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この映画は実話だという。そのことも知らず、また結末も知らずにこの映画を見たので ラストが哀しすぎた。 この若者が流浪の旅で出逢った人たちとの短くも濃密な交流を思うと さらにさらに哀しくなった。 1990年夏。アトランタのエモリー大学を卒業した主人公クリスは約束されたエリートコースを降りて 自由の旅に出た。 身辺整理し、貯金全額を慈善団体に寄付し、物質文明の象徴とも言える車を捨て、 家族にも背を向け、広大なアメリカを北へ南へ、さすらいの旅を続けた。 行く先々でさまざまな邂逅があった。 流浪の民やアウトローすれすれの生き様を曝す、エリートとは無縁の、 クリスの育った環境とは違う階層の人々。しかし皆一様に優しい眼差しでクリスを迎え入れた。 二度と巡り合うことのない行きずりの出会いであっても、等身大で無欲に生きている者同士なら、 偽りのない心の交流ができるのかもしれない。 若者にありがちな放浪癖と違うのは、クリスはすべてに完ぺき主義で、 徹底して妥協がなく「あそび」がないところだ。彼には息が詰まりそうな閉塞感さえ漂っていた。 結果的に一期一会になってしまった人々との出会いも、初めからそうなることがわかっていたように、 短くも濃密な時間を過ごしている。 1992年1月、クリスは一見無鉄砲、無謀に見えて実は用意周到な決断の時を迎えた。 極限のアラスカへ、最低限の必需品だけを携えて出発する。 アラスカの荒野の深奥で、逃避とか厭世とは無縁の、 極めてポジティブでアクティブな自然との対峙の日々を送ることになる。 アラスカの自然は容赦ない。ライフルの扱い方も、 また撃ち殺した獲物のさばき方も知らなければ命取りだ。 ストイックなまでに肉体を鍛え、また精神力を培い、 サバイバルのための方便を身に付けて臨んだクリスにはすべてが想定範囲内であるかのように、 大過なく時間が進んでいった。 そして5月。持ち込んでいた食糧の米も残り少なくなった頃、そろそろ帰路を考える時が来ていた。 しかし立ちはだかっていたのは、予想外の自然の罠だった。 最後に朦朧とする意識の中でクリスが悟ったのは、 Happiness is real when shared. (幸せは分かち合ってはじめて実感できる。) そんな易しいことを悟るのに一命を捧げなければならなかったのか!!
これも妥協を許さない潔癖性が自らをがんじがらめにしたとも言えるが、 また同時に物質消耗主義社会を痛烈に批判しながらクリスは自らを葬り去った。 クリスが否定し批判した社会に住む我々は、 彼の壮絶な死からどのようなメッセージを読み取ればいいのか、、、。 それはクリスからの大きな宿題のような気がする。 |

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