気まぐれ日記

気まぐれグランピーの世相やぶにらみ

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ブログ引っ越し完了

ブログ引っ越し完了したみたいです。FC2ブログです。同じタイトルです。
このヤフーブログの編集は今日までというので、ギリギリの投稿です

春先からブログ引越しが気になりながら、面倒だなあと後回しのまま、8月も末になり、見よう見まねでやってみたら、予想外にあっけなく引っ越し完了できたみたいですが、大丈夫かな?

新規投稿の方法など、これから学習しなければなりません。


気まぐれブログとはいえ、折々の記録になっているし、これが無くなるのはやはり寂しいです。

ブログで交流してくださったみなさん、ありがとうございました。

またお会いできればうれしいです。 


グランピー

イメージ 1

上は今日偶然見かけたツイート。
今日のヤフーニュースで、意図的に並べたのか偶然並んだのか知らないが、あんまりな数字の対極性にめまいすら覚えた。生めよ増やせよの掛け声にはどんなイメージが付きまとっているのか、現在ではそのイメージにも鈍感な人がいるのだろうか。

安倍首相の大きな顔写真の横に書かれた「この国を守る」という、先の衆院選でのスローガンをイヤと言うほど見かけたが、守るのは「この国」であって「国民」としていないところはなんとも正直なもんだ。

国体維持が第一義の社会では、乳児を遺棄する人がいても、それはその人の個人的な異常性の所以であって、社会全体はそんなことに構っていられない。この国が弱体化してしまう。それを狙っている他国にどんどん先を越されてしまうではないか、、、

それは極論だとしても、国の示す一つの価値観に呼応するものは、鳴り物入りで奨励し、そこからはみ出たものは無視、排除していくような風潮は息苦しい。

山東氏の言う表彰状の文言には、一体どんな言葉が並ぶのだろう。          

見たくもないけどね。
「日本を取り戻す」と「日本をリセット」の二択って、どんな地獄だよ...中野晃一先生のツイート

 これは対立構造じゃない! 根っこが同じのヤマタノオロチの頭同士でどっちが第1頭になるかで張り合ってるだけじゃないか! 

 さっき報道ステーション見てたら、希望枠から外された民進党リベラル派議員で新党立ち上げの可能性ありとか聞えたので、それこそひとすじの希望だと思ったら、画面に出ていた政治部のキャップだかなんか知らないけど、すかさず「そんなことしたら野党勢力が割れてしまうわけで、喜ぶのは自民党、、」とかコメントしたけど、

 ちょっと待ってよ、政治専門の記者がなんでそんなこと言うの!

 せっかくここまで民、共、社、自由の4党が何とかいばらの道を踏みしめながらがんばっててきたのを野党共闘というんでしょうが。
 
 それをぶち壊したのは誰なの! 自民党とヤマタノオロチなのに野党だとかよく言うわ。

 選挙って政治家の就活だってことよくわかった。

 https://www.youtube.com/watch?v=ONpG6dtiqzE
Between Devil and the Deep Blue Sea
 (どちらを選んでもろくな結果を得られない、にっちもさっちもいかない)

天皇からのラブコール

今日、天皇から投げかけられたメッセージを聞いて、私はかなり感動した。不覚にも涙がこぼれた。それは以下の部分を聞いたときだった。

皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

とりわけ「皇后と共に」と敢えて言葉にされた後、「国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」と述懐されたのを聞いて、天皇はいつも自分の方から国民のそばに寄り添う姿勢を貫いていらしたのだ、それはまた結構なラブコールであり続けたのだと認識した。

かつての大日本帝国憲法の中の、あるいは自民党の改憲草案の中にあるような、国の「元首」などという厳めしい存在からほど遠いイメージである。

御年82歳?の天皇は、10分以上のメッセージの文章を一度も閊えることもなく、穏やかに淡々と読み上げた、というよりスピーチされたことだけを取って見ても、それ相当の強い意志と自信を携えた方なのだなと推察した。逆にその意志と自信が揺らぐ時は、国民が目に見えて不幸になるときなのではないかと思った。

この天皇のメッセージを聞いた直後に、安倍首相のコメントを伝える映像が流れたが、この時の首相の表情、言葉のなんとギクシャクとしたぎごちないものだったか。これはいったいなぜなのだろう、何にイラついているのだろうと思ったら、「重く受け止める―」と言い捨てるようにして言うなりそのまま踵を返して立ち去ってしまった。
あれはいったい何? まるで天皇メッセージに後ろ足で砂をかけるような態度じゃないか。

ともかく、2016年のメッセージがかつての「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び〜」のメッセージの再来ではなくてよかった。

参院選の、この結果

参院選挙の前に、止むに止まれずこれまで政治がらみの話をしたことがなかった知人らに、言葉に気を付けながら、選挙の争点の最重要事項は国のカタチを変えることの是非が問われていること、野党に投票してほしいことをメールで訴えた(電話は苦手)。

私はたとえば地元の選挙で「〇〇さんに投票して」のような応援はできても、〇〇党はダメ、〇〇党に投票を、みたいなことは苦手であった。逆に自分が言われたらむしろむかつく。だから露骨に現政権を批判する言葉は避けたので、私の気持ちがどれほど伝わったかと反応を気にしていたが、返事をくれた人はほぼ一様に現政権の独裁的な手法を怒っていたが、、

しかし、選挙の結果は改憲発議ができる2/3を超える議席を与党に与えてしまった。

三度の与党の勝利も、巧妙な選挙制度、投票率の低さ、腰の引けたメディアが成せる業だろうと思う反面、今回ほんの少しではあるが知人とのやり取りから垣間見えたのは、現政権の政治手法を批判し、けしからん、と立腹しながらも、その程度は人さまざまで、一貫性が無かったり、党より人柄で選ぶとしたり、彼らの批判、怒りの矛先は必ずしも投票(選挙区と比例区)に直結していないのではないかという疑問だ。

平たく言えば危機感が薄いのではないか。私のメールにおおかた同意の返事をくれた人たちも、そこには「おとな」の社交辞令じみた気配もあって、怒りも批判もどこか他人事。その甘さが毎度毎度の結果を招いているのではないだろうか。

今日、ネット上の以下のツイートを目にした:
「長谷部恭男さんは、人々は日常や生活設計を楽しみ悩むべきで、日々憲法について考えなければならないのは不幸だと言った。憲法を忘れての幸福追求を可能にする立憲主義を壊させないことが、そうした不安から解放される早道だと。」

多くの私たちはこれまで憲法には無意識に暮らしていた。危機感が薄いのは平穏の裏返しかもしれない。憲法を忘れていられるほどほどの国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3原則に守られた世の中だったからだ。しかし今それを失くすため、形骸化するために、憲法を変えようとする力がある。

空気のように、無くして初めて現憲法の価値がわかるのでは遅い。
今こそ、危機感を持って憲法と向き合わねば。

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