医者が患者になっ

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2004.12月X日

「うーん、、、、」

主治医はうなった。



実家近くの病院を退院して仕事復帰し、今後の治療を

大学病院にお願いすることになって2回目の外来受診の日のことだった。


大学病院の婦人科だったが、私の主治医は女性で、安心して受診できる。


その主治医が

うなっている、、。


「5cmくらいあって、前回よりちょっと大きいね、、、。

やっぱり手術かな、、、

稀にだけど悪性化することもあるからね。」


そらきた。


この頃お腹の痛みはそれほどでもなかったけれど、違和感は

消えていなかったもの。やっぱりね。


「MRI、とってみましょうか、仕事先の病院でとってこられてもいいですよ。」


2004年12月下旬


がーっ、かんかんかんかんかんかん


やっぱりいつ聞いてもこの音はうるさい。

しかも狭いし、イヤーな気分。



MRIが終わって放射線科のI先生曰く

「おそらく子宮内膜症のチョコレート嚢胞だと思います」



ドクター’s ドクターの読影、外れていませんように、、、

そう思いながら再度婦人科の主治医に写真を見てもらう。


2004年12月25日ごろ


「そうですね、おそらくチョコレート嚢胞だと思われますが、大きさもありますし

手術した方がいいでしょうね」


やっぱりか、、、。


稀にある悪性細胞の存在を考えると、今後の治療をするにあたっては

手術して確定診断をつける、というのも一つの方法だろう。

専門家の意見とあってはそれに素直に従おう。


「日程的には年明け、ですね。あなたの場合、癒着が強そうですから

開腹で、いきましょうか」


今日では内膜症は腹腔鏡下で手術する事が多くなっているのだが

画像所見から判断すれば、開腹での手術が適しているようだ。


とは表向き、実のところ、大学病院でこういう症例は普通やってないので

なれてない、というのがホントのところなんだろうな。


でも、どっちみち、腹腔鏡ではやりにくそう、、、外科医の私が見ても

なんとなく分かる。


手術することは年末に決まったので、年末年始はとにかく休まずに働いた。

手術すれば仕事を休まねばならないのは分かっていたから

残業は出来るだけ済ませて、病院をあとにした。

2005年1月9日のことだった。

手術は明日。1月10日。じいちゃんの命日か。関係ないが。

一足遅い、お正月やすみか、、、

でも、休みに手術なんて、なんだかなあ、。



仕事先の病院から直接、入院先の病院へ向かう。

これから、手術説明、同意書へのサインだ。

普段は自分が説明する側なのに、今日は説明を受ける側だ。

万が一の合併症として、出血、麻酔時のショック、不整脈、肺塞栓、心筋梗塞、、、


ん〜、やっぱり聞く方としてはいい気分じゃないなあ。

でも、こういう時代だから説明しておかないと、何か起きたときに

そんなこと手術前には聞いてないぞ、って言われるんだよね、、。

先生、可愛そう、、。


て、私が同情してどうなる、、、。


つづく。

このシリーズひさしぶり、、、。

どこまで書いたか忘れてしまっていた。




救急車で実家に里帰りした私。

聞きつけた中学時代の友人がお見舞いに来てくれた。

私は生まれた郷には中学3年までしか住んでいないが

中学時代の友人とは今でも忘れた頃に交流をする。

時々実家近くのデパートで久しぶりの挨拶をするくらいだが。



親友であり、看護婦でもあるNは

既にがきんちょ3人の母親で

私が入院した病院の外来で働いている。

部屋は子供が走り回り大騒ぎになった。

しかし、かわいいものである。

親に似ず?


しかしうるさいところは

親に似た。


もう一人は小学校から長くつきあっている

とっても絵のうまい友人

シャイなところもあるがとってもいいやつだ。

こいつは私同様まだ独身。

仲良し5人組の中で残された二人。

どっちが先にイクか競争中である。




そんなこんなで入院生活もあっと言う間にすぎた。

退院前に再度MRIをして、一旦は卵巣の陰影が縮小したとのことで

外来follow upとなり、退院翌日から

再び働き始めた。

去年の秋のことだった。


しかし、病院との縁はなかなか切れないもので

その3ヶ月後には

私の下腹に傷がつくことになるのだった。

職場の上司(副院長)が平日のまっぴるまに

突然病室に現れた。

ちょっとちょっと、

仕事はどうしたのよ、手術はないのかい?

と思いつつ。




意外と元気そうで安心した、

じゃ。

といって去っていった。

滞在時間30秒。



後で主治医から、


病状をねほりはほり聞かれてしまいました、といわれた。


っっったく守秘義務もなにも、あったもんじゃないわね、、、。




数日後、今度は電話で


経過観察だけならはやく病院に戻ってきて

働け!

人手不足でみんな泣いてるよ。


、、、、



そりゃあ、頼られることは

外科医冥利につきますがね、、、。


しっかし病気してもやすめやしないこの仕事って何?


と、そのときは思ったが


いま、改めて考えるに

もし、この時十分すぎる休みをとっていたら

かえって復帰しづらい状況に追い詰められて

いたかもしれないな、と思うこともある。


ある意味、副院長なりの

ぶっきらぼうな

優しさ、だったのだろうか、、、。



、、、、、


やっぱり


人が良すぎる、考えですかね、、、(^^)。

このところ落ち着いていた

左下腹部の痛みが再燃してきた。

やばいなあ、、、。


お腹だして寝てたわけでもないからなあ。

また、病院かも、、、。



せめて妹の式までは何事もなくすぎますように。



医者も病院は嫌ですの。


今日で10月も終わりですね。

昨日のコメントでちょうど100投稿目でした。

皆様長々とおつきあい有り難うございます。

来月もよろしうたのんます。

このシリーズもそろそろ更新しないとね。

病室にお花が届いた。

職場の外科医長からだった。

すみません、突然こんなことになってしまって。

と、思っていると、こんどは

職場の医局から。

ゆっくり休んではやく良くなってください。

メッセージカードつき。

ありがとう。

ともすると、今度は大学の教授から。

どでかい、、、。


すると今度は外来の看護婦さんから。

遠いところをわざわざお越しいただいて、、。


最後には真紅の薔薇の花束が、、、

きゃあ、わたしのファンがいたのね。


って送り主は研修医の先生だった。

あとで聞いたら、一応ウケねらいだったらしいが。

普段、めったに花束なんてもらわないから

病人のくせにちょっとうれしかったりした。

それから退院するまで

毎日お花に水をやるのが日課になった。

お花を愛でるなんて、いったいいつ以来だろうな、、。


病院や病室、診察室の

お花でも

かわいいぬいぐるみでも

美しい風景写真でも

なんでもいい、そんなちょっとしたものでも

患者さんの心の片隅を温めてくれます。

でもきっと、一番は

あなたが顔をみせてくれること

なのかもしれませんよ。

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