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国会の東京電力福島第1原発事故調査委員会(国会事故調、委員長・黒川清元日本学術会議会長)は17日、事故当時に経済産業相だった海江田万里衆院議員から参考人聴取を行った。海江田氏は被害拡大について「人為ミスもゼロではないだろう」と明言。当時の官邸と東電の情報共有態勢を「伝言ゲーム」に例え、その混乱ぶりを証言した。
国会事故調が国会議員を公開の場で聴取するのは初めて。海江田氏は自らの対応について「全力を尽くしたが反省点もあった」と問題があったことを認めた。
昨年3月15日未明に東電が第1原発から「全面撤退」の意向を示したかどうかについては、東電の清水正孝社長(当時)が電話で「第1から第2に退避する」と連絡してきたことを証言。「『全員』という言葉はなかったが、社長がわざわざ私に電話してくるのは重い決断が後ろにあったのだろう」と述べ、この発言を受け、東電が全面撤退を考えていると判断したことを明らかにした。東電はこれまで「全面撤退の意向を伝えたことはない」としており、両者の対立が改めて浮き彫りになった。
1号機のベント開始が遅くなったことについては「東電が事故を小さく見せようと、ためらっているのかと思った」と説明。海水注入の遅れも「東電が廃炉をためらっているのでは、という意識があった」と述べ、東電に強い不信感を抱いていたことを明かした。
一方、国会事故調は17日、文部科学省、電気事業連合会(電事連)、原子力安全委員会、東電の4機関に対し、事故調設置法に基づき、これまで各機関が拒否していた関係資料の強制的な提出を求める方針を決めた。27日には当時官房長官だった枝野幸男経済産業相から聴取する。
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菅氏の独善と迷走で今なお混乱 国会の東京電力福島原発事故調査委員会による政治家への参考人聴取がいよいよ始まった。トップを切った海江田万里元経済産業相は直接的な批判は避けながらも、菅直人首相(当時)の言動により政府の事故対応や危機管理体制が混乱したことを明かした。菅氏はなお自らの非を認めようとしないが、その「独善」と「迷走」が今日のエネルギー政策をねじ曲げたことは次第に浮き彫りになりつつある。
「大変大きな権限を持つので抑制的に使わなければいけない…」
海江田氏は、菅氏が福島第1原発の吉田昌郎所長(当時)ら現場に直接連絡した行為を行き過ぎだったと認めた。今月14日の事故調に呼ばれた東電の勝俣恒久会長も菅氏の現場介入を「(現場が事故対応の)指揮を執るべきなのに(首相の)質問で時間がとられるのは、芳しいものではない」と批判している。
海江田氏は、事故発生後は官邸の中2階にいて、首相執務室がある5階にいた菅氏と分かれて指揮を執り、意思疎通が図れなくなったことも認めた。官邸では非常事態に対応する際、地下にある危機管理センターを指令系統の中枢とするが、東日本大震災の対応でセンターの収容能力を超えたこともあり、別の場所で事故対応したことが混乱に拍車をかけたようだ。
また、政府は地震発生当日の午後7時3分に原子力災害対策特別措置法に基づく「原子力緊急事態宣言」を発令した。ところが第1原発1〜4号機の非常用電源が津波で喪失したのは同午後3時42分。宣言発令が3時間半近く遅れたことについても海江田氏は「首相の理解を得るのに時間がかかった」と述べた。
「原子力にメチャクチャ詳しい」と自負する菅氏だが、閣僚の報告や判断を信用せず、常に疑ってかかったことが対応の遅れや被害拡大を招いたと言っても過言ではない。司令塔として全体を俯瞰(ふかん)する人が官邸に誰もいなかったことも浮き彫りになった。 |

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