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多摩川上流へ行くのは久しぶり。先日東京新聞で拝島の日本一長い踏切の記事を読んでいたので、日も短い時期だし、あまり遠くへは行かれないし、ちょうどいい距離かと晩秋の色を探しがてら出かけた。 多摩川サイクリングロードの日野橋手前ぐらいだったかな、マウンテンバイクの曲乗りの練習場、と言っても手作りぽいものだけど、練習場ができていて、数人がいろんな乗り方さばき方をしていた。思わず立ち止まって見てしまった。 立川公園を過ぎて残堀川沿いを進んだが、すぐに見失ってしまい、結局一般道を拝島まで進む事になった。 そして拝島には到着したのだけれど、すぐにわかると思った踏み切りがどこにあるんだかよくわからなくて、駅を中心にぐる〜り一回りした。(たしかに鉄道路線をたくさん挟んでいるせいか)一回りするのに自転車で回っても5分以上かかった。)それでも結局よくわからなくて、ないない、と思いながら、途中に1箇所だけ小さな踏切があったのを思い出して、そこへ戻ってみた。 その踏み切りは遮断機もなくて、人と自転車しか通れないような、どこのいなかにもある小さな踏切だった。まさかこれが日本一長い踏み切り??!! 入り口は小さくても、確かに長い事は長いけど、これが先日の新聞記事に出ていた踏み切りとは思えないのだが、、、。確信のないまま踏切を渡って、いちおう真ん中あたりから写真を撮った。 ちょうど信号が鳴り出して、電車が2本、同じ方向からやってきた。 新聞記事には周辺の見所も紹介されていたので、多満自慢の石川酒造へ立ち寄ってみた。 欅の大木がまっすぐ天に向かって伸びていた。 木の幹に妙なこぶのついた木。ちょっと異様。 12月の昼は短い。3時を過ぎたので早々帰路に着いた。帰り道は玉川上水ぞいの落ち葉に彩られた道を進んで三鷹まで来て、そこから南下。 野崎から深大寺の横を通る道を久しぶりに通って、広い歩道がすっかり完備されているのに驚き、感激した。ここは長いあいだ工事中でいつもうんざりしていた道だったが、みちがえるほどこざっぱりしていた。そして調布→矢野口→よみうりランド→百合ヶ丘 京王線よみうりランド駅前を通る道は、その先、坂が急な上に道幅が狭くて、そこを上るのはさすがに気後れするので、もう一つ別のルートを取る事にしている。 6時過ぎに無事帰宅。サイクリング三昧の週末だった。
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サイクリング日記
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伝通院を後にして、飯田橋の駅周辺の人ごみを避けるためにしばらく高速道路下を走り、適当なところで左折して神楽坂、牛込方面へ出た。 ふと目に留まったのが、「Mバーガークラシック」の看板。店構えは横長でなくて奥行きのある縦長。 おなか空き目でふらふらと自転車を停めていたら、そこは「シアターイワト」の入口だった。 シアターイワトというワードは初耳。ちょっと入ってみたくなるような小劇場。 入口にチラシ類が置いてあったので、上演予定の演劇のチラシを手にとって、 さて、目的のバーガークラシックの店に入ると、そこはファストフードでありながらファストではなく、お客が椅子に座ると注文を取りに来る普通の食堂スタイルだった。 量は多めですよ、と店のお兄さんに言われたシェフサラダをもりもり食べながら劇場のチラシを読んだ。 服部良一の上海時代のお話のミュージカル劇とか、神戸児童連続殺傷事件をテーマにした劇とか、だった。 当日券あります、と出ていたけれど、今日は観るわけにも行かないのでまた出直して来てもいいなあと思った。 空腹を満たしたところでまた自転車に乗って、今度は代々木〜南新宿を目指した。 写真を撮りに行ったのだけど、結局この日も失敗に終わって、新宿の高層ビル群を裏手から眺める写真は撮れなかった。残念。 南新宿から甲州街道へ出て、桜上水で左折して多摩水道路を小田急線路とぶつかるまで直進して、あとは線路沿いに戻ってきた。
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11月23日(金)3連休の初日は天気も良かったので迷わず自転車で文京区民センターへ出かけた。 政治の変革を目指す市民連帯主催の政治討論集会が開かれるからだ。 まだ準備会のようだが、呼びかけ人の中にはブログでおなじみの名前もちらほらあって、 今後の連帯の発展を期待しながら外から見ることにした。(^^; 例によって新宿の人ごみを避けるために中野坂上の手前で青梅街道に出て直進すると、新しい道路の建設工事はだいぶ進んでいて、JRのガード下までこんな感じのきれいな道がほぼ出来上がっていた。まもなく道路の両側はビルで埋まってしまうのだろうが、今はまだ新宿のイメージとはほど遠くのんびりしている。 文京区民センターへは飯田橋経由、後楽園前を通って行った。写真は小石川後楽園の外壁が続く街路。 時間がないので庭園内には入らなかった。 で、今日の政治討論集会の講演者は前国立市長の上原ひろ子さんと、元逗子市長の富野揮一郎さん。 地方自治に市民が関わって市民自治を進めていくことの実例をそれぞれの体験から話してくれた。 市民自治が他所より1歩進んでいる、国立市と逗子市の住民を見ての共通点と相違点は何か? 相違点は逗子は極めて保守的な土地柄なのに対して、国立は革新的、進歩的、柔軟性がある。 共通点は、しかしながら両市とも富裕層の町である。住民にはそれほど格差がない。教育水準も高い。 あ、これは私の意見ですが、これに近い話は会場からも意見が出ていた。 ここまではあまり反論はないと思うのだが、さてそこから先が問題。 では、市民自治は生活にゆとりのある裕福な市民が住む町でないと上手に機能しないだろうか? それに対して上原さんも富野さんも、否定した。国立、逗子は特異な町ではないのだと。 肝心なのは危機感だという。住民がどれだけ危機感を持つか、それにかかっていると富野さんは言った。 うーん、そうかもしれないが、、、。 住民の顔ぶれも重要要素であるが、それにも増して、 市長(首長)の人柄、スター性も絶対重要な要素だと、お二人を見て思った。 カリスマ市長がいれば、貧困層の町だって活発な市民自治活動が可能ではないだろうか。 などといって、カリスマ市長の出現を神頼みして待っているだけでは、何にも始まらないのだヨ。 さて討論集会は4時半に終わって、同じ会場で懇親会があるというお誘いには乗らず、 再び自転車にまたがって夕刻の町に出た。来た時と少し違う道を取ったら、善光寺坂と表示板の出ている坂の前に来たので、急坂だけど短いから上って行った。坂の中ほどに信州善光寺と繋がっている善光寺が あった。そこを過ぎて坂を上りきったところにあったのが伝通院。 http://map.yahoo.co.jp/pl?sc=3&lat=35.42.33.375&lon=139.45.00.928&layer=1&fi=1 伝通院はいろいろな面で有名なお寺なんでしょうが、私の頭にまず浮かぶのが落語です。 十八檀林の言い立てです。お坊さんは寺での修行を巡るごとに出世し高僧となっていくらしいですが、その修行する寺の順序を一番から十八番までよどみなく一気に言うのもまた落語家の話術技術のハイライトでありまして、これにかけては立川談志の立て板に水のごとくの言い立てが特に印象深く残ってます。 あ、これは何と言う落語話に出てくるのかと申しますと、、とそこは記憶が曖昧だったので改めて調べてみたら、、、まあ、興味があったら直々に調べてみてくださいナ。 伝通院の前に出て、しばし落語のことを思い出し(私は古典落語、なかでも志ん生が好き)門前で写真を撮ったのですが、すでにあたりは真っ暗になっていてなぜか上手に撮れませんでした。 でもおもしろいのは門前に立て看板があって、 見れば「伝通院定例落語会、木戸銭○○、、」なんて書いてありました。 伝通院を後にして、さらに夜のサイクリングは続きます。
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朝から何度も空を見て、まだ降ってるまだ降ってる、と安心してうだうだしていたら、空が明るい兆しを見せ始めたので、12時に家を出た。といってこんな時間だし目的地は決まってない。 先日横浜からの帰り道で尻手黒川線を来た時、ずっと上り坂だった事を思い出し、それなら逆に行けばずっと下りじゃないか、ということで尻手黒川逆コースを行く事にした。 しかしそれには、百合ヶ丘の丘越えをしなければならない。これだけは仕方ない。 百合ヶ丘は坂の多いところで、しかもかなり急坂があちこちで待ち構えている。都内の坂のように情緒もなく、こんなところまで開発した人間をあざ笑うようにつめたいコンクリートの仕返しを受ける。 それでも坂上に出ればこのとおり眺望は見事だ。写真は百合ヶ丘エリアで恐らく一番の高台地区だと思う。 ここから一転急坂を下って尻手黒川線へ出た。 尻手黒川線は宮前平駅あたりまでは確かに下り坂が続くが、景色が良いわけでもないし、やはりあんまり楽しい道じゃない。なんだかイメージが暗いのはなぜだろう。 どこかで多摩川べりに出ようと思ってなおも進んでいくと、明津という交差点で 「江川せせらぎの道」という遊歩道に交差した。 せせらぎの道のルートが表示されているのを見ると、終点は武蔵新城駅になっていた。 少し戻る感じだが味気ない道を走ってきたので、潤いのある小道を行く事にした。 さて武蔵新城から武蔵小杉へ出て、多摩川大橋を渡って東京側へ行き、サイクリングロードをひたすら下った。 多摩川下りは川崎までしか行ったことがない。ブログともだちのたまリヴァさんが確か河口まで行けば海浜公園が広がっていると、写真入りの記事を紹介してくれていたが、出掛けにチェックしなかったので、右岸だか左岸だかわからない。 川崎以南は工場地帯だから東京側へ回ったのだけど、ずんずん行けども公園はなかった。 その代わり府中あたりの上流と違って、水際ぎりぎりまで行かれる。 すぐ目の前には、鴨が人間にお構いなくのんびり泳いでいる。 風を伝って海のにおいが運ばれてくると思ったら、もう河口なのか。 前方にモノレールが芋虫のように見える。 羽田はこういう位置にあったのか、、、。 すぐ目の前に色鮮やかな大鳥居が建っている。 何気なく近寄ると、鳥居は歴史の証人だった。 鳥居のそばに記念碑があって、それを見て思い出した。 忘れていませんか、羽田の昭和20年9月21日を、、、で始まる、 それは占領米軍による羽田地区の住民48時間以内の強制退去令のことだった。 それから60年。羽田の鳥居は日本戦後の発展を見続けてきた。 羽田空港は日本の繁栄に大きく貢献したけれど、その原点に、 こんな横暴な人権無視があったことを、私も覚えていようと思う。 戦争に負けたんだから、殺されるよりましだよ、、 そういう理屈はどこかで戦争を肯定している。 鳥居の正面上方には「平和」の文字が見える。 それを単なる飾り文字にしてはならない。 ここから先、サイクリングロードではなくて、車道が海に向かってさらに伸び、車が頻繁に往来していた。半地下のアンダーグラウンドになっていてその先が見えない。 日の短い時でもあるし、今日はここまでにしておこう。 再び来た道を一路百合ヶ丘へ、、、。 尻手黒川じゃなくて二ヵ領用水路沿いで帰ってきました。 **海浜公園はどうやら反対側のようでした。次の機会の楽しみにしよう。
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自転車乗りの人ならきっととっくに知っているのかもしれませんが、私はたまたま今日になってインターネット上でこのサイトを見つけました。 ALPSLAB ROUTE 地図上でポイントをクリックしていくだけのシンプルな操作でルートを作成することができます。 ルートの作成が完了したら、「ルートを投稿」ボタンをクリックして投稿してください。 上のような言葉があって、地図を移動すれば好きなルートが検索できて、投稿もできます。 私は投稿より何より、自分が走ったおおよその走行距離を計れるのが嬉しい、、なんていうと走行メーターも付いてないのか、、と笑われそうですね。 ママチャリには付いてないんですよ。最近乗ってない折りたたみ自転車には付いているんですが。 で、先日の百合ヶ丘→関内→尻手黒川線経由新百合ヶ丘を計ったら、80km余になって驚きました。結構あるなあ。 当分これで遊べそうです。
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