ぶりはだんだん制御不能になり、ついには暴走する、、、
と言うような洗脳の過程を描いた映画である。

テーマは興味深く、実際にあったことがベースになっているからまったくの絵空事でもないが、
しかしこの映画自体の出来は少し期待はずれだった。

実習生である高校生の行動の変化は目に見えているが、行動を起こさせる内面の変化が描かれていない。
実習にのめりこんでいく生徒も、懐疑心を持って抵抗する生徒も単純化が目立つ。
同年代の高校生が見たらあるいはもっとおもしろく観られるのかもしれないが、大人には物足りない。

映画では最後に悲劇の結末を迎え、教師も生徒も「バカなことをしでかしてしまった」という後悔ばかりがクロースアップされ、肝心の「独裁制」を冷静に見つめる眼はどこかに消えてしまっていた。
つまり「バカなこと」が「独裁制」から、「独裁制というテーマを制御できなくなったバカ教師」に移行してしまい、映画の主題もボケてしまった。

指導者の考え方次第でどうにでもなる要素が大きすぎて、日本の高校でこのような実習をやったらどうかと言われたら、もろ手を挙げて「賛成」とは言えないかもしれない。

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渋谷の松涛美術館で表題の展覧会が開催されている。


村山槐多の名前を覚えたのは、窪島誠一郎氏(信濃デッサン館、無言館の創設者)の本であったか、講演の中であったか、どちらにせよ窪島さんからだった。
その窪島さんの講演会が5日(土)に松涛美術館で行われることを知り、雨の中出かけてみると、会場は主催者が用意した椅子が足りなくなり、立ち見の人がでるほどの盛況だった。(150人くらい。)

窪島さんのお話はいつも聴衆を魅きつけるものがあり、この日も90分の講演を一つの作品のようにまとめ上げられた話術はさすがだと思う。
そのお人なりについては、ここではいまさら触れないが、
窪島さんと槐多とは、出会うべくして出合った運命的出会いであり、
槐多に全身全霊とりつかれたのがよくわかるようなおはなしだった。
「火だるま槐多」と形容したのは高村光太郎だったが、
窪島さんご自身も相当な「火だるま」人生とお見受けする。


靴修理職人だった養父母に育てられた窪島さんは、中学卒業後は就職するはずだったが、
中学の担任の熱心な説得で、養父母は高校進学を認めてくれた。
しかしその高校生活も3年途中で中退し、生地屋に就職して、将来像も描けないまま、
ただ暗中模索で仕事をするしかない日々を送っていたとき、古本屋で見つけたのが、
槐多の画集であった。
明大前の自宅から渋谷までの運賃は20円だが、一つ手前の神泉までは10円だったので、
神泉ー渋谷を歩いて通ったという、当時の月給は5,500円。このとき槐多の画集は2,000円某。
なぜ魅かれたか? 
きれいな絵から程遠い作品は、作品であって作品を超えた、槐多そのものだった。
作者が呼びかけてくるものの強烈さにただ圧倒された。
絵と同じように魂に訴えてくるものが、その詩であった。


私は思うのだ、多感な窪島青年の心を槐多が捉えたのは
それだけ窪島さんに渇望するものがあったからだと。
だからその時代のことを思うと、現代の若者に
槐多の心の叫びであった, [神様、あともう一日、生かせてください、、、]
を初めとする詩と向き合って欲しいと窪島さんは言う。


私も槐多の絵が好きかと言えば、絵はそれほどでもない。
私が一番好きなのは「スキと人」。
でも展示されている何枚かの「女」を描いた作品を見ていて、
若い男の直情を感じて、ちょっとブルッとした。

槐多のどこが良いといえば、やはりその短い生涯そのもの。それを伝える詩である。
(今回の展覧会には槐多の直筆の詩が何篇も展示されている。)

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生きることのいとおしさを実感できるのが、槐多だと思う。
テレビ東京で10月から毎週木曜日に始まった、「空から日本を見てみよう」と、
そのすぐあとに続く「天空散歩」という二つの番組がおもしろい。

「鳥になって空を自由に飛んでみたい」気分そのままに、下界の様子が見られる。
普段地上から見ている景色も空から眺めると、まったく違った景色が展開し、カタチの違いに驚く。

たとえば、代々木のオリンピック選手村跡に建つ宿泊施設が、
上から見たら「?」のカタチになっていたなんて知らなかった! 
理由は、生えていた樹木を切らないでそのまま残したからだという。
他の公共工事にも生かしてほしいデザイン(考え方)だ。


番組の構成は上から、雲二人連れが下界を見下ろしていて、おもしろいモノを見つけると降りていって
「こんにちわ」とそこを訪問する。
たとえば屋根の上の巨大サッカーボールだとか、巨大金の卵だとか、屋上に立つ一戸の家だとか、
飛行機型のビルだとか、ちょっと気になるモノだ。
訪問を受けた側は、そのおもしろい建物やモニュメントなどをこちら側に紹介して、
間近から見せてくれる、という趣向だ。
紹介役の、一般人である持ち主のみなさんはみんなすごく自然体で、
その紹介がそんなに長くなく、短くなく、ほどよくて好感が持てる。

見つけモノの中に、先端が鋭角に尖った三角ビルを探すコーナーがあり、
実際にそのビルのトンガリ具合を測りに行く。

先日のトンガリビルは代々木の貨物線線路際に建つ、ハンコ屋さん兼コーヒー屋さんで、
トンガリ具合は22度。そのトンガッた先端にあったトイレの中まで見せてくれた。
トイレの窓を開けると頭上脇を、JR電車が疾走して通り抜けていく。すごい迫力!!


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さて、この「空から日本を見てみよう」は1時間の番組だが、それが終わると、
間にCMが入る間もなく「天空散歩」という、時間にして5分以内のミニ番組が始まる。

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この手のミニ番組は、「世界の車窓から」に象徴されるように、短いけれど存在感のある番組が多い。
「天空散歩」もそんな番組だ。

なぜ同じように上空から俯瞰する長短二つの番組を連続させた番組構成になっているのか、
聞いてみたい気もするが、違いをわかって欲しい、と制作者が訴えているような気も、実は、する。

上に拝借した二つの番組のロゴを見ても、違うでしょう?

「空から〜」案内役の雲二人連れのナレーションが、うっとおしい。
下界の一般人の紹介役の人たちが自然なのに対して、この雲たちのセリフは不自然で芝居じみている。
おじいさんだからといって、いまどき誰が、
「そうじゃ、そうなんじゃよ。きまっとるよ。」なんて言う? 
そこが惜しい。
でもBGMに挟まれる音楽ピースは、短いフレーズながら、往年のジャズが入ったりして良い。

一方、「天空散歩」に代わったとたん、雲たちは消え、ナレーションなしにBGMだけがすっきり流れる。
一瞬にして空気が変わったのがわかる仕組みだ。
短いが、大人向きです。

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NHKで「ブラタモリ」という、町探索番組が始まった。
第1回「早稲田」を見逃したので、ゆうべ第2回の「上野」を見てみた。
   
   http://www.nhk.or.jp/buratamori/

いわずと知れたタモリが、街中を歩いて目に付いたモノ、事を紹介する体裁の、よくあるローカル旅番組だ。

でもNHKとタモリの組み合わせだからね〜、あんまりおもしろくなかったな〜。

だいたい「ブラ」は「ブラリ」のつもりなんだろうか。
ひょっこり出くわした、見つけたの感じがしなかった。

もっとも、「ぶらり途中下車の旅」 http://www.ntv.co.jp/burari/ だって用意周到だし、
気まぐれじゃテレビ番組なんて作れないのはわかっているけれど、

それでもブラタモリにはタモリ感覚が薄い。
上野寛永寺の住職をわざわざ案内役に据える意味があるんだろうか。

文句をつけたいのは、寛永寺内にある徳川家歴代将軍の墓は普段は非公開らしいが、
特別にブラタモリのために、しかもスタッフの人数も限定して、取材を認めたらしいことだ。
そんなのって、「ぶらり」の精神から逸脱してるじゃない!

住職が「当時は徳川家の人々も軽々しくこの石段を登って墓の敷地の中には入れなかった、、」とのコメントをぶってるその時に、私は見たぞ、その足元の石段がハトのフンでビチャッと白くなってたのを。

それから、なんとも意味がわからないのが、番組の途中やたらにアングルを遠目にして、タモリ一行を捉えるカメラクルーを写し出していること。カメラを抱えているカメラマンだけでなく、長いマイクを捧げ持つ人、脚本片手のディレクターみたいな人、それにアシスタント風まで、いろいろ。

そんなスタッフ写したって、何の意味もないではないか!1度ならず、2度も3度も4度も5度も。

1点、おもしろかった「絵」は、暗闇坂の中ほどにある、怪しげな建物。
昔、市電の変電所、今はなんとなんと、動物園のおみやげグッズの倉庫だとか。

その市電(都電)だけど、タモリが最後に
「実は都電はあまり乗っていなかったーーー。走るのが遅くてね。」とか言い訳してたけど、

それは違うでしょうが。
都内の都電が順次廃線になっていったのは、タモリが上京した時代より以前だと思うが。
タモリが東京に出てきた頃には、そんなにたくさんの路線が残っていたとは思えない。
走るのがのろくて乗らなかったのじゃなくて、乗りたくてもそもそも、すでにそれほど走っていなかったと思う。

と、まあ、ケチをつけてしまったが、何、次回は二子玉川だって?

じゃあまた来週も見てみるか、、、

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扉をたたく人

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この映画のテーマに共感はするものの、、、。

残りの人生に取り立てて夢も希望もなく漫然と日々を過ごしていた、とはいえ、熟年の大学教授である男と、不法滞在中の20代のシリア出身とセネガル出身のカップルとの偶然の出会いとその後の交歓は、どこか不自然で白けてしまうのだ。
余儀なく出会った、ほとんどといっていいほど共通点のない両者は、こんなに急速に打ち解けあえるものだろうか? 
両者を結んだのは、ジャンベだと言うのか? 
音楽は誰にでもわかる世界共通のツールだと月並みな表現をあてはめるのか?
いや、人間がそれほど鷹揚であったら、世界はこんなにぎすぎすしていないはずだ。
それに寛容の心だけではない、独立した人間というものは、独立している分、他人との境界線をはっきりさせるものではないか。
ところがこの映画では、自分と見知らぬ他人だった者との境界線が急速になくなっていくことが「普通」に描かれている。言い換えると、自分のテリトリーに踏み込んで来た(善意の)他者を拒絶するどころか、同化してしまうのだが、そこに大きな違和感を覚えた。

あまり冴えないとはいえ、大学教授の肩書きを持つ男の居住空間と、恐らく収入も不安定な不法滞在カップルの居住空間が、何かの間違いとはいえ同一空間で、お互い違和感がないなんて、考えられない。

この大学教授はよほどアイデンティティがない男なのか、とあきれてしまうほどだ。
(だから簡単に下手なジャンベなんかも恥ずかしげもなく人前でたたけちゃうんだな。)

それにだ、不法滞在して定職もない人の暮らしぶりは映画のカップルみたいに優雅じゃないはずだ。
ジャンベのライブと、手作りアクセサリーを路上販売して、きれいな生活が営めるくらいなら
アメリカも捨てたものではないが、どうなんだろう。

映画の原題は「the Visitor」で、それは突然の訪問者である女性を示しているものと思われるが、
この女性(身柄拘束されたシリア出身タレクの母親)は定職についているらしいとはいえ、生活感がない。この親子がどうやってアメリカに渡って来たのかは語られていないようだった。(見過ごしたかな?)どういう事情で親子が来たにせよ、若いタレク(息子)よりアメリカに馴染んでいるようで、言葉もタレクより通じている母親もまた不可思議だった。

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あんまりいいところがないみたいな映画評になってしまった。
でもやっぱり人間の臭いのしない映画だった気がする。

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