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産経新聞 (2009.7.20) より
【知の先端】理論化学者・諸熊奎治さん 巨大分子の振る舞いを予測
京都大福井謙一記念研究センターリサーチリーダー 諸熊奎治
「タマネギ」から新手法 計算精度、汎用性向上
物質が相互に作用して姿形を変えていく化学反応。生物の営みにも関係するこの不思議な現象を、量子力学で解明してきたのが京都大・福井謙一記念研究センターの諸熊奎治リサーチリーダーだ。タンパク質など巨大な分子の振る舞いを計算で予測する独自の手法を開発し、理論化学の新天地を切り開いた。
■効率的に計算
分子の構造や化学反応の仕組みを、極微の世界の基本原理である量子論で解明する学問を量子化学という。量子力学の方程式を使って、原子核の周囲にある電子の分布やエネルギー状態を計算し、原子の結びつきや反応の進み方を理論的に明らかにする研究だ。
数個の原子でできている単純な分子は、1980年代におおまかな計算法が開発された。だがタンパク質のように数万個もの原子を持つ巨大分子は、計算が途方もなく複雑になり、スーパーコンピューターを使っても答えが出ない。この壁をどう打破するかは、量子化学の長年の課題だった。
米国から帰国後、分子科学研究所で触媒を研究していた諸熊さんは92年、この難問に挑んだ。思案するうちに浮かんだのは「タマネギ」だった。
タマネギは何層もの皮に覆われている。巨大分子をタマネギに見立て、化学反応のカギを握る中心部分は高精度の量子力学で計算し、あまり重要でない周囲の皮の部分は、精度を落として速さ優先する別の計算式を使ってみよう−。
翌年、再び渡米した諸熊さんは、このアイデアをさらに進化させ、巨大分子の反応を効率良く計算する数式とプログラムを開発。タマネギの英語をもじって「オニオム法」と命名し、96年に発表した。
■本質をえぐる
化学反応の本質をえぐり取るこの計算法の登場で、巨大分子の量子化学は一気に視界を広げた。生体内のさまざまな反応をつかさどるタンパク質の酵素の研究は、その代表例だ。
従来は実験で酵素の機能が分かっても、反応の中身を具体的に知る手段はなかった。しかしオニオム法によるシミュレーションで、酵素の動きや反応の進み方が手に取るように分かるようになり、実態に迫る研究が可能になった。
「実験は結果しか分からないが、計算ならそこで起きていることの中身が『見える』。さらに反応の予測も可能になる」
分子を中心部と周囲の2層に分けて計算する方法は70年代からあったが、使い方が限られていた。諸熊さんはそこに「新しい命と哲学」を注ぎ込み、計算をより多層化できるタマネギの着想で精度と汎用性を高めた。オニオム法は複雑な巨大分子の標準的な計算法として、医薬品や機能性材料などの研究現場で広く使われている。
■先駆的な方法論
81年にノーベル化学賞を受けた京都大の故福井謙一博士に師事し、理論化学の道へ。日米を行き来しながら、先駆的な方法論を次々に打ち立てた。
67年、水の分子同士が水素結合でつながる様子を理論的に解明し、定説を覆す構造を発表。分子が線形につながり、水のさまざまな性質の決め手になっているこの基本構造は、高校の教科書にも記載されている。
また、近年は小さな炭素分子から、球状のフラーレンや筒状のカーボンナノチューブなどの巨大分子が合成される過程を研究。その様子をシミュレーションで示し、ナノテクノロジーの分野でも注目を集める。
量子化学の第一人者として、半世紀近くにわたり世界の最先端を走り続けてきた。75歳の現在も、若手と一緒に論文を発表するバリバリの現役だ。
「見えないものを計算で見えるようにすることは大変な魅力。自分で納得できる証拠を出せるのが楽しい。好奇心はまだなえていませんよ」
■実験で見える変化「不思議だな」
鹿児島と大阪で幼少時代を過ごした。好奇心が旺盛で、絵を描くことと自然が大好きだった。たくさん集めた貝殻は、今も木箱に入れて大切に持っている。父親は旧制中学の数学教師。理科や数学が好きで、嫌いだったのは国語と体育。小学生のころは体が弱く、いじめられたという。
化学に興味を抱いたのは高校時代。「実験でものが変わるのを見て、ものすごく不思議だなと感じた」。エンジニアを目指して京大工学部へ進んだが、写真やハンドボールなどの部活動で忙しく、勉強は二の次で単位を落とすことも。特に熱中した演劇ではクラスの監督役を務めたほか、映画監督の大島渚さんの後輩として演劇部でも活躍した。
大学院では当初、化学実験をしていたが「不器用でガラス管をよく割ってけがをした」。途中で理論に転向し、福井謙一博士の研究室に入ると「理論をやったら仕事(就職先)はないと思え」と一喝され、戸惑いながらも研究者の道を歩み始めた。
「数学がとても強く、数式を解かなくても直観で答えが見える人。『そんなことも分からないのか』とよくしかられた。怖い人でした」。その福井氏に見込まれて渡米、持ち前のバイタリティーとパイオニア精神で新時代を築いた。
【プロフィル】諸熊奎治 もろくま・けいじ
昭和9年7月、鹿児島市生まれ。38年、京都大大学院工学研究科博士課程修了。同工学部助手を経て39年、米コロンビア大客員助教授。41年、米ハーバード大研究員。42年、米ロチェスター大助教授。46年、同教授。51年、岡崎国立研究機構分子科学研究所教授。平成5年、米エモリー大教授。18年、同名誉教授、京都大・福井謙一記念研究センターリサーチリーダー。4年、日本化学会賞。20年、日本学士院賞・恩賜賞。
■海外旅行 景色だけでなく、人々の暮らしに触れる旅が好き。さまざまな場所で生きる人間の適応力に感心する。学会出張の際の休日に一番列車で遠出するのが得意
■スポーツ 40歳で始めたテニス。週に1、2回、4時間ほど汗を流す。運動は好きだが、走るのは辛抱ばかりで楽しくない。テニスは勝ち負けがあるから面白い
■読書・音楽 宮本輝、学生時代は太宰治など。モーツァルトが好きで音楽会に行くことも。映画はまったく興味がない
■自分の性格 いつでも何に対しても好奇心がわいてくる。短所はすぐに腹を立てること
■若手研究者にひとこと 狭い殻に閉じこもらず、いろいろなことを経験してほしい。理論研究は実験との対話が大切。一緒にやると真実が見えてくる
■家族 京都市内で妻と2人暮らし。子供は3男1女
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