右翼・左翼 と言う言葉があります。
Wikiによれば、
右翼
自国や自民族が持っている元来の文化、伝統、風習、思想等を重視した政治思想を呼ぶ。
左翼
通常は「より平等な社会を目指すための社会変革を支持する層」を指す用語である。革新的な人や集団を指し、最狭義では社会主義的または共産主義的傾向の人や集団や政治勢力をさす。
とあります。
私は、その時々でそのどちら側にでも靡いています。
いや、これは私だけに限らないでしょう。
一般の人々、国民と呼ばれる人達はみな同じではないでしょうか。
今般の尖閣の問題に関して私は 右翼 と言うことになるのでしょう。
日本人、或いは 日本人と自覚する人、
であれば これは自然な感情ではないでしょうか。
全く違っているようで、実はどちらも各人の心の中にあるものなのですから。
そういった人心すらつかむことも出来ない政府になりつつあるのかな 今。
無視しろとは言わないが、マニフェスト などと取り様によっては訳のわからんことに拘り続け、さもそれが ”国民” の意思であるように言う。
人心は動くのです。 殊に今回のようなケースでは。
菅首相は 雇用だ、 経済だ、 ・・・・・ だと言うが、
それらの根幹、足元を揺さぶるような今の状況に於いて、
何を思うのか。
国を束ねるものとして、 どこまで 腹 をくくれるのか!!!
私は 今 この政権を変えろと言う気は ない!!!
それは 彼等が良いからでは 決してない!
それはただ、変えるタイミングが 今 ではないからだ!
対外的にこれ以上 揺れる 事を 了 としたくない、それだけ。
菅よ、命をなげうつ と言っていなかったっけ。
マイクをつかんで あれだけ大声で言ったんだ、 よもや忘れまいよ。
何をもってその言葉を行動とするのかを見極めたい、と思う。
ここまで書いて、今の自分に 右 をすごく感じる。
その言葉の意味することの解釈には難解な部分も大きいようだが、
ナショナリズム といった感じのものも、
今の日本には必要であって 今は ”なさ過ぎる”
のではないかな。 そういった風潮が今を形作っている とも言える。
今は、そういったものも必要な時になっているのかもしれない。
危険な思想だ と言う人もいるだろう。
しかし、守るものが守れなくてなんで 国民 なんだ?
ただ、お任せ、 でもって 結果を責める?
それでいいのか。。。。。
何かで目が覚めなきゃならない
そんな 日本国民・日本政府 の
今なのかも知れないな。
そういう意味では、 遮二無二あの一党独裁体制を守らんと行動する
彼の国にはある意味感心もするよ。
とても同感は出来ないが、、、、、
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