あらなみの相場技術研究所

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茨の道

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茨の道 その24

⑦隠れ当て屋
 
儲け方を教えてよ
 
これが、なにより私が常に受けている質問です。
 
どう答えたらいいのか、いつも戸惑いを覚えます。
 
この直球の質問の答えを考えたとき、相場って何だろう、と改めて考える機会になっています。
 
 
儲け方を教えて欲しい、という言葉の裏に、常に見え隠れするのが次の考え方なんです。
 
相場の当て方を知れば儲けられるようになる
 
知識として、当て方を理解さえすれば、もしくは教えてもらえれば、当て方さえ学べば、どこかで教えてもらいさえすれば、相場で利益を得られるはずである、という理解の裏返しだと思うのです。
 
 
自分は、当て屋なんかじゃない、と思っている人も多いかと思います。
当て屋なんかという低レベルの投資家は自分はもうとっくに卒業しているのだ、と思っている人たちです。
 
しかしながら、その人が考えていることを問い詰めていくと、結局、知りたいことは、当てる方法、当て方、に突き当たっていくことが多いんです。
 
当人は、あからさまに、
 
「当てる方法」
 
なんて言いませんが、
 
相場の詳しい知識を学び、勉強する、ノウハウを覚える、理解する、これによって、相場で儲けられるようになる
 
儲けられるような知識を得ること、蓄えること、によって相場で儲けられるようになる
 
うまい人から、儲け方を聞いて、そのやり方を知れば儲けれられるようになる
 
その際、具体的なコツやノウハウがあれば、それを聞けばよい
 
というちょっと高尚なトレードノウハウを得さえすれば、という気持ちがものすごく強い。
 
この人たちにとっては、多分相場って、ハウツーもの、なんだろうな、と感じます。
 
ハウツー: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
ハウツー(How-to)とは、何らかの作業をする方法や手順に関する非形式的な記述のこと。何らかのテーマに関するハウツーを集めた書籍をハウツー本と呼ぶ。
 
ハウツーは一般に初心者を助けることを意図しており、専門家が必要とするような詳細な情報は含まない。また、対象とする事物に関する様々な議論も排除して結論だけを記述することが多い。ハウツーはノウハウ(手続き的知識)の一部を構成する。
 
類似の文書形式として、FAQ、マニュアル、ガイドなどがある。
 
そして、
 
「具体的なトレード方法」
 
「トレード戦略」
 
「確率の高いやり方」
 
「ダマシの防ぎ方」
 
とか、そういうことを隠れ蓑にして、要するに
 
当てる方法が知りたいんじゃ、ボケ、どこが悪いんじゃ!!
 
というオオカミの尻尾がその発言の裏からブラブラの揺れている、ことが実に多いんです。
 
熱心に相場を研究をされておられて、一生懸命努力されておられるのですが、その方向が、戦略とか、具体的な方法、とか、言葉を変えて高尚に見えたりするのですが、要するにどういうことかと突き詰めて、一皮むけば、全ては、
 
相場の当て方
 
にその研究と勉強が費やされている、努力の方向が全て当て方の追求にある、ということがものすごく多いです。
 
こういう人にとっては、1000本ノックとて、所詮は、当て方を見つけるための手段にしか感じられない様子です。
 
なんだかんだと理屈をつけたところで、全ては、相場の当て方にたどり着くのですから、「全ての道は当て方に通ず」、という思考パターンを頑固に守っているところに特徴があります。
 
ご本人には、トントその自覚すらない、自分は当て屋ではなく、もっと高尚なことを勉強しているのだ、ということで、自覚症状がまるでありませんので、非常に恐ろしいことです。
 
これをもって、私は、隠れキリシタンならぬ、
 
隠れ当て屋
 
と彼らを表現します。
 
隠れ当て屋の最も恐ろしいところは、ご自分が当て屋である、という自覚がまるでない、ということです。
 
恐らくは、このシリーズで「当て屋」について書いたものを読んでも、まさか自分のことが書かれているとは、1%とて思っておらず、他人事だとスルーしたことだと思います。
自分はもっと高尚なことをやっているつもりになっている、ところに病根の深さも存在します。
 
さらには、それを指摘しても、本人は絶対に自分がそうだ、ということを認めようとはしません。頑として自分は違う、そんなことはわかっている、と言いはるのです。
相場を教えて欲しい、という人と接して、最初の巨大な壁がここにある、といつも感じています。
これは、表当て屋よりも病根は深いのかもしれません。
 
しかし言葉をいくら高尚にしようと、やっていることは、結局は、当て屋なんです。
 
表向きは、健全なスポーツクラブと称して、実は危険なカルト組織だった、という事例と同様なんですが、問題はこれを無自覚でやっている、ということなんだと思います。
 
隠れ蓑をまとっていたとしても、徹底した当て屋根性というのは、只者ではなく、凄いです。
この根の深さは、一生ものだろう、というぐらいに強い、と感じます。
 
実は、私はこの当て屋根性が目の前にいる初心者の方の大きなネックになっている、ということが話せばすぐにわかるのですが、さりとて、自覚を促すことさえままならないのです。
 
それほど頑固な憑き物です。しかも無自覚なんです。
 
せめて、自分が当て屋だと理解できれば一歩前進なんですが・・・だから相場って難しいんでしょうね。
 
三つ子の魂百まで
 

茨の道 その23

⑥罫線屋
 
罫線分析さえすれば相場が予測できると考えている一派である。
 
当て屋族手法屋科に所属しているが、このメジャー会派の中でも大派閥を有する一派である。
 
手法屋科に属しているが、より過激に「チャート分析」にのみ、答えを見出そうとしている一派である。
 
 
彼らを分類するのはどうすればいいのか、というと、買っている本が、ほとんどチャート分析やチャートパターン、手法に関するものに偏っている。
また、この罫線屋が、情報商材を数多く買っている主力顧客である、ということも言える。
 
何故なら、彼らは、「どこかに勝てるパターンがあるはずだ」と強く信じているからである。
 
 
 
「罫線屋 足を引き引き 足を出し」
 
という川柳が確か林本(林輝太郎氏の著作)に載っていたと思うが、この意味は、
 
罫線の足を書きながら、損をする(足を出す)
 
という意味である。
 
林本には次のようなことを書かれていた。
 
「兜町の橋のたもとには、罫線の秘法を売っている人が結構いた。しかし、彼らのうらぶれた格好を見ると御世辞にも相場で儲かっているようには見えなかった。」
 
 
他の会派においても、概ねチャートは使うのだが、どこが他の会派と違うのか、というと、この会派の特徴は、
 
チャートで先を予想できれば相場で勝てるのだ
 
当たるチャートのパターンさえ発見できれば相場で勝てるのだ
 
という理解をしている、ということである。
 
他の会派は、
 
チャートとは、相場を分析する道具の一つである
 
という理解であり、ここが全く違っている。
 
しかし、チャートにのみ答えを求めようとしている罫線屋にとっては、他の事は大した意味が無いと感じている。
 
とにかく、当てりゃいいんだろ、当てりゃあ、当てさえすりゃ、相場は勝てるに決まってるだろ!!
 
ということである。
 
しかも、それをチャートだけでやろうとしている。
 
 
 
彼らは、相場で勝っているという人を見つけると、勝っている人の考え方には興味が全く無く、ただその人が「どのようなチャートパターンを使っているのか」にしか目が行かない。
 
そして、セミナーなどで聞いてきたパターンだけを真似しようとするのである。
パターンさえ知れば儲かる、と理解しているので、当然の行動である。
結果は、「全く儲からない」「損ばかりする」となる。
 
 
 
特に初心者で顕著な事例は、
 
セミナーでスーパートレーダーの話を聞いて、教えられたパターンを使って、すぐにでも大儲けできると思って、パターンを真似してすぐに売買を始める。
 
そして、ぼろ負けする。
 
結果、あのトレーダーの言ってたことは、ウソだった、となる。
 
彼は、次のカリスマを求めてまたセミナーを受ける。商材を買う。
 
これなら大丈夫だ、と思って、また「パターンのみ」に頼って売買を始めるが、再び「ぼろ負け」する。
 
これも駄目だった、あれも駄目だった、という惨敗続きの記録が残る。
 
彼らの理解では、パターンのみに意味があるのだから、当然に、「パターンがだめだったから負けたのだ」ということになる。
 
大多数は、この段階で「セミナー商材代金+相場の損失」によって退場となり、二度と相場で儲けよう、などという甘い夢を追いかけることなく、堅実な人生を歩む。
 
 
彼らには、まるで見えていないのである。
 
何故、スーパートレーダーが勝っているのか、という本質が。
 
パターンのみにこだわって、その大切な部分を全てスルーパスしているのだから、当然の帰結であろう。
 
セミナーでも、大切な部分ほど聞いていない、聞こえないのが、初心者の罫線屋の耳である。
 
 
そして、この退場までの道のりこそが、初心者の「黄金パターン」である(笑)
 
大多数の投資家の相場人生はこの段階で終わる。
 
ここで生き残れるのは、シャケの稚魚が、再び産卵のために故郷の川に戻れる確率程度なのであろう。
 
大自然の掟のごとく相場の掟もまた厳しい。
 
 
 
とにかく、チャートの見方、読み方のみに執着し、パターン発見に血道をあげている罫線屋はかなりの数になる。
 
 
古くは、一目均衡表や柴田罫線などから、巻物のような必勝法などまで、罫線秘法なるものは、山のようにある。

しかし、それで財産を築いた、という話はほとんど聞かない。
 
一目均衡表や柴田罫線の本は、私の手元にあるが、特に柴田本などは、もう執念というしか無いほどの研究内容である。
この本を読んだだけで、この人はどれほどの時間と労力をこの罫線の完成に費やしたのであろうか、という超大作である。
 
罫線屋の執念、いや、怨念とも言うべきこの作品は、その血の滲むような努力を感じるという意味では非常に価値があるものだと私は思う。
 
相場必勝の秘訣、永久不変の奥義
天底と転換罫線型網羅大辞典第一巻
棒足順張之巻
柴田秋豊 著
全500ページ
 
相場で当たるパターンを見つけるということに対する柴田氏の怨念とも言うべき作品である。
書いていることは、徹底した当て屋目線であり罫線屋目線の内容である。
(ただし、他の会派の目線で見ると、結構有益な内容であったりする。歴史に埋もれさせるにはもったいない。)
(要は道具としての使いようなのである。) 
 
このように、この会派所属の人たちには、ある種、相場を当ててやる、必勝のチャートパターンを見つけてやる、という怨念にも似た情熱を持って、相場を日夜分析している人たちも多い。
 
彼らは、いつしか、相場で儲けることよりも、相場を当てるパターンを見つけることを目的としてしまっている、ようである。
 
何故なら、
 
相場で儲けること = 相場を当てるパターンを見つけること
 
という
 
罫線屋方程式
 
が完全に彼らの頭の中では成立してしまっているからであろう。
 
 
さて、他の会派の人たちはこの会派の人をどのように見ているのであろうか。
 
「気の毒だよね。あの情熱をちょっと別の方向へ向ければ、儲ける、というところへズレていくのに・・・」
 
「遮眼帯を付けた馬のようなものなんだよね。彼らには、相場とは、チャートを使って当てること、ということにしか見えていないんだ。」
 
「当てさえすれば、とか、当たれば、とか言ってるけど、その当てることが本当に可能なのかどうか、彼らは疑問に思ったこともないんじゃないかと思う。気の毒なことだよね。」
 
「俺も昔は、罫線屋だったからわかるんだ。彼らにはチャートしか見えていない。でもな、チャートって過去の単なる足取りでしかない、ということなんだよな。」
 
「チャートは悪くないんだ。ただ、チャートだけ、という意識が問題なんだよな。」
 
「俺は、罫線屋方程式が成立しない、と理解したところからやっと入り口に立てたんだ。長かったな。」
 
 
他の会派の多くの人たちも、幼少時代の一時期をこの罫線屋で育った経験を持っている人たちは多い。
 
投資家の成長過程の一時期には必ずといっていいぐらいに、チャートに夢を託すものである。
 
しかし、その夢のほとんどは夢で終わる。
 
そして、そこから抜け出せたものは、極少数に留まる。
 
多くは、この段階で投資家人生を終了する。
 
全ては、考え方の相違である。

茨の道 その22

続きです。

⑤投機屋
 
手法や戦略をベースとするのではなく、トレードとは勝負事だと考え、勝負の腕、センスを磨くことを旨とする会派である。
 
別名、勝負屋、勝負師、投機家、とも言う。
当然、これも絶滅危惧種である。
 
相場師と言われる人たちの多くがここに所属する。
 
トレードとは、理屈で理解することではなく、所詮は勝負事、投機なのだ、という理解がこの会派の根本である。
 
そして、彼らは、相場を理解しようとするのではなく、勝負に挑む自分との戦いに全力を尽くす。
 
多くの会派が、相場を理解しようとするのに対して、この投機屋は、自分を理解することを第一とする。
 
投機の要諦を理解しようとしているのである。
 
多くの会派が、相場を理解しようとして、チャート、戦略、統計にこだわるのに対して、
 
投機屋がこだわるのは、
 
相場の分析ではなく、勝負の要諦にある
 
相手を理解することではなく、自分との戦いをベースに相場を理解しようとしている。
 

「乗せ」が得意な投機屋が多いのは、勝負のやり方がそこに含まれているからであろう。
 
「乗せ」という手法は、時間によるリスク分散の側面がある一方で、「利乗せ」と言われるように、利益を担保として、さらにリスクを拡大させる、という利用方法もある。
 
投機屋の多くが好むのは、この「利乗せ」をして、巨額のリスクを取ることにある。
商品相場の相場師の多くが、この利乗せによって、巨額の利益を手にしていることが知られている。
彼らは、この利乗せを「布陣」と読んで、合戦模様のように相場を張っているのである。
 
過去の商品相場の仕手戦においては、売り方相場師 対 買い方相場師の熾烈な戦いが限りなく繰り広げられていたのである。
 
両者の戦力の読み、布陣、局地戦、場外戦、現物爆弾、など、熾烈な戦いを制した相場師と、負けた相場師、との一騎打ちの多くが、今でも語り草となっている。
余談だが、書籍「赤いダイヤ」は、この小豆市場の仕手戦を描いたものとして有名である。
 
  
投機屋と分割屋の違いは、分割屋が分割こそが技術なのだ、これこそが相場の本質、答えなのだ、と主張するのに対して、投機屋は、分割を手段、道具のの一つと考えている、ことにある。
 
投機屋は、あくまでも、勝負の要諦、にこだわっているのである。
 
 
彼らは、「勝負」「投機」「職人さん」「相場の腕」「技術」「技」などの言葉に敏感に反応するので、分類は容易である。
 
彼らの使っている道具は、ローソク足一本であったり、せいぜい移動平均とか、ボリンジャー程度の直接法を好む。
RSI、RCIなどのオシレーター類の間接法は彼らの嗜好ではないようである。
 
彼らの主張は、「所詮は相場は上か下かというシンプルなものなのだから、複雑にする必用はない。」ということらしい。
 
彼らの信条は、シンプルな素材をシンプルな道具を使って調理する、というところにある。
 
これは、日本料理の造りのようなものであろう。素材の良さを活かすことを最善としている。
 
素材の吟味にこだわるあたりは、環境屋ともだぶるものがある。

 
投機屋は、相場を投資とは考えず、あくまで投機だと考えている。
というよりも、勝負事だと考えている。
 
これは、相場を取ることは相場を予測することではなく、勝負事の要領、投機の原理原則をマスターすることだ、と理解しているのである。
 
理論派は、理屈で相場を理解しようとするが、投機屋は、繰り返しの経験による投機の原則なるものを駆使して儲けようとする。
 
 
だから、彼らは、投機家、と呼ばれることを良しとしている。
 
投機屋が主張する勝負の要諦とは何なのか、これが謎なのだが、ヒントはある。
 
投機屋の一人に話を聞いてみよう。
 
「そもそも相場ってのは、勝負事なんだよ。勝負ってのは、何だ。
勝負に勝つとは、どういうことなんだ。
そこを俺たちはとことん追求しようとしているのさ。」
 
それは何なんでしょう。
 
「それはな、そもそも勝負すべき天の時を待つ、ということでもあるんだ。
しかし、多くの投資家は、そういうここぞというときにも勝負にビビって動きが鈍いんだ。
俺たちは、そんな時に、全力勝負を賭ける。
リスクは厭わないんだ。
なぜなら、
 
勝負すべき時に勝負しなかったら、いつ相場から取るのか
 
ということをいつも考えているからなんだ。
 
普通の奴らが、ビビって勝負できない時に、俺たちは全力で賭ける。
 
相場とは勝負事なんだ。」

あなたの言っていることは、ただの博打なんですか。
 
「違うな。滅多矢鱈に勝負するのは、ただの阿呆だ。
 
さっきも言ったように、勝負すべき時を俺たちは待っているんだ。

それは何か、というと、経験から来るチャンス、ここが勝負時だ、という時期を待つ、ということが大事なんだ。

そういう意味では、俺は、統計屋なのかもしれないな。

しかし、統計屋と違うのは、そこが勝負の場だと感じたら、全力で勝負する、ってことなのさ。
 
2年間負け続けて、その後のたった1回の勝負で資金を爆発的に増やした仲間もいたな。
そういうことだ。
 
ド素人が、2年間勝ち続けて、その後のたった1回のトレードで全財産を失うのとの真反対ってことさ。」
 
 
 
手法屋が「いい道具探し」「特別な道具に頼ろう」ということで、道具に儲けさせてもらおう
 
としているのに対して、
 
投機屋は「無骨なありきたりの道具を利用し」、そのありきたりな道具を使いこなすことで利益を得ようとする。
 
 
統計屋が「過去の確率と期待値」で儲けようとするのに対して、
 
投機屋は、勝負のメリハリ、いざ鎌倉で、儲けようとする。
 
 
投機屋の中には、リスクを恐れない一派も多い。というより、むしろ巨額のリスクを取ることを快感とする猛者も多い。
 
彼らの中から、相場師と呼ばれる「巨額のリスクを厭わない猛者」が誕生する。
 
一夜大名、一夜乞食を往復しているのも彼らである。
 
投機屋は、リスクを取ることを良しとしている者も多く、それがまた彼らの欠点ともなっている。
 
稼ぐこと、稼ぎ切ることについては、彼らの右に出るものはいないのだが、その稼いだ金を守ることを知らない投機屋も多い。
 
ネットバブルで彗星のように現れたカリスマたちも、相場の怖さを知らないが故の投機屋であったのかもしれない。
 
 
逆に、投機の要諦として、リスク感覚をきちんと持って、投機家を目指す投機屋がいるのも事実である。
 
投機屋には、相場の怖さを知らないが故に、投機屋となって、巨額の利益を手にする若者も多い。
一方で、多くの挫折を経て、相場の怖さを知った上で、熟練の投機屋として成功している者もいる。
また、相場師となって、巨額のリスクを取ることそのものに生き甲斐を感じる者もいる。
 
一概に投機屋といっても、様々な勝負師の生き様があるのである。
 
 
繰り返しになるが、他の会派が、相場との戦い、他者との戦いに重点を置いているのに対して、投機屋は、自分との戦いを旨としている。
 

茨の道 その21

当研究所名物のけんか祭りを楽しみにご訪問の皆さま。ちょっと静かになってしまっているので、「どうしたんだ」とお思いかもしれませんが、剣闘士の皆さんは待機中ですので、もうしばらくお待ちください。
 
 
さて、損切りができない、という初心者は論外として、前にもちょっと触れたことがありますが、ある程度の経験を積んでくると、次のような状況に嵌ってしまう方が多いようです。
 
損切りはきちんと出来ています。ですから、コツコツドカンもありません。ルールにはちゃんと従っていますし、自分のルール自体は悪くないものだと思っています。
検証している限りは、そこそこの利益になっていいはずなんです。
 
しかしながら、実践ではトータルで利益にならないのです!!
 
何故かわからないのだけれど、きちんとやっても、妙に損切りばかりになって、結果的にジリジリと損失が溜まっていくばかりになりす。
 
これでは、損切り貧乏になってしまいます。
 
ルールが悪いのか、利食いが下手なのか、それとも運が悪いのか、何が悪いのかがよくわからないので、反省のしようがないんです。
 
後でチャートを見れば、儲かっているはずなんですが、何故か売買すると損が続くのです。
 
 
これがある程度の経験を積んた中級者の方に多い病気ではないかと思います。
 
 
原因不明なので対処ができずに悩んでいるんじゃい!!
 
 
今回の会派は、このジリ貧を克服した人たちが所属する会派ですので、そういう悩みを持っている方には大いに参考になるかと思います。
 
もちろん、超マイナー会派です。
 
 
 
⑥環境屋
 
相場環境を重視し、自分に合った環境を探すことによって利益を得ようとする一派である。
 
売買戦略ではなく、マーケット戦略を重視している一派であり、かなり異色だと言える。
 
環境派といっても、グリーンピースとは何の関係もないし、鯨も食べる。
 
そもそもこんな一派があるのかどうかすら定かではなく、少数派どころか、トキのように絶滅危惧種でもある。また、世間では全く認知すらされていない。
 
昔から存在していたとも言えるが、「環境認識」という言葉を定義付けたのは、一説では野川徹氏だとも言われている。
 
当て屋が、予測にこだわるのに対して、環境屋は、相場環境にこだわりを見せる。
 
チャート分析だけというシングルなファクターではなく、マルチなファクターを利益に源泉にしようという試みでもある。
 
 
 
ちょっと環境屋の方にインタビューしてみましょう。
 
おめえら、5W1Hというのを知っているかい。
 
Who(誰が) What(何を)Where(どこで) When(いつ)  Why(なぜ)How(どのように)
 
ということさ。
 
ものごとを分析、理解し、解決するには、この各要素がそれぞれ重要なファクターってわけさ。
 
しかしなあ、当て屋の連中は、このうち「How(どのように)」しか見ちゃいねえのさ。
 
他の要素なんて、どうでもいい、という感じで、「どうやって取ればいいのか」しか考えちゃいねえ、また、他のことは「思いもついていねえ」ってことなのさ。
 
だから、個人投資家であるテメエのことがそもそも全然わかっちゃいねえし、最初から銘柄も決めつけてるんだ、そしてどこで戦うのかも相手任せ、時間の重要性も全く理解しちゃいねえ、と来る。
 
ただただ、「どのように」という手法、やり方ばかりにのみこだわっているのさ、奴らは!!
少なくとも、
 
①いつ
 
②どこで
 
③何を
 
の重要性をなにもわかっちゃいねえんだ。
 
そして、ひたすらに、
 
④どのように
 
ばかりを追いかけているんじゃねえのか。
 
 
俺は、漁師出身だからよくわかる。
 
釣りで例えて言うと、
 
竿や仕掛けなど釣り道具にこだわるのが手法屋
 
なんだ。一方で、
 
どこで釣るのか、いつ釣るのか、という釣り場にこだわるのが環境屋
 
ということなんだ。
 
わしらイカ釣り漁師はなあ、夜のうちに出かけて、夜イカがエサを求めて上に浮いてくるのを狙って漁をするんじゃ。
昼間は深海にいて寝ているイカだから、昼に漁をしても全く意味がないんじゃ。
 
わかるか。
イカが浮いてきているかどうか、が重要であって、どんな釣り方がいいのか、の重要性は低いんじゃ。
そこにイカさえいれば、適当に釣ればガンガン釣れるもんなのさ。
 
どうやって釣るのか、だけしか考えていねえやつにイカなんてこれっぽっちも釣れやしねえよ!!
 
そもそも、相場なんて、ほとんど動かねえんだ。寝ているのさ。
 
そういう時に手をだしてもジリ貧が関の山さ!! 
 
「天の時、地の利、人の和」と孟子は言ったんだ。
 
天の時、を待たねえで、どうする、って言いたいね。
 
長期で言えば、ネットバブルの時期なんて、買えば儲かったのさ。昭和の時代もそうさ。
 
そういう
 
「誰でも簡単に儲かる時期を探す」「簡単なマーケットを探す」「簡単な銘柄を探す」
 
それが俺たちの仕事なのさ。
 
でもこれを探すには、ちょっと経験がいるかもしんねえな。
 
手法はどうしてるんですかって・・・そんなもん、寄付きに適当に買って、適当に売るだけさ、そんなもん俺たちにとっちゃどうでもいい話なのさ。 

 
ということだそうだ。
 
 
逆にこういう言い方もできる。
 
自分の持っている道具を相場に押し付けるのが手法屋であるのに対して、相場環境を優先して、自分の持っている道具が有効な銘柄、時期を探すのが環境屋とも言える。
 
従って、環境屋は、過去検証では、なかなか利益が出ないブレイクや移動平均などという陳腐な、ありきたりの道具を利用していることも多く、そこから利益を得ることが可能とする。
 
というよりも、テクニカルなファクターを完全に無視して、単に環境認識というファクターだけで、寄付きにエントリーする、という方法論を持っている環境屋もいるぐらいである。
 
統計屋の言うフィルターなのか、というと、そうでもあるし、そうでもない。かなり感覚的なものである、と言われている。
 
分割屋が、変動感覚にこだわりを見せるように、環境屋は、環境認識にこだわりを持つ。
 
変動感覚と環境認識にているとも言われるが、その真相は定かではない。
 
環境屋も、当て屋出身者が多い。当て屋をやっている時に、ルールを覚え、そして、損切りなど、きちんとやっても利益にならないということが、何故起こるのか、これを考えて、
 
自分のルールを相場に押し付けるのではなく、相場がルールに合うまで待つ、探す
 
そして、それをさらに進化させて、
 
環境そのものをルールとする
 
ということを覚えた人種である。
 
しかし、ほぼ無人島とも言える会派であろう。
 
環境屋という考え方そのものが世間では認知されていないのに加えて、その学習方法が、多くの経験と試行錯誤を積まないと見えないことでもあるので、この島にたどり着くことはやはり困難である。
 
環境認識という概念は、経験を積まないとなかなか理解しがたいものだと思われる。
 
未だに1000本ノックという実践を重んじるものである以外の方法論がなく、この道も困難であると言える。
 
分割屋と環境屋のどちらもが、合理的な説明が難しく、陶芸職人、料理人に弟子入りした、というのと同じく、職人としての修業を積まねば一人前になれない、ということで、門戸を狭くしてしまっている。
 
 
そもそも、アンチ屋と同じく、数多くの自分の失敗をベース、反省材料として、その経験から、環境というものを探しだした人たちの集団である。
ということで、経験がものを言うので、職人肌の環境屋は多い。
 
だから、多くの投資家の理解は得られないし、それがエッジとなっている。
自分の売買を反省しない人たちには、見えない世界でもある。
 
ただし、手に職をつけてしまえば、少々の環境変化にも耐えられる雑草のような強さを持っている。そもそも環境変化を糧としているからである。ここは分割屋との共通点であり、統計屋との大きな違いとなっている。
 
 
彼らの言う環境とは具体的にどういうものなのだろうか。
 
個別株なら、日経225先物などのインデックスが当然に環境変数として筆頭にあげられる。為替なども環境となる。
 
上位時間軸という環境もよく言われていることである。
 
しかし、環境とはそれらのマクロ分析だけを言うのではないと彼らは主張する。
 
例えば、個別株デイトレーダーなら、寄付きからの1時間と次の1時間の環境には大きな違いがあることは当然のこととして理解している。
また、午前と午後の環境変化も熟知しないと相場は取れない、と彼らは言う。
 
ここでそれぞれの時間で同じ戦略を使っては相場は取れない、と彼らは断言する。
彼らにとっては、このような環境認識こそが最も優先すべき事項なのである。
 
また、リバモアの言うその他の各種の環境認識については、あのBNFが参考にしたと言われているほどである。
 
リバモアは、環境認識をベースにマーケット戦略を組み立てていたのである。
 
ここでも、リバモアは環境派にとっても開祖的存在であった。
リバモアを敬愛する環境屋は多い。
(環境屋のバイブル-リバモア本をこちらで紹介しています。よろしければどうぞ。) 
http://mauitrain.blog111.fc2.com/
 
 
 
普通のトレーダーは、まずマーケットを特定し、そのマーケットに合わせて戦略を考えようとする。
 
例えば、個別株をやる、だからその戦略を考える。為替をやるので、為替の戦略を考える。などである。
しかし、環境屋は、自分のトレード戦略に合った環境、すなわち銘柄や特定の環境、時間軸、時間帯を探すのである。
 
対象が先にあって、戦略を探すのではなく、戦略があって、それに合う環境を探すのである。
人によっては、海外マーケットを探す環境屋も多い。
自分にとって、楽な環境を探すのである。
この場合、銘柄に自分の戦略を押し付けるのではなく、自分の戦略に合った銘柄を探す、ということでもある。
 
逆に言うと、環境屋にとって、大切な事は、自分に合う環境になるまで、やらない、ということである。
のべつくまなく手を出して勝てるはずがない、と環境屋は言う。
 
取りたいからやるのではなく、マーケットが取らせてくれるからやるのだ、と彼らは言う。
 
よく、「仕事が暇になったから」「今日は休みだからデイトレする」「ボーナスが入ったから」「お金が必要になったから」という理由でトレードする人がいるが、環境屋に言わせれば、アホだ、と言う。
全部自己都合であるからだ。自己都合で相場が取れるはずがないのだ、と彼らは言う。
 
「損したから取り戻そう」「儲かったからもっと増やそう」
これらも全て自己都合トレード、こんなことをして儲かるはずがない、と彼らは言う。
 
彼らにとって大切なモノはなにか、と問うと、
 
忍耐力
 
だ、と即座に返事が返ってくる。
 
彼らが大切にしているのは、相場がチャンスを持ってきてくれるまで、ひたすらに待つという「忍耐力」なのだ。
 
しかし、彼らにとって、忍耐力とはそれだけを言うのではない。
 
「損したからと言ってブチ切れない」のも、「チャンスをひたすら待つ」のも、「儲かって調子の乗らない」のも、「損切りの連続に耐える」のも、「利食いたい病に耐えて利益を伸ばす」のも、「感覚でつい手を出してしまわない」のも、
 
・・・すべては、忍耐力なんだ、と彼らは言う。

 
1週間毎日毎日リアルで相場を見続けて、結果、「チャンスが無かったから今週はエントリーしなかった」という忍耐力を彼らは誇りにしているのである。
 
そういつもいつもチャンスがあるはずがない、と彼らは言う。
 
相場なんてそもそも自分の都合よく動いてくれると思う方が間違いだし、ほとんどは保合いに終始するものだと考えるぐらいでないとだめなんですよ、と彼らは言うのである。
 
 
環境屋の成功者は少ない。そもそも環境屋が超マイナーだからである。
そして、辛い忍耐力が必用とされる会派だからなのである。
アンチ屋と同じく、ここもまた「心に優しくない会派」なのである。 
 
 
(念のため・・・環境屋がこのように言うのであって、これが正解といっているのではありません。しつこいようですこの誤解が非常に増えています。)
 
(念のため・・・環境認識=儲かる、ではありません。) 
 
(念のため・・・マイナー会派=儲かるではありません。)
 

茨の道 その20

相場には、多くの思惑を持った人たちが次々に入ってきては去る。
全員が、お金儲けをするべく戦いに参戦する。
あらゆる思惑が激突するのが相場だとも言える。
言わば、お金を使った現代の代理戦争でもある。
 
相場とは、現代の「闘技場」グラディエーターの世界でもある。
 
この闘技場のルールは、公平なようで、公平でもない。
 
投資銀行などの漁師が個人投資家という「じゃこ」を捕まえようとして、あちこちに網を仕掛けている。
そしてその網に吸い寄せられるようにじゃこたちは入っていく。
 
「じゃこ」たちはいつか漁師になれるのだろうか。
 
じゃこたちの考えていること、実はほとんど同じである。
だからじゃこは群れを作る。
結果、漁師はその群れの性質を利用しようとして、網を仕掛ける。
 
じゃこを狙っているのは、漁師だけではない。
弱肉強食の海の世界では、多くの捕食生物がいる。
シャチなどの捕食生物も、弱いオットセイなどの性質を利用しているのである。
 
では、このじゃこは、絶えないのか。
 
次々に夢見る投資家の卵たちが孵化するので、問題ないのである。
食っても食っても、「自分だけはじゃこじゃないというじゃこ」が次々にマーケットという海で孵化してくる。
何と懐の深いことだろうか。
 
 
 
さて、マーケットという戦場と同時に、当ブログのコメ欄で繰り広げられている「最前線」もヒートアップしているようです。
私が火に油を注いだこととはあまり関係のない戦いが繰り広げられているのは、やや誤算(笑)
 
それにしても、人は戦いを好む。
 
まるで、
 
あなたを倒さねば、シャアが死ぬ!(ララァ)
 
と言わんばかりの応酬が続きますが、多分シャアは死なない(笑)
議論をして、心を入れ替えることが出来る人は、超大物、大人物だけ。庶民は、絶対に人の話など聞かない。
 
どこかに闘技場があればいいんでしょうが、そこが無いから、パワー溢れる若者たちがここに集まってきてしまうのかもしれません。
 
それにしても、若者たちは元気がいい。
悩んで苦しんで、そしてその中から何かを見つけるパワーがある。
 
当ブログには、ドレスコードは無いので、ノーネクタイ、短パンでも出入り自由である。
だからかもしれないが、どうもサングラスとパンチパーマのイカツイお兄さん方が出入りされておられる。
 
フレンチレストランのつもりが、気がついたら、コンビニになっていて、しかもその駐車場では、ヤンキーのお兄さん方がたむろしている。
だから、初心者の方が迷い込んだら、イチコロでカツアゲに合う状況にある。
 
ということで、初心者の皆さま、一部ファンの皆さまへのアドバイスです。
私へご意見、ご質問がある方は、内緒モードを活用して、密書をしたためていただけたらと思います。お返事は内緒なのでできませんが、ご自分のブログがあればできるだけそちらへ返しますし、記事にも反映するようにします。
 
こんなことを聞いてバカにされないだろうか、というご心配があるかと思いますが、私とて、初心者の頃があった。
いくら頑張っても頑張っても成果はまるで出なかった。苦い思いを繰り返しやった。
 
私はブログ書くときにいつもこの苦しかった頃を思い出しながら書いているんですが、それでも当時のことを全て思い出せるわけでもありません。
しかも、初心者の思い、疑問には、意外と相場の本質をつくものもあります。
 
簡単に返事ができずに、窮してしまうような質問も多々あります。しかし、それを考えることで、相場の理解も深まることになるのです。
ですから、初心者の方の素朴な疑問は大切にしたいと考えているのです。
 
 
 
 
ということで、前置きはホドホドにして、本題に突入しましょう。
 
ここで、注意点ですが、私がメジャー会派、マイナー会派、と書いてしまったものですから、メジャーはダメで、マイナーが答えだ、というような誤解を与えてしまっているきらいがあります。
ここでは、多様な考え方をする投資家がいるのだ、というあくまでも分類をしようとする試みだ、とご理解ください。
 
いつも、「答え」ばかりを欲しがっている人から見ると、「早く答えを言え!!」みたいな話になるのでしょうが、そもそも
 
相場に正解などあるのか
 
ということなんです。
 
だから、この会派が正解で、この会派が間違いだ、ということそのものが果たしてどうなのか、ということを言いたいのです。
 
自分の会派のことだけが正しくて、他は間違いである、と言ってはばからない人が多いですが、そもそも投資には、多様な方法論があることが正解ではないでしょうか。
 
それから、メジャーと言えば、圧倒的メジャーは、何と行っても「当て屋」の皆さんです。
ここで、95%は占めるのではないでしょうか。
基本的に、他の会派は、「マイナー会派」ということになりますので、これも確認まで。
 
 
 
 
さて、ここからは、超マイナー会派のご紹介です。
 
 
 
⑤アンチ屋
 
初心者の頃の失敗を反対にして利益を得ようとする一派である。
 
彼らが大義として掲げているものから、別名「自己規律屋」とも言う。
 
当然、経験がモノを言うので、メンバーには熟練者が多い。
また、異例だが成功者が何らかの形で所属している会派である。
 
このメンバー資格は、何度かの大損失の経験である。
これで、懲りてはじめてメンバー資格を得ることができる。
 
他の会派に所属しているように見えて、実は、アンチ屋である人物は多い。
 
彼らの中には、初心者の頃に、「何をやっても損ばかり」「ぼろ負け続き」「相場が本当に下手」というメンバーが多いという。
 
初心者であればあるほど「自分だけはじゃこじゃない」と思う「どストレートのじゃこ」なのだが、「自分だけは特別だという普通の人」はこれに気がつかずに一生をじゃこで終わる。
 
その結果、オケラ街道を爆進することになる。
 
ここで、極一部の人は、何度もの絶望の縁に立って、あることに気がつく。
 
俺はじゃこだ!!
 
だから、
 
俺の逆をやれば儲かるじゃねえか!!
 
大発見である。
 
じゃこの経験豊富な彼らが見つけたのは、「じゃこの性質」「じゃこの生態系」なのである。
 
何故儲からないのかを理解することは、何故儲かるのかを理解することと実は表裏一体なのだ
 
と彼らは言う。
 
この秘訣に気がついた者が、アンチ屋となる。
 
相場を当てものと見ていたが、どうやら当てることは自分には無理だと悟る。諦める。
では、無理ならどうすればいいのかを考えることとなる。
 
 
元々この会派は、出身が全員当て屋でありじゃこである。
大衆投資家として、何の投資のセンスも無く、負け続けの幼少期を過ごす。
その結果、相場を当てよう、当てようと必死になって、そして自爆した経験を何度も繰り返す。
 
この会派の人たちが偉いのは、「己を知ること」ができたこと。
じゃこを食おうとして相場に参戦したのに、よく鏡を見ると、「己がじゃこだった!!」と気がついた人たちである。
これは、相場から「己はじゃこじゃ!!」と繰り返し傷めつけられたからこそ気がついたのであって、優しい上級者、熟練者からのアドバイスは基本無視である。
言葉で気がつけるぐらいなら、人は苦労しない。
その人は大人物だから別格であろう。
ここに所属するアンチ屋は、数ある自爆経験から、じゃこの生態系をやっと理解した人たち、なのである。
人は、殴られないとわからない、ものだ、とアンチ屋は言う。
だから、彼らは口数少ない。
言っても無駄だからである。 

一方で、多くの投資家は「反省」という言葉を知らない。
同じ間違いを繰り返し繰り返し永遠に続けている。
殴られても殴られても同じことを繰り返す。
それに比べれば、殴られてやっと理解したとは言え、アンチ屋は優秀だと言えるのかもしれない。
 
 
では、彼らの言うじゃこの生態系とはどういうものか。
 
一例として言うのは次のようなものである。
 
飛びつきモグラたたき
 
値ごろナイアガラ
 
ナンピンスカンピン
 
チキンレース絶壁飛び降り
 
そして、何よりもじゃこの基本生態とも言うべき性質は、
 
コツコツドカン
 
である。
 
これら生態系を有し、群れをなして回遊しているのがじゃこなのだ

この生態系はじゃこの本能に由来するものなので、永遠に変わらないものなのだ
 
心のままにトレードすれば、じゃこの本能として、これを自然とやってしまうことになるのだ
 
とアンチ屋は言う。
 
そして、これらは自分でやってみで、一度悲惨な目に合わないとわからないものなのだ、という。
 
 
アンチ屋の売買は概して辛い。心に優しくない。
 
当て屋の売買は、心に優しいエントリー、つまりは「やりやすいところでの売買」なのだから、その反対となると「辛い売買」となる。
 
安いところで買いたい、高いところで売りたい
 
儲かったら早く利食いしたい、損したらいつか戻るだろう
 
と思うのは、人の心を持つ者なら当然のことなのだ、という。
 
だからこそ、アンチ屋の売買は、普通ではできない。人としての本性に外れる売買だからである。
 
元々は、じゃこ出身者であるアンチ屋は、「自分がじゃこである」ということを熟知している。
だから、「じゃこである自分の心に優しい売買をすれば確実に漁師に捕獲される」ということを知っている。
 
アンチ屋は「じゃこである辛酸を散々になめつくしたからこそ、辛い売買ができるようになるのだ」と言う。
 
利益になれば「早く利食いたい」、損になれば「いつか戻るだろう」と思うのは、人として当然だと、彼らは言う。
しかし、その心の声に従っていれば、じゃこを離れることなど決してできないのだ、と言う。
 
また、心に従えば死あるのみ、と理解している彼らは、常に「ルールに従うこと」を金科玉条としている。
 
自己規律 discipline
 
というのが、利益の源泉である、ということを身を持って理解しているのである。
 
心に優しいがやってはいけないこと
 
辛いがやらねばならないこと
 
これを自己規律でコントロールすることが、アンチ屋にとってのエッジなる。
当然、やってはいけないこと、やらねばならないこと、をルール化するには、経験による学習が必用なのは、言うまでもない。
特に、「何をすれば負けるのか」を知っていることは、アンチ屋にとって大きなエッジとなる。
 
 
アンチ屋の大御所は、ジェシー・リバモアだと言われている。
 
すべきではないことを学ぶには、持てるもの一切合切を失うというのが一番だ。
金を失わないためには何をすべきではないかがわかった時、相場で勝つのに何をすべきかということがようやくわかり始めるのだ。
(ジェシー・リバモア)
 
と説く投機家リバモアを敬愛するアンチ屋は多いという。
(アンチ屋のバイブル-リバモア本をこちらで紹介しています。よろしければどうぞ。) 
http://mauitrain.blog111.fc2.com/
 
アンチ屋は、いいことばかりじゃねえか
 
と言われるかもしれないが、そもそもアンチ屋になれる人は極々少数に留まる。
 
何故なら、
 
その売買が辛すぎるから、わかっていてもできない
 
からである。
 
わかっちゃいるけどやめられない、という人は多い。
去年コツコツドカンの人は、今年もコツコツドカンであろうし、来年もコツコツドカンであろう。
 
これを永遠に繰り返すのみ。
相場を当てることに精一杯で、自らを省みることはない。
 
投資家とは、反省を忘れた人種である
 
 
多くの人が知っていてもできないことを我々はやっているだけだ
 
彼らは自己規律を本当には理解していないのだ
 
とアンチ屋は言う。
 
(念のため・・・アンチ屋が言うのであって、これが正解といっているのではありません。しつこいようですが。)

(念のため・・・心に辛い=儲かる、ではありません。) 
 
 
今回は、一派だけのご紹介となりましたが、超マイナー会派はまだあります。次回ご期待を。
 

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