近くて遠く、遠くて近い、そんな所との縁

やはり一抹の寂しさはあるよねぇ。だって、14年間も続けていたんだし。皆さんお元気でそしてまた何処かでm(_ _ )m (^^)/

決断

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母の49日

書庫タイトルとは直接関係しないのですが。


昨年11月24日 午前7時15分 母が83歳で旅立った。
そして今月12日月曜が49日だった。


ついさっき、目の前のカレンダーを見ると来週月曜19日に、お袋の誕生日のメモ、、、
あっ、、、そう そうだったよな、、、もういないんだ、、、。 

生きていれば84歳。

11月21日の朝にメールを開くと妹からのメールが、届いていた。
滅多にメールなど寄越さない奴、、、
そこには、母が倒れた、との文字。くも膜下出血 らしいとのことだった。
電話をした。 20日朝、職員の方が母が室内で倒れているのを見つけたとのこと。
そのまま病院へ、そしてそのまま入院。容態はひと山越えた、けど意識は戻らない、と。

女房があちこち電話をして便を調べたけど22日の成田への便がなく、

兎に角帰国しようと、22日関空経由の帰国便を押さえた。
翌朝関空へ飛び、新幹線で大宮へ、ローカルを乗継、そして病院へ、20時過ぎ着。
母は延命措置をせず、自力で命をつないでいた。 意識はなく。 ただ、呼吸のみ。


どのように表現すればよいのだろうか、私も女房もとても驚き動揺もしていたのだけれど、

でもどこか自分たちの身の回りで起きていることという実感・現実感がなくて、
そこに母は横になっているのだけれど、息もしているのだけれど、、、複雑な心境だった。

 
そのまま二晩病室で過ごし、24日朝我々二人に妹とその娘の四人で母の最期を看取った。
親父の時も、好きだった叔父の時も死に目には会えかったけど、母を看取ることは叶った。
だけどそれは予想していた事ではなかったし、余りに突然だった。
もう一度くらい、その声を聞きたかった。 

これだけは今も心残りだ。

実は母は3年ほど前から妹の住いの近くにあるケアハウスに居た。
私と女房は、日本に戻る度に母のもとを訪ね、昼食や買い物に出かけたり、
時には温泉好きの母を近場の温泉に連出したりもしていた。
母が女房のことをとても気に入ってくれていたことと、女房も母と一緒に居る事を楽しみ、

一緒に温泉に行く事もとても楽しんでいてくれたのでとても助かっていた。
母を連れて温泉に入るのは結構大変だったと思うのだが、そんなことは全く気にせず
とてもよく面倒を見てくれていた。
女房に関しては、母は良い思いをもって旅立ってくれたのだろうと思うと、女房には感謝の気持ちで一杯になる。
 
生前の母は、数年前に鹿児島からこちらに移ってくる時期と前後して
『ふらついて、まっすぐ歩けない』
と良くこぼしていた。ケアハウスに入ってからあちこちの病院で検査もしたが、
『原因、はっきりせぇへんねん、でも内臓はとても良い状態、と言われるねん』
と言っていた。
" 年齢の事もあるし上手に付き合うしかないんちゃうか "、と返していたのだが。
 
実は昨年9月に、私はあまり乗り気ではなかったのだが、
妹が前向きになっていたことがあった。
それは、15年前に亡くなった親父のお骨が鹿児島にある納骨堂に収められていたのだが、
それを大阪の一心寺という寺に移したいと昨年の初めころからだったか母が言い始めていた。
結局、それを実行することになり昨年9月に一心寺への納骨をした。
結局、自分が気にかけていたいたことを叶え、その事に安堵もして、
逝ってしまったのだろうか、等と考えたりもする。
尤も、本人は決して生を諦めていた訳ではなく、寧ろ積極的にリハビリ等をこなしていたのでしたが、、、
 
母の通夜と葬儀は26・27日、納骨は親父と同じ一心寺にした。
本来なら49日が過ぎてからの納骨らしいが、葬儀に来ていただいた住職さんに聞いてみたところ最近では特に問題にはならない様子、なのでどうせなら同じ年に納骨を済ませれば翌年の4月に一心寺で一年に一回の大法要に夫婦二人を任せられる、と考えた。
12月4日に母の遺骨を一心寺に納骨した。 
4月末の大法要には私達夫婦と妹達も大阪に集うことになる。
 
母が一心寺に拘った理由の確たるものは今となっては知り様もない。
ただ、父方の祖父母も一心寺に納められているとのこと。
一心寺は何処の宗派でも、その宗教が何であっても、それらを問わず受け入れてくれる。
そして10年に一度、納められたお骨で仏像が作られるのだそうだ。
私達の父母は再来年、平成29年に骨佛様になるとのこと。
 
今も時折女房が、思い出したように
「お母さんがいなくなったなんて信じられないねぇ」と言い出す。
ま、感覚は同様だ。
来月の中国の正月に合わせて女房は日本に戻るが、きっとその時に私も同様に 
ふと、母の所へ と思うに違いないのだろう。
ずっと離れて暮らしていたと言う事からくる、違った意味の喪失感 なのかもしれない。
 
母よ、父と共に安らかなれ。 合掌

閉じる コメント(4)

そうだったのですか。。。

慎んでお悔やみ申しあげます。

2015/1/14(水) 午後 11:59 [ まい(*゚∀゚)ゞデシ!! ]

まいさん、
ありがとうございます。

2015/1/15(木) 午後 4:32 GENE

顔アイコン

落ち着きましたか?
毎年、元気よく来るのになんでだろうと思っていました

謹んでお悔やみ申し上げます

2015/1/17(土) 午後 5:27 tonntonnmi〜♪

顔アイコン

たつさん
もう前見てますよ。
ありがとうございます。

気持ちと当時の事の流れの整理ために制限付けたブログに載せました。

2015/1/18(日) 午後 3:42 GENE


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