敗戦により、家父長制度は解体されたが、懲戒権は残った。利谷さんは「戦後、人権尊重に立つ憲法の下で懲戒権を認め続けたことは正しかったのか。もっと議論する必要があった」と振り返る。
2児の母である東京都の派遣社員の女性(38)は「私も子供によかれと思ってしかるが、感情的になっては耳をふさがれるだけで響かない。根気よく同じことを身につくまで千回でも言い続けられるのは親だけです」とし、こう続けた。
「しつけって、手芸の『しつけ糸』のようなものだと思う。きれいに縫えるラインを大まかに親がガイドする。縫うのは子供自身。多少曲がったり、よれたりするけれど、何となくできる。社会にはルールがあるからあまり外れすぎて他人の不快になるようなことはだめ。そういうことがしつけではないかと思う」
いやがる娘を引きずり出して鍵をかけた。泣き声が家の中まで響いていた。東京都の会社員、福岡由美子さん(45)=仮名=は長女(21)が小学生だったころ、しつけのつもりで玄関の外へ出していた。
通院した精神科の病院で虐待の勉強会が開かれた。「自分の行為が虐待に引っかかると知ってびっくりした。でも、あとで大学のセミナーでしつけと虐待の境目を尋ねたら教授も言葉に詰まってしまった。専門家でも難しいのでしょうか」
「子どもの虹情報研修センター」研究部長の川崎二三彦さん(59)は「しつけは子育てに必要とされるものであり、虐待は明確に禁じられている行為だ。両者は本来、交わるはずがないのに、線引きが難しいといわれるのはなぜか」と自問し、こう述べた。
愛知県豊橋市が平成19年、市内の成人1892人に調査したところ、「しつけのため子供を強くたたく」行為は51%が、「家に子供だけ置いて外出する」行為は62%が、虐待には当たらないと考えていた。
岡山大学の李○(=王へんに景)媛准教授(49)=家族社会学=らは児童虐待防止法が施行された12年、宮崎市の父母802人に22の行為についてしつけと虐待の線引きを尋ねた。「しつけとして行ってよい」との回答が父母ともに6割を超えたのは「お尻をたたく」「大声でしかる」「手をたたく」の3つだった。一方、「どちらともいえない」が3割以上と判断が分かれた行為は「頭をたたく」「顔をたたく」「ベランダなど家の外に出す」「押し入れなど一室に閉じ込める」などだった。
わが国の児童虐待対応の先駆者の一人、故坂井聖二医師によれば、児童虐待の本質は次の2点だという。
「加害者の動機・行為の質によらず、子供が安全でないという状況判断」
「あるコミュニティーの中で最低限、親に要求される育児の範囲を逸脱したもの」
川崎さんは「2つの調査が示すのは、日本社会というコミュニティーがしつけの手段として体罰を容認していることだ。むろん体罰
イコール虐待ではないが、社会の中に体罰を肯定する考え方がある限り、しつけや愛のムチと主張される暴力を毅然として否定することは難しくなる」と話す。
■「温かみあれば…」
夫と離婚し母子家庭で小学生の娘2人を育てる東京都の公務員、山川陽子さん(36)=仮名=は「しつけで子供に手を上げたことのない親は、それこそネグレクト、育児放棄だと思う」と話し、こう続けた。
「けれど、同じ手を上げるにしても、子供に説明して納得させる親は虐待にはならないと思う。それがないと威圧と恐怖だけが積み重なり虐待になっていく。子供から見て、しかられている中にも温かみがあれば虐待にはならないのではないか。うちの子は『お母さんは怒ったら怖いけど、でも優しい』と言ってくれる」
虐待防止活動を続ける民間団体代表、森田ゆりさんは「体罰は、大人の感情のはけ口であることが多く、恐怖感を与えることで子供の言動をコントロールする。即効性があるため、ほかのしつけの方法が分からなくなり、しばしばエスカレートして虐待になる。ときに取り返しのつかない事故を引き起こす」と話す。
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便利な言葉で正当化 「しつけのため」口そろえる虐待親たち
【なぜ親は一線を越えるのか】(1)
「正直、私は虐待だと思っていません。彼は子供が憎くてやったわけではない。それなのに、私は彼を犯罪者にしてしまった」
川崎市高津区の無職女性(38)はあの日以来、どこにもぶつけられない気持ちを抱えて生きていた。
8月16日夜。アパート1階の女性宅で、女性と市立小1年の双子の長男(6)、次男(6)、42歳の土木作業員の男性が4人で食卓を囲んでいた。男性は1年ほど前に携帯電話の「出会い系サイト」で知り合い、静岡県三島市から月に1度、女性宅を訪ねていた。
食事中、子供たちがふざけて、言うことを聞かないことがあった。男性はプラスチック製の結束バンドで2人の両手と体、両足首をそれぞれ縛り、体操座りをさせた。バンドは体に食い込んだ。
近所の住民が「あまりにひどい泣き方をしている。児童虐待ではないか」と110番通報した。暴行の現行犯で逮捕された男性は調べに対しこう供述した。
「母親の言いつけを守らないため、しつけのつもりでやった」
女性も調べに「男の人にしつけをしてほしかった」と話した。子供2人にけがはなく、あざもなかった。男性は今月3日、恒常的な暴行はなかったとして不起訴(起訴猶予)となった。
女性は未婚の母だった。父親となる男は妊娠を知ると逃げていったという。
「1人で育てるのは無理だと思い、不安はいっぱいあったが、母親として子供たちと一緒に頑張っていこうと決めた」
当初こそ順調だったが、やがて成長し今春、小学校へ上がると目立ってやんちゃになった。女性は「いろいろなやり方を試した。叩いたりもした。でも叩きたくて叩いたのではなく、痛みが薄いと思ってお尻を選んだ。かわいいわが子を好きで叩く母親なんていない」とし、こう訴えた。
「児童相談所へ相談しても、『大変なのは分かるけれど』と事務的な返事しかなかった。逮捕された彼は、母子家庭のことを思って、子供たちをしつけてくれただけなんです」
東京都江戸川区で今年1月、小学1年の岡本海渡君が虐待後に死亡した事件でも、継父は「しつけだった」と話した。
しつけ。本当にそういえるのだろうか。虐待する親たちは、なぜ「しつけのため」と口をそろえるのか…。
■お前じゃしつけられない
《被害児が手づかみで食事をしたとき、
ユニットバスに連れて行き『何で分からんのよ』と怒鳴り、浴槽壁面に体を打ちつけるなどの暴行を加えた》《自分で靴を履かなかったことから怒り、
ユニットバスに閉じ込めたまま外出した》…。
東京都葛飾区のマンションで1歳10カ月の長女を虐待により死亡させたとして傷害致死罪に問われ、懲役6年の判決を受けた無職の母親(23)の裁判員裁判。7月下旬、東京地裁の裁判長は一緒に起訴された交際相手の無職の男(33)による虐待行為を詳述した判決文を読み上げた。
母親は前夫と離婚し、出会い系サイトで知り合った男と同居を始めた。翌日から、主に男による長女への身体的虐待が始まった。
ユニットバスから長女の「ギャー」という叫び声が響いた。布団たたきの持ち手で叩かれたおなかには、持ち手の形をしたあざがはっきり残った。
これほどまでの暴行も、しつけの名の下に行われた。男は、母親が長女に口で注意するだけなのを見てこう言ったという。
「甘いんだよ。お前じゃしつけられない。おれは怒り役をやるから、お前はなぐさめ役をやってくれ」
■便利な言葉で正当化
なぜ「しつけ」と言うのか。
米国と日本で30年近く虐待防止に取り組む民間団体代表、森田ゆりさんは「ほかの説明の仕方が分からないからだろう。子供へ暴力を振るうとき親は思考停止状態になっている。あえて説明を求められた際、親自身がなぜやったのか分かっていないため、しつけという日本社会に以前からある便利な言葉を使う」。
数百人の母親のカウンセリングをしてきた東海学院大学の長谷川博一教授(51)=臨床心理学=は「虐待する親は、本気でしつけのつもりでやっている」とし、こう続けた。
「こうした親は、問題があるのは子供のほうで、どんなに重大な結果を招いても『この子が悪いからだ』と考える。このように自分の行為を正当だと認識する心の働きは『合理化』と呼ばれ、せりふでいえば『しつけのため』であり、『あなたのために』となる。また『叩かれるあなたより、叩くママのほうがつらいのよ』と必ず言う」
児童虐待の問題に詳しい磯谷文明弁護士(42)は「いずれにせよ、自分の行動を正当化する言葉のうち一番使いやすいのがしつけという言葉だ」としながら、「一方で、子育てする親たちの気持ちと、しつけというものが全くかけ離れたものでもない」と話す。