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三題話のお題は、そもそも意外性がなければ面白くないのであって、集団的自衛権、9条壊憲、徴兵制では、直結しすぎておかしくもなんともないが、いや待てよ、この3つは三題話のお題のように、それぞれ関係なさそうに思えている人もいるのではなかろうか。 いまどき徴兵制なんて、と鼻で笑っている人へ、 確かに今から1年とか2年のうちに、こんな制度が出来上がってしまうことはないだろうけれど 10年単位で考えたらどうだろうか 自衛隊が海外の武力活動にも参加するようになって、死傷者が出るようになって、自衛隊の応募者が減ってゆき、隊員数を維持するためには、どうするか? たとえばアメリカのように奨学金と抱き合わせで入隊させるとかして、経済的弱者が自衛隊に入る可能性が高くなるかもしれない。 「うちは貧乏じゃないから、軍隊になんか行かない。」?? でも将来、武力行使で命を落とす自衛隊が出たとき、直接知らない人であったとしても、その時、どのような気持ちになるだろうか、ちょっと想像してみると良い、。 果たして他人事と思えるだろうか? 確かに今現在だって、日本ではない地球のどこかで武力紛争で命を落としている人は大勢いて、そういうことすべてに目をつむっていていいのか、という論理から、日本も武力で「積極的に平和活動」すべきという人もいるけれど、問題に対して目を開くことと、武力行使は別枠で考えるべきだと、私は思う。 さらにまた究極には徴兵制という制度がふたたび蘇ってくる可能性に対して、現在の私たちは今から絶えず予防策を頭に入れておくべきだと思う。 上に示す赤紙はネット上で見つけた画像を勝手に使わせてもらっています。お許しを願います。 税金の徴収票と同じような具合に、このような通知がある日突然郵送されてきて、否応なく、問答無用で、個人を束縛するのだ。 どうする? 通知が来るような時代になってからでは何もできない。だから、 今私は何をすべきか、何をしてはいけないか。 世界一の豊かさとか、速さとか、効率とか、便利さとか、そういうものが、命の危険と引き換えに得られるものなら、私はそんなものいらない 富国強兵でなければ、この国が繁栄して行かないのなら、私はそんな繁栄、いらない
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除夜の鐘をナマで聞きたくなって深大寺へ初詣。野川沿いに初チャリ。今夜は風もなく、木々のまにまに星が見えた。 東門側に自転車を停めたおかげで入場制限に引っかからずに境内に入り、鐘撞き堂の前に行くと、0時を待っているかのようにお経を唱える一団があった。 ほどなくして群衆の間から「わーっ!」と言う歓声が上がったのと同時に目の前の鐘がごぉおお〜んと鳴り渡った。迫力ある鐘の音が頭の先から足先まで伝わって抜けるのと一緒に、体内の穢れも吐き出されるような気がした。 しかし鐘撞きを希望して列を作っていた一般人に撞き手が代わって、音がしぼんでしまい、がっかり。これじゃありがたくもないや、と鐘撞き堂に背を向け、初詣の列に加わった。幅広の列だったのでそれほど待たずにお参りを済ませた。 人混みの歩道をよそに自転車でスイスイ車道を飛ばして帰路に着いた。 出かけたついでと言っては申し訳ないが、ごく近所の神社に寄ってみた。こちらも初詣の長い列ができていて、結局30分並ぶことになった。 気分よく新年を迎えることができて幸先良いスタートが切れた。
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秘密保全法案って? みなさん、「秘密保全法」 って知っていましたか? http://www.nikkei.com/article/DGXDZO59415920X00C13A9EA1000/ と言う書き出しで藤原紀香さんがご自身のブログで書いている。 秘密保全法案についてのパブリックコメントを2週間のみの募集中で、締め切りがあさって17日に迫っている。 私は17日まで、、とぐずぐずしていたが、紀香さんに背中を押されて、この法案を危惧する一人の国民としてパブコメしました。 国民の知る権利や、報道・取材の自由が、今より狭まる危険性があると思うからです。 この法案についての報道も少ない中、知らないうちにとおってしまうことを恐れます。 以下からコメント送信できます。 |
集団的自衛権の有識者会議報告、大綱に反映へ 読売新聞 8月4日(日)21時10分配信 小野寺防衛相は4日のNHK番組で、集団的自衛権を巡る憲法解釈見直しを検討している政府の有識者会議の報告を、年末にまとめる新たな「防衛計画の大綱(防衛大綱)」に反映させる考えを示した。 小野寺氏は「防衛大綱の前提として政府の様々な方針ができて、それで初めて大綱を作れる。そのスケジュール感は(政府内で)共有している」と述べた。 政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」は、9月にも議論を再開し、憲法解釈見直しに向けた議論を加速する構えだ。 小野寺氏は同番組で、集団的自衛権行使の必要性に関し、現状では日本防衛のため派遣された米艦船が公海上で攻撃を受けても自衛隊が防護できないと指摘した上で、「こういうことがあったら日米同盟は決定的におかしくなる。議論はしていただきたいという思いはある」と強調した。 上の記事にあるNHK日曜討論を見たが、防衛大臣は「この国を守るためだから」を繰り返していた。だが守る目的の「国」とは、具体的になんだろう? 広義の意味では国民の命、生活も含まれているのだろうが、ここで思い出すのが、今提案されている自民党の憲法改正草案の中で、個人の自由が公の秩序より下に位置づけされている点である。 国を守るため、国益のため、と聞けば、つい納得させられてしまいそうだが、これが個人の自由自尊に先んじて独り歩きしていく危惧はないだろうか? また、集団的自衛権は権利であって義務ではない、我が国の利益にならないのであれば行使する必要はない、というのもマユツバに感じてならない。 2003年のイラク開戦当時、日本に集団的自衛権があったら自衛隊は米軍とともに戦闘行為にも参加していただろうと思う方が自然ではないか? そして戦闘行為に参加していたら戦死者が出ていたことは間違いない。 そして後になってみれば、世界中の多くの国がイラク戦争はまちがっていたと認識している。 国を守る(具体的には何を守ろうとしている?)ための戦闘で、実戦に参加して命の危険にさらされるのは誰か? 具体的に想像してみよう。 日曜討論で防衛大臣は「米艦船が撃墜・撃沈されるのを日本は黙って見ているのか、、」などと言っていたが、日本が黙って見ていても、米艦船が無抵抗で攻撃されるままになっているはずのないことぐらい誰だってわかる。同じように日本を守るために米艦船が派遣されているのではないことぐらい誰だってわかる、はず。なのに「ぼうえいだいじん」ともあろう人がどうしてこんな表現を使うのか。 先制攻撃はない、などといくら言われたって、先制攻撃と、自己防衛だと主張することの違いなんて紙一重であることぐらい、歴史がいくらでも教えてくれている。 ハイリスクの下でのハイリターンなど私は絶対要らない!
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憲法を変えたいと思う国会議員勢力がますます拡大していく。 |






