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我が干支にして、厄年でもあった。
が、それももうすぐ終わる!!! . 株取引は最っ低だったなぁ、ほぼ全て取り返したけど、、、 . アッハハハ の一年 ....(;^ω^) 来る年、2017 をどんな年にするのか!!! . 考えよう、考えよう、考えよう!!! . 中国にて by GENE |
決断
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書庫タイトルとは直接関係しないのですが。
生きていれば84歳。 兎に角帰国しようと、22日関空経由の帰国便を押さえた。
でもどこか自分たちの身の回りで起きていることという実感・現実感がなくて、 そのまま二晩病室で過ごし、24日朝我々二人に妹とその娘の四人で母の最期を看取った。
親父の時も、好きだった叔父の時も死に目には会えかったけど、母を看取ることは叶った。
だけどそれは予想していた事ではなかったし、余りに突然だった。
もう一度くらい、その声を聞きたかった。
これだけは今も心残りだ。 一緒に温泉に行く事もとても楽しんでいてくれたのでとても助かっていた。
母を連れて温泉に入るのは結構大変だったと思うのだが、そんなことは全く気にせず
とてもよく面倒を見てくれていた。
女房に関しては、母は良い思いをもって旅立ってくれたのだろうと思うと、女房には感謝の気持ちで一杯になる。
生前の母は、数年前に鹿児島からこちらに移ってくる時期と前後して
『ふらついて、まっすぐ歩けない』
と良くこぼしていた。ケアハウスに入ってからあちこちの病院で検査もしたが、
『原因、はっきりせぇへんねん、でも内臓はとても良い状態、と言われるねん』
と言っていた。
" 年齢の事もあるし上手に付き合うしかないんちゃうか "、と返していたのだが。
実は昨年9月に、私はあまり乗り気ではなかったのだが、
妹が前向きになっていたことがあった。
それは、15年前に亡くなった親父のお骨が鹿児島にある納骨堂に収められていたのだが、
それを大阪の一心寺という寺に移したいと昨年の初めころからだったか母が言い始めていた。
結局、それを実行することになり昨年9月に一心寺への納骨をした。
結局、自分が気にかけていたいたことを叶え、その事に安堵もして、
逝ってしまったのだろうか、等と考えたりもする。
尤も、本人は決して生を諦めていた訳ではなく、寧ろ積極的にリハビリ等をこなしていたのでしたが、、、
母の通夜と葬儀は26・27日、納骨は親父と同じ一心寺にした。
本来なら49日が過ぎてからの納骨らしいが、葬儀に来ていただいた住職さんに聞いてみたところ最近では特に問題にはならない様子、なのでどうせなら同じ年に納骨を済ませれば翌年の4月に一心寺で一年に一回の大法要に夫婦二人を任せられる、と考えた。
12月4日に母の遺骨を一心寺に納骨した。
4月末の大法要には私達夫婦と妹達も大阪に集うことになる。
母が一心寺に拘った理由の確たるものは今となっては知り様もない。
ただ、父方の祖父母も一心寺に納められているとのこと。
一心寺は何処の宗派でも、その宗教が何であっても、それらを問わず受け入れてくれる。
そして10年に一度、納められたお骨で仏像が作られるのだそうだ。
私達の父母は再来年、平成29年に骨佛様になるとのこと。
今も時折女房が、思い出したように
「お母さんがいなくなったなんて信じられないねぇ」と言い出す。
ま、感覚は同様だ。
来月の中国の正月に合わせて女房は日本に戻るが、きっとその時に私も同様に
ふと、母の所へ と思うに違いないのだろう。
ずっと離れて暮らしていたと言う事からくる、違った意味の喪失感 なのかもしれない。
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明日、大連に飛びます。
3週間弱の滞在予定。
今までとは違った視点で彼の地の様子を見てくるつもり。
帰国後、残余の手続きを済ませ、次の渡航は数ヶ月と長くなる見込み。
ここのブログ、ま、最近は更新頻度もかなり落ちてはいたのだけど、、、
彼の地に行くと、ヤフーブログは全く見れなくなる。
なので別のところで新たに開設することも考えたりしている。
でも なぁ、 なんだかんだ言って開設してからかれこれ7年にもなろうとする
このブログ・・・停止するのも ねぇ。。。
そんなことをツラツラ考えている。
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御無沙汰してます。
9日に家財搬入してから1週間と少しが過ぎた。
女房は15日に中国へ戻って行った。
あれこれとやってくれた、一人でいたら多分殆どそのままにしていたろう。
兎に角、小さいのにたくましい奴だ。 ホント 感謝で一杯だ。
昨日、一昨日と前日の夜半からの降雪で朝には真っ白な雪化粧となっていた。
ま、秋田のそれとは比較にならないが、、、、、
8年も過ぎているとやはり色々なことが記憶の端に追いやられている。
車であちこち走り回って街の在りようを思い出しているが、記憶していると思っていた場所とそこへ至るルートも、、、、、
いやはや、人間(いや、私だけか)の記憶とは、、、特に距離感がとんでもなく違っていることに驚かされている。
別に街の在りようが大きく変ったというわけではないのに。
あれっ、あのホームセンターはなくなっちゃったんだ、、、、、
何のことはない、 走っている道は間違っていないのだけれど・・・・・
もっとずぅ〜っと 先だったのよねぇ。。。
なんともかんとも、、、この数日そんなことの繰り返し。
役所への届出、退職に伴う手続きあれこれ、 退職経験がないので大変。
健康保険、年金、の切り替え。。。
健保は会社の健保を任意継続で少なくとも1年は継続にした。
年金に関しては満額までの残り年数も少なくなったので全て払ってしまおうと考えてる。そうすれば少しでも支払額は安くなるようだ。
女房の年金、一号への切り替えが必要。ここで問題が出た。
会社が三号への届けを怠っていたらしい。 ったく、でかい会社なのに。。。。。
十年遡って手続きをしてもらうことになる、その後に切り替えだ。
当面は、毎日じゃないにしてもあれこれと続きそうだ。
毎日日曜のような状況となった今、曜日感覚は完全に狂ってる。
今一番頭を悩ましていること。
電気、水道、ガス などのライフラインの基本料金なるもの。
電話の基本料金とプロバイダー契約、 光を使っているから結構高額。
プロバイダーは Nifty から BB.Excite に乗換えを済ませたけど、、、、
NTT-EAST は明日の確認だ。
近未来に日本よりも中国に居る時間が長くなることを想定すると、どのような契約内容にしておくべきか、で考え続けている。
ま、全て無しにすれば簡単なのだけれど、、、
一時的にでも、帰国したときに 困るしねぇ。
あっ、そうそう 携帯電話の契約もあったなぁ。 これは無くせないやねぇ。。。
基本的には、全てに対して一時的にでも停止できる方法を模索しているのだけれど、、、そして使いたいときに再開をする。
これって虫の良い話なのかなぁ。。。
時代の進化に伴い生活スタイルも多様化しているのだから可であるべきだろう、、、、、と、一人グチッている。
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本日7日AM 凡そ2年の間過ごした地 秋田県 象潟
の町を離れる。
昨日までの週末を含めた3日間で家財の荷造りと
室内の清掃を済ませた。
午前中に搬出し、午後に家の明け渡しだ。
その足で 千葉県 に向けて車を走らせる。
明後日の午後に8年ぶりの我が自宅に戻る手筈。
その後にあれこれ手続きが待ち構えている。
ま、兎に角 前進 だ。
このPCも さて、梱包だ。
ネットの再開はこの週末あたりの予定。
ではでは。。。
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