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精神・心理・病理

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 一口に「引きこもり」といっても、様々なタイプがいることは、これまでも述べてきた。その中でも、年々深刻化しているといわれているのが、自宅や自分の部屋などから、まったく出られないタイプだ。
 彼らの中には、何年か経てば、自分から「引きこもり」を抜け出す人もいるし、「不安障害」系の軽い精神疾患を患っているだけの人もいる。しかし、長年にわたって引きこもり続けるなどの重度の精神疾患が疑われるようなケースになると、家族から「どこに相談したらいいのか」「どうやって診療につなげたらいいのか」というような話をよく聞く。
 一般的に、本人が自ら医療機関に出向かなければ、状態を診療してもらうことはできない。行政機関や民間の支援団体に家族が相談しても、「対応できない」「年齢が対象外」といった理由からタライ回し状態にされることもある。こうして、本人も家族も長年、社会から置き去りにされたまま、高齢化だけが進んできた。
 そんな「引きこもり」の重い症状の人たちを対象に家庭訪問を行い、その結果、彼らの大半が地域で就労など社会的に自立した生活を送れるようになるほどの高い効果を上げているのが、静岡県浜松市にある「ぴあクリニック」(精神科)の新居昭紀院長を中心とするPSW(精神保健福祉士)と近接する「訪問看護ステーション不動平」(精神科専門)サポートチームだ。
退院しても社会は放ったらかしに…
置き去りにされた人を救う「訪問診療」
 「我々が扱うのは、医療が途切れて引きこもってしまった人や、気がついたら呼吸困難な重度の精神障害になっていた人たち。我々が往診専門という形で関わりを始めなければ、彼らは社会から置き去りにされてしまう。そんな埋もれた人たちがたくさんいると実感したのです」
 こう振り返る新居医師は元々、近くにある総合病院の院長だった。そもそも、病院を退職後は、悠々自適の生活を送ろうと思っていたのに、自分がかつて受け持っていて治療が少しもうまくいかず、医療が中断し、地域に埋没していた患者に何らかの訪問支援をしようと、看護師の妻と2人でボランティアを始めたことがきっかけだったという。
 「入院した精神障害者は、一旦、退院すると、本人がどんな状態になろうとも、家族に委ねられてしまう。病院からいわせれば、地域や福祉体制が面倒を見ればいいという発想だからです。しかし、彼らは自宅に帰されると、自閉、無為になり、布団を被って寝ているのが実態。重い人たちほど、退院後のサポートが大事なのに、何もされていないケースが多いのです」
 こうした彼らの存在を見過ごせなくなった新居医師らは、2004年4月に、「カンガルークラブ」という訪問型支援のボランティアグループを設立。当初は「面白くて、ハマっていた」活動が、次第に共感を呼び、対象者が40人近くまで増えてしまったという。

 システムとしてはまず、家族が相談に来るところからスタート。往診の対象になるような人は、ただ部屋から出てこないという状況だけでは判断してはならない。周囲の情報や過去の生活歴を見て、重い精神障害者であることが間違いないだろうという人たちだけを調査し、往診を始める。
 とはいっても、基本的に新居医師らは、本人が最初はまったく歓迎しない訪問診療に向かう。
 「具合が悪ければ、病院や施設へ入れればいいというのでは、彼らの自由に生きていく権利を奪うことになる。それは、奇人・変人は、隔離・収容すべきだという差別や偏見に基づく体制側の発想です。しかし、対人不信の強い人たちですから、行っても拒絶されるのが当たり前。会ってくれないし、まったく話してくれません。やっと会ってくれても、部屋はゴミ屋敷。“着替えましょう”と不用意に触ると、叩かれたり、蹴飛ばされたりします。何十回無視されても、拒否されても、コンタクトを求めて訪問し、語りかけ続けていると、ふとしたきっかけで、こちらを向き始めるんです。共有できる世界ができる、もしくはコンタクトできる一筋の道が開けることは、すごい感激です」
 やがて若いスタッフを雇い、訪問指示を出して、4人のPSWなどを派遣。連日サポートできる体制をつくるために、クリニックを立ち上げた。退職後のボランティアで始めた「面白いこと」が、いつしか事業として成り立たせようという話にまでなってしまったのだ。
 「大事なのは、相手とどういうつながりを作れるかということです。医師目線で行くと、つい薬飲ませたり、入院させたりしたくなる。しかし、我々は治療者ではない。対等な人間同士のぶつかり合いです。むしろ、地域では、相手を上に置いて尊敬しなければいけない。向こうの土俵に入っていくのですから、相手のやりたいこと、できることをどう見つけるかがポイントです。病的な部分を見ても、何もうまくいかない。その人のいちばん楽しいこと、興味をもつことでしか通じないのです」
 そんな新居医師らの「治療」にはレールがない。クリエイティブに、何を仕掛けようかと、いつも考えているという。治療というより、ユニークな生活支援といったほうがよい。
家族がサポートの障壁になるケースも
「自立」には1人暮らしが必須?
 まったく自室から出られないようなタイプの「引きこもり」の人たちにアウトリーチ(自宅訪問)が有効なことは、当連載でも紹介してきた。では、新居医師らのアプローチに対し、本人たちの反応はどうなのか?
 「布団をかぶったままだったり、浴室のガラス越しに籠城してしまったりする人もいます。“帰れ!”といわれたら、帰らなければいけない。半年、1年と、そういわれ続けても、“わかりました”“また来させてください”というのです」

 彼らの中には「なんで、あんなヤツらをよこすんだ!」と家族にあたったりするケースも少なくない。そのうち、家族のほうが耐えられなくなって、逆に「もう来なくていいです!」と断ってくるケースまであるという。
 「家族がサポートしてくれないと、我々は中断せざるを得ません。家族が暴力を振るわれ、“こんなに本人が嫌がっているんだから、もう止めてください!”“この子の性格だから、もう治りません。結構です!”などといわれると、私たちも止めないといけない」
 このように、当事者やその家族が社会から放置され、地域から孤立していく背景には、家族が障壁になっているケースもある。
 これから歳をとり、自分が亡くなってしまったら、彼らを施設に預けるしかないと考えている親もいる。しかし、親が亡くなったとしても、そのような状態にある本人を受け入れてくれる施設などない。
 「結局、親が死んでも、当事者が自分の住み慣れた環境で、自分の身の回りの生活ができるようにしていかないといけないことを親にわかってもらうのです」
 実際、同クリニックでは、親が亡くなって単身になった人たちを10人くらい、それぞれの地域でサポートしているという。
 例えば、ゴミ屋敷のような部屋の中で時空を絶するような生活をしていた人が、いまや大手スーパーに勤めていたり、短時間就労と(障害者)年金で、結構自由な生活を満喫していたりしている。
 「どんなに重い症状を持っている人でも、健全な能力を引き出せれば、食事づくり、買い物、金銭管理、最低限の近所づきあいなどの生活の訓練ができていない人が多い。だから、それを覚えてもらう期間が必要です」
 そんな長年住み慣れた地域で、自立を目指している単身者があちこちに増加。訪問看護や訪問ヘルパーが連日、彼らの1人暮らしをサポートしている。
 しかし、それらをカバーしていくには、ボランティア精神を持ったかなりの人手がいる。でも、ハッキリしていることは、どんな当事者も1人暮らしをすると、皆、良くなるという。
 「ヘルパーやが連日、訪問看護師が訪問して、だんだん状態が良くなると、彼らは外来受診もできるようになります。自由こそ治療という言葉があるけど、彼らは自由に自分自身が選択していく中で、確実に生き生きと生きていけるようになるのです」
 人は皆、人間関係の中で生きている。精神疾患があってもなくても、孤立無援になれば、誰でも不安や恐怖に陥れられる。人は、独りでは生きられない。

死さえ考えた「引きこもり」が会社員に!
社会的な“居場所”によって変わる人生
 「秋葉原の無差別殺傷事件を引き起こした被告の気持ちがわかる」
 そう明かす、10年余り引きこもった当事者はかつて、毎日のように「バイオハザード」のゲームの中で、人を殺していた。「実は、自分も死にたかった」と、ずっと思っていたという。
 彼は当時、何度も死に方を考えた。しかし、結局、死に切れなかった。
 同クリニックのスタッフが、そんな彼を“孤独地獄”の中から救い出した。クリニックに併設していた「虹の家」という当事者のフリースペースに、ある末期がんのそううつ病の当時者が通ってきていて、その後、知り合いになった。
 彼は、「虹の家」のミーティングで、その末期がん当事者が一生懸命生きようとしている姿を見て、
 「自分は死にたくてしょうがなかったのに。死って、そういうものではないんだ」
 と肌で感じたという。
 彼は、そんな人との関わりの中で、20年ぶりに桜の花を見て、思った。
 「桜って、こんなにきれいなんだ」
 以来、彼は希死念慮から抜け出し、仕事を見つけ、現在は会社員として働き続けている。
 新居氏は、こういう。
 「本人を支えるグループがあれば、どんな人でも、社会生活していけるようになります。少々おかしくたって構わない。それでいいんだと、認めてあげれば、いいのです。お互いフレンドリーなまま、その人の奇妙さとこちら側の奇妙さと、お互いどっこいどっこいではないですか」
 同クリニックの訪問診療は、浜松市周辺で行われている。しかし、このような取り組みが全国に普及すれば、地域の中に潜在化していく多くの人たちを救いだす効果があるのかもしれない。

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