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飯田史彦記
誰にでも共通するもっとも基本的な使命をひとつだけあげるならば、 私は迷わず、「家族を大切にすること」とお答えすることにしています。 それこそが、もっとも多くの人が、いちばん手っ取り早く幸せになる方法だからです。 それでも、「家族を大切にしなければならない理由は何ですか」と問われれば、 「では、どうしてあなたは、その人たちとご家族になっていらっしゃるのですか」 と問い返します。あなたが、その理由を思いつくことができるかどうかにかかわらず、 まず理由が存在するからこそ、あなたがたは家族になっているのです。 |
飯田史彦 生きがい論
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人生も半分を過ぎると こんなこと(生きがい)も 考えるようになる。
毎日を仕事に追われ、忙しい毎日もそれなりに必要だけれど、でも仕事を 生きがい とは考えたくないような。。。。。
毎日を仕事に追われ、忙しい毎日もそれなりに必要だけれど、でも仕事を 生きがい とは考えたくないような。。。。。
飯田史彦 という人は今は福島大学 経済経営学類教授であり、又、InterculturalOpenUniversityの名誉教授でもある。
彼のHP⇒ http://homepage2.nifty.com/fumi-rin/
彼のHP⇒ http://homepage2.nifty.com/fumi-rin/
リーディングによってもたらされた、先立った夫から妻へのメッセージ。「ご主人にとって、あなたは特別な人でした。ご主人は、『何度生まれ変わっても、 かならずお前と結婚するよ』と言っています。実際、あなたと結婚したのは、 これが初めてではないそうです。過去の人生でも、何度も結婚していると 言っていますよ」 「ソウルメイト」という言葉は、私たちを人間関係のしがらみから解放してくれる、 まるで魔法のような言葉であり、「何度もの人生でわざと身近に生まれ変わり、 お互いに切磋琢磨している相手」のことをいいます。典型的なソウルメイトは「夫婦」 ですが、両親や兄弟姉妹も、かなりの確立で何度もの人生を家族として生きています。 また、親戚、親友、あるいは宿敵なども、やはり何度もの人生でかかわり合っており、 広い意味でのソウルメイトだということがわかっています。 目の前に居るその人は、ただ偶然にいるわけではないということ、よほどの理由があって、 時空を超えた劇的な再開を果たしているのだということ・・・・・・・・・・・ このことを理解するだけで、人間関係がずいぶん奥深いものになり、「その人がいま、 予定通りにそこに存在してくれている」という事実が、ただそれだけで、 いかにありがたい現象であるかということに、気づくことができるのです。 ソウルメイトは、「今回の人生でも夫婦になろう」と計画して生まれてくるかぎり、 必ず出会うことができます。たとえ地球の裏側に住む異邦人同士であっても、 旅先で出会ったり、文通友達になったり、友人の友人のそのまた友人として紹介されたりして、 不思議な縁で、なぜか出会ってしまうものです。 人は、楽しいことを共有した相手よりも、苦しいこと、悲しいことを共有した相手との方が、
より深く理解し合えるものです。 夫婦は何度もの「思い通りにならない人生」をともに悩み、助け合って乗り越えてきた 相手ですから、他の存在とは比較にならないほど、強い結びつきでつながれている「一心同体」 であると言えるでしょう。 |
教師から生徒への激励にたとえて 「人生っていうのは問題集のようなもんだから、楽に解けるはずがない。 お前だって、いまさら足し算ばっかり宿題に出されても、面白くないだろう? ほどよい難度の試験問題が次々に現れてくると言うのが、人生では当たり前なんだ。 だからこそ、生きている価値があるんだ。」 人生では、自分に解けない問題は、なにひとつ用意してありません。
人生で出会う大きな試練は、自分で自分に与えたのですから、手を伸ばせば必ず届く、 ちょうどよいレベルの問題ばかりです。 目の前にある試練が、つらければつらいほど、悲しければ悲しいほど、 大きな挑戦であればあるほど、「自分は、これほどの問題を解くに値する、 素晴らしい人間なのだ。」 という誇りをもって、その試練に挑戦してくださいね。 |
臨死体験者が「光の存在」からもらったメッセージ 「あなたがた人間は、自分が何者なのかを知る必要があります。 人間は、偉大で、強くて、力のある存在です。 あなたがたは、地球に向かい、生命を発展させ、人類と言う 名で知られる大いなる冒険に参加しようとする、勇気をもった 方々なのです。」 私たちは、物質世界という修行の場に、何度も何度もくり返し来訪しては、
愛すること、許すこと、感謝することの大切さを学びます。 人生とは、いわば、生まれる前に自分で作成しておいた、問題集のようなものなのです。 それぞれの問題を、解くことができなくても、正解は、問題集終えるまで見てはなりません。 人生という問題集を最後までやりとげた時、初めて私たちは、自分で用意しておいた 正解と照らし合わせ、自分の成長度を自己評価することができます。 そしてまた、解けなかった問題を解くために、あるいはいちだんと難しい問題を解くために、 自分自身で新たな問題集を編み、それをたずさえて、物質世界という修行の場を再訪するのです。 |
生まれる前の記憶を持つ幼児の証言 「生まれる前は、広いお花畑みたいなところにいたんだよ。 そこは、なんにもしゃべらなくても、気持ちのわかる人 ばっかりだった。 どこでも、自由に飛んでいけたよ。 ・・・・・生まれてきたら、なんにも思い通りにならないね。 動けないし、しゃべれないし、苦しいことがいっぱいあるから、 赤ちゃんは、泣いて生まれるのかな」 つまり、「思い通りにならないこと」こそが、この物質世界が持つ最高の
価値なのではないでしょうか。そして私たちは、「思い通りにならない」 という「価値ある現実」から出発して、「思い通りにならない人生」を いかに正しく苦悩しながら生き、ふだんは思い通りにならないからこそ 時おり出会うことができる「願いがかなうという喜び」を、如何に正しく 味わって感謝するかということを、日々の人間生活の中で学んでいるのでは ないでしょうか。 私たちは、なぜ生まれてくるのか・・・・・それは、生まれてこなければ経験 できない貴重な学びの機会があるからこそ生まれてくるのであり、 その機会、つまり「死」や「病気」や「人間関係」などの「思い通りにならないこと」 を通じて学ぶことこそが、人間として生きる目的・意義・意味なのだと言えるでしょう |



