近くて遠く、遠くて近い、そんな所との縁

やはり一抹の寂しさはあるよねぇ。だって、14年間も続けていたんだし。皆さんお元気でそしてまた何処かでm(_ _ )m (^^)/

雑学 ・・・ 通勤読書

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(つづきです。 でも、最後です。)


惨憺たる月日を縫い
あなたの国の河のように悠々と流れた
一つの生命
その智慧もからだも
しかし限度にきたようにみえた
厳しい或る冬の朝のこと
あなたはとうとう発見された
札幌に近い当別の山で
日本人の猟師によって
凍傷にまみれた六尺ゆたかな見事な男
一尺半のお下げ髪の 言葉の通じない変な男
絶望的な表情を滲ませて
「イダイ イダイ」を連発する男
痛い それは
りゅうりぇんれんの覚えていた たった一ツの日本語だった

「中国人らしい」
スキーを穿いた警官は俄に遠慮がちになった
りゅうりぇんれんは訝しむ
何故ぶん殴らないのだろう
何故昔のように引きずっていかないのだろう
麓の雑貨屋で赤い林檎と煙草をくれた
火にもあたらせてくれる「不明日(ブーミンパイ)」「不明日(ブーミンパイ)」
ワガラナイヨなにもかも
背広を着て中国語をしゃべる男が
沢山まわりを取りまいた
背広を着た同朋なんて!
りゅうりぇんれんは認めない
祖国が勝ったことをも認めない
困りぬいた華僑のひとりが言った
「旅館の者を呼んであなたの食べたいものを
注文してごらんなさい
日本人はもう中国人をいじめることは
絶対にできないのだ」
りゅうりぇんれんは熱いうどんを注文した
頬の赤い女中がうやうやしく捧げもってきた
りゅうりぇんれんの固い心が
そのとき初めてやっとほぐれた
ひどい痛めつけられかただ
同朋のひとびとはまぶたを熱くし
湯気のなかの素朴な男を眺めやった

八路軍が天下を取って
俺たちにも住みいい国が出来たらしいこと
少しずつ 少しずつ 呑込んでゆく頃
りゅうりぇんれんにはスパイの嫌疑がかかっていた
いつ来たのか
どこで働いていたのか
北海道の山々をどのように辿ったか
すべては朦朧と 答を出せなかったりゅうりぇんれん
札幌市役所は言った
「道庁の指示がないと何も手をつけるわけにはいかない」
北海道庁は言った
「政府の指示がなければ何も手をつけるわけにはいかない」
札幌警察署は言った
「我々には予算がない 政府の処置すべき問題だ」
政府は この国の代表は
「不法入国者」「不法残留者」としてかたづけようとした

心ある日本人と中国人の手によって
りゅうりぇんれんの記録調査はすみやかに行われた
拉致使役された中国人の数は十万人
それらの名簿を辿り 早く彼の身分を証すことだ
スパイの嫌疑すらかけられている彼のために
尨大な資料から針を見つけ出すような
日に夜をつぐ仕事が始った
「行方不明」
「内地残留」
「事故死亡」
たった一言でかたづけられている
中国名の列 列 列
不屈な生命力をもって生き抜いた
りゅうりぇんれんの名が或る日
くっきりと炙出しのように浮んできた
「劉連仁 山東(シャントン)省諸(チュウチョン)城県第七区紫溝(チャイコウ)の人
昭和十九年九月 北海道明治鉱業会社
昭和鉱業所で労働に従事
昭和二十年無断退去 現在なお内地残留」

昭和三十三年三月りゅうりぇんれんは雨にけむる東京についた
罪もない 兵士でもない 百姓を
こんなひどい目にあわせた
「華人労務者移入方針」
かつてこの案を練った商工大臣が
今は総理大臣となっている不思議な首都へ

ぬらりくらりとした政府
言いぬけばかりを考える官僚のくらげども
そして贖罪と友好の意識に燃えた
名もないひとびと
際だつ層の渦まきのなかで
りゅうりぇんれんは悟っていった
おいらが何の役にもたたないうちに
中国はすばらしい変貌を遂げていた
おいらが今 日本で見聞きし怒るものは
かつのての祖国にも在ったもの
おいらの国では歴史のなかに畳みこまれてしまったものが
この国じゃ
これから闘われるものとして
渦まいているんだな

東京で受けた一番すばらしい贈物
それは妻の趙玉蘭(チャオユイラン)と息子とが
生きているという知らせ
しかも妻は東洋風に二夫にまみえず
りゅうりぇんれんだけを抱きしめて生きていてくれた
息子は十四
何時の日か父にあい会うことのあるようにと
尋児(シュンアル)と名づけられていた

尋児(シュンアル) 尋児(シュンアル)
りゅうりぇんれんは誰よりも息子に会いたかった
三十三年四月
白山丸は一路故国に向って進んだ
かつては家畜のように船倉に積まれてきた海を
帰りは特別二等船室の客となって
波を踏んで帰る
飛ぶように
波を踏んで帰る
なつかしい故郷の山河がみえてくる
蓬来(ファンライ) 若かりし日 油しぼりをして働いたところ
塘沽(タンクー)
長い長い旅路の終り
十四年の終着の港
ひしめく出迎えのひとびとに囲まれ
三人目に握手した中年の女
それが妻の趙玉蘭
りゅうりぇんれんは気付かずに前へ進む
別れた時 二十三歳の若妻は三十七歳になっていた
りゅうりぇんれんは気付かずに前へ進む
「おとっつぁん!」
抱きついた美少年 それこそは尋児
髪の毛もつやつやと涼しげな男の子
読むことも 書くことも
みずからの意思を述べることも
衆よりすぐれ 村一番のインテリに育っていた

三人は荷馬車に乗って
ふるさとの草泊(ツアオポ)村に帰った
ふるさとは桃の花ざかり
村びとは銅鑼や太鼓ならしてお祭のよう
連仁(リェンレン)兄いが帰ったぞう
行きあうひとの ひとり ひとり
その名を思いおこし 抱きあいながら家に入った
窓には新しい窓紙
オンドルには新しい敷物
土間で新しい農具は光り
壁には梅蘭芳の絵とともに
中国産南瓜のように親しみ深い
毛沢東の写真が笑って迎えた
りゅうりぇんれんは畑に飛び出し
ふるさとの黒い土を一すくい舌の先で嘗めてみた
麦は一尺にものびて
茫々とどこまでもひろがっている
その夜
劉連仁と趙玉蘭は
夜を徹して語りあった
一家の消長
苦難の歳月
再会のよろこびを
少しも損われていなかった山東訛で。



一ツの運命と一ツの運命とが
ぱったり出会う
その意味も知らず
その深さも知らずに
逃亡中の大男と 開拓村のちび

風が花の種子を遠くに飛ばすように
虫が花粉にまみれた足で飛びまわるように
一ツの運命と 一ツの運命とが交錯する
友人さえもそれと気づかずに

ひとつの村と もうひとつの遠くの村とが
ぱったり出会う
その意味も知らずに
その深さをも知らずに
満足な会話すら交せずに
もどかしさをただ酸漿のように鳴らして
一ツの村の魂と もう一ツの村の魂とが
ぱったり出会う
名もない川べりで

時がたち
月日が流れ
一人の男はふるさとの村へ
遂に帰ることができた
十三回の春と
十三回の夏と
十四回の秋と
十四回の冬に耐えて
青春を穴にもぐって すっかり使い果したのちに

時がたち
月日が流れ
一人のちびは大きくなった
楡の木よりも逞しい若者に
若者はふと思う
幼い日の あの交されざりし対話
あの隙間
いましっかりと 自分の言葉で埋めてみたいと。


『茨木のり子詩集 言の葉』 より)


あぁ、だから昨今の中国の反応と動きなのか、と言うふうに私自身の読後の対現代中国理解とはなりませんが、ただこの詩は ・・・ ドスン と 私の心の何処かに 間違いなく落ちました。 読み終わって暫し呆然としている GENE がいました。
この詩の作者が帰国した後、7年後あたりからあの 文化大革命 が彼の地中国では始まったのです。私的には、中国と言う国が、そして国民が、大きく変化した、させられた、10年が始まったのです。 この詩の中に出てきていた彼の息子はどうなったのかと、勝手に心配していた GENE でもありました。


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