医者が患者になっ

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このシリーズでは子宮内膜症とのおつきあいを中心に綴るつもりですが

今日はちょっと脇道にそれまして。



私は体は基本的に丈夫にできているほうと、

自分で思い込んでいるんですが、

やっぱり時には

ぶったおれちゃうこともあるわけで。



数年前、それはそれは外来診療の忙しい

病院で働いていたときのこと。

外科医とは名ばかり、風邪や頭痛など、多くは内科系統の疾患に分類される

疾病を数多く診ていたときのことです。(これは今となっては役にたったのかな

と思うものの、当時はこんなの外科医ぢゃねえ〜〜〜、と思っていました、失礼。)




それは、3月初め、ちょうどインフルエンザA型の流行期が終わり、B型の流行期にさしかかった

ときでした。

病院外来受診者は通常数の1.5倍近くなり、外科医もほとんど内科医として

多くのインフルエンザ患者に接触しました。

と、そんなある日の夕食後、突然の嘔吐。

成人式以降、初めて嘔吐しました。

夜通し気持ちわるく、翌日ふらふらで

勤め先の病院に到着。診察されて、採血、輸液のため横になり

熱を測ると39.6℃。

こうなると、人間、固まります。

足と腕が、ベッドに張り付いたようになって

うごけましぇん。

結局インフルエンザBだろうということになり、そのまま入院となったのです。



そのときに、恐れ多くもわが尊敬するH先生(以前このブログでも同タイトルで

ご紹介いたしました。なぜかこのときのアクセス数も異常に多かったんです。

Hは単にイニシャルの略なんですが、素直な方はいろんな想像を張り巡らせられたの

でしょうか、、、)

が、病室を訪れてくださったのです。




私にとってH先生は雲の上の人のような存在で、顔を合わせる度に

緊張してしまう、でも、手術は超上手で

本当に外科医の中の外科医、という感じで、

向こうは私の事を弟子とは思っていなくても、私は勝手に師匠と

呼ばせていただいてました(^^)。





ぱたーん、ぱたーん(H先生のスリッパの足音)、

がらがらっ(病室のドア開く)


おう〜、どうだあ〜、熱はさがったかあ〜


きゃ〜、お代官様ゆるしてけろ〜、ではない

は、はいっ

めしはくえるのか〜

はははいっ、回復いたしましたです。

そうか〜、じゃあいいな〜。

ぱたーん、ぱたーん、、、、(H先生去る)


はあ、、緊張した、、、。



今でも思い出すと緊張します。だけどそのあと

なんだか心がほんわかしたんですね。



そのとき

患者さんは、信頼する医者の訪室でこころが和むこともあるのだ

ということにあらためて気づいたのでした。



H先生はこうもいいます。

医者は必ず、最低朝晩2回、患者の顔を見に行け。


2回という回数は、一般の方からすれば、少ないんじゃないの?

と思われるかもしれませんが、外来、検査、手術をこなさなければ

ならない以上、この回数でやむを得ないとおもいます。


以来、この体験を生かし、この教えを守り、日々病室を

訪ねてまわる私です。

でも、ひょっとしたら

お前なんか来るなあ、とか

思っている患者さんも

いたりして。

そんな風に思われないよう、努力いたしますです。

入院翌日にはなんとか歩けるようになった。

点滴台を左手でごろごろ引きながら、食後の食器片付けのため
廊下に出た。

と、なんとも言えない甘ーいにおい。

それは女性と赤ちゃんだけの病棟特有の香りだった。

少なくとも外科病棟のすさんだ(?)においではなかった。

ゆっくりと、病棟の廊下を歩いていくと、妊婦さんがいたり、

保育器の中の赤ちゃんが見えた。

かわいいなあ〜〜〜。

と、ナースステーションを見ると、胸部レントゲンを前にして説明を受ける
夫婦とドクターがいた。

レントゲンには、遠目でも分かるほどの結節が多数、すなわち、何らかの癌の

転移であろうと推察されるものが写っていた。

奥さんは毛糸の帽子を被っていた。多分化学療法をこれまで受けていたのだろう。

話の内容はよく聞こえてこないが、雰囲気は明るいものではなかった。



生命の誕生と終焉に向き合う産婦人科病棟の姿だった。

外は秋晴れの青い空だった。つづく。

深夜に入院し、翌朝婦人科病棟へベッドに乗せられたまま移動。
ベッドに乗ったまま動くのって結構、車酔いみたいであんまり気持ちよくないのね。

ま、でもまだこのときは歩けなかったから仕方ない。

当初は4人部屋で良いと希望していたのだが、家族や看護婦は個室をすすめた。

やっぱり医者が4人部屋にいるとまずいのかなあ、同室の患者さんが気をつかうのかなあ、、。


結局、個室に移された。

それからは、ただ、こんこんと眠り続けた。

お腹は、安静にしていれば痛まなくなった。

昼過ぎに掃除のおばちゃんたちが部屋に入って来た。

普通なら部屋の外に出るのだか、とにかく眠りたくて、ベッドにはりついていた。

こんなにぐっすり眠ったのはいつ以来だろう、とぼんやり記憶をたどりながら

また深い眠りについた。

夕方目が覚めると、両親が部屋に来た。

入院に必要な身の回りのもの、お茶などを持って来てくれた。

ああ、親はなんと有り難いことか、、、。

これからは親孝行しないとなあ、、、。



夜、受け持ち患者の申し送りをノートにまとめた。明日、病院宛にFAXしてもらおう。

この時受け持ちは約15人。一人一人の名前、顔を思い浮かべ、治療内容や方針をまとめていく。

ああ、あの人はイレウスチューブが入っているけど大丈夫かなあ、あの人は黄疸ひいてきたかなあ、

化学療法の副作用はでていないかなあ、あれやこれや、、。


と、自分の左腕に点滴がついているのをみて、

あ、私も患者だ

と、気づかされたのだった、、。つづく。

でっ、いでっ、
いでででででで〜

私の両手は松田ユーサクの「なんじゃこりゃああ〜!」
の時の手の形になっていた。

そう、ここは超音波内診室。診察するドクターと患者は、カーテン一枚で仕切られていて
私の表情はドクターには見えないようになっている(羞恥心を回避させる意味もあるんでしょうね)。
これさいわい、私はのたうちまわった。

プローベが入る。

うっ、うっ、ううううっ

大丈夫ですか〜

ま、まだ我慢できますう。

左側の方が痛いんですね〜、これどうですう?

いいいいいいいいたいです。

右はどうですかあ?

そうでもないですう。

じゃ、もう一回これはあ?

左背部に電撃痛

あうううううううっっ。

ごめんなさい、じゃあおわります。ついでに子宮がん検診もしておきますね。

ずーんとおもーいいたみ、細胞をこすり取っている様子がわかった。

うちひしがれるわたし。

1回目の内診をしたのは中堅どころのドクターであった。男性、、、。

ということは、お決まりコースな訳で、2回目があるのであった。

婦人科部長のおな〜り〜

ごめん、もいっかい。


かくして私の悶絶はこの日2度繰りひろげられたのであった。

PSドクタアの皆さん、痛い検査はなるべく一回ですませましょうね。


そんなわけで、病室にたどり着いたときには翌日になっていた。

お父さんお母さん、今日はもう遅いから帰っていいよ。

そういってベッドに倒れるように横になった。

正確には痛みで横になれないため、ほとんど座った状態で睡眠をとることにした。

はっ、その前に、大事な人へのメールを、、。

病院内で携帯を使う事は禁止されている。

幸い同じ部屋に入院しているひとのなかには、ペースメーカーをつけていそうな
人はなかったので、こっそり、お布団の中でメール。

ごめん、入院した、、、、、、。とだけ送信した。

多分、さっきは電話に父親が出たから、男がでたとおもって誤解してたらどうしよう、
ま、私ってもてないからそんな心配ないけどね、なんていろいろ考えたけど。

心配しているだろうなあ、、、、

こうして長い一日がやっと終わったのであった、、、つづく。

MRIフィルムが出来上がった。
放射線科のI先生、

左卵巣に5cm大の充実性成分と嚢胞性成分を伴った病変、
脂肪成分を含む、、、、なんちゃらかんちゃら、、、

典型的な腫瘍の見え方とは異なるが、大きさもあるので専門医で
加療することとなった。専門医って婦人科。

例の外科部長が奔走してくれて、結局実家の近くの総合病院へ即日入院することになった。

痛くなったら我慢せずに早く言え!みんなに迷惑かけるんだぞ!

とおしかりを受けながら、でも、完治するまでは何も考えずに治療に専念しろ、

それまでは俺たちがカバーするから、、とありがたいお言葉。


実家の近くの病院は、山を一つ越えた、車で2時間弱のところにある。

歩けないほどになっていた私は、、

救急搬送されることとなった。

救急車のストレッチャーに乗る姿を受け持ち患者さんに見られてしまった。
あら、先生!?と声がかかる。
ごめんなさい、みなさん、、。

看護婦さんも同乗してくれて救急車に乗り込む。
以前にも実習で救急車に乗ったり、患者搬送で乗る事はあったが
患者として乗せられるのは初めてであった。

ある程度のスピードで山道を走るため、車は揺れる。ガツン、ガツン、と
時折ストレッチャーが跳ね上がるような感じになって、お腹にひびく。

どのくらい揺られていたか、気づくと実家のすぐ近く、病院の玄関が見えて来た。
心配した父親母親が先に病院に着いていた。

救急車を降り、診察室へ向かう。
採血やレントゲン、心電図と入院前の検査を一通り終えた。

途中、検査室に入っている間に私の携帯に電話が入っていたらしい。
父親が出たのですぐ切れた、という。

ああ、大切な人からだ、、、すぐに分かった。
あとでメールしなければ。まだ、私のこの事態を知らないでいる彼。

診察はまだまだ続いた。
婦人科といえば、そう、内診、なのであった、、、、。つづく。

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