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先週に続き、今日も映画を観にゆく贅沢を神はお許し下さるか。
キリスト教信者にしか理解出来ない映画であったならどうしょうか。
儂(わし)は、「安芸門徒」である。浄土真宗は親鸞さんを開祖とする鎌倉時代に法然上人から分派した宗派で、南無阿弥陀仏と念仏を唱えれば浄土へ往ける‥らしい。らしい‥と言うのが門徒のくせして、普段から念仏を唱えることのないボンクラ門徒の儂は、墓参や葬儀の折に両の掌を合わせ唱えるくらいである。
ほとんどの日本人は無宗教、無信仰と揶揄されるが、実はそうではない。「唯一神」なる心や魂の拠り所を持つ信者は別としても「いただきます」「ご馳走様でした」と言う言葉は仏さんの教えだし、「有難う」「お互い様」は孔子の教えを元にしている。正月や子供の健やかなる成長を願い神社に詣で、人が亡くなれば仏閣にて見送る。更に先祖供養として墓に参る。何故それを無宗教、無信仰と揶揄されるのか彼等の見識を疑うのである。ボンクラ安芸門徒の儂は考える。「八百万(やおよろず)の神」の国とは、この日本が海に囲まれた国土であって、北から南、西からと種々雑多な民族が辿り着き混血を繰り返し成り立った歴史そのものの「民族の知恵」ではなかろうかと。それをもって「和」を成し、国家として成り立っているのではなかろうかと。確かに時として弾圧もあり粛清もあった。しかし、それをも含めた幾千年の間に培われたこの民族の和の精神は、DNAの中に組み込まれたものではないかと。
只、イエス・キリストの誕生日に意味不明な馬鹿騒ぎをするくせに、お釈迦さんの誕生日を知らぬ日本人が多過ぎるが故に揶揄される起因もありましょうぞ(4月8日・花祭り)。
ダ・ヴィンチ・コードなる映画の中にキリスト教の某かが見えれば良しとしよう。
「唯一神」なる「神」を地球上の全ての人類が信仰するなら、この惑星が「平和」な星になるとすれば、改宗するもやぶさかではない。しかし、そうではなかろう。
湾岸戦争の折にもイラク戦争の開戦の折にも敬虔なるキリスト教信者のブッシュ父子はホワイトハウスに牧師を呼び寄せ、アメリカ合衆国の勝利に神の御加護をと祈らせた。200年前、ヨーロッパから新大陸を目指し大西洋を渡ったアングロサクソン達は、先住民族の土地を略奪し、彼等の平和を奪い、アフリカ大陸から強制的に「奴隷」を連れて来たのも、大英帝国の囚人の流刑地にしたオーストラリア大陸では、やはり先住民族を蹂躙したのも、彼等白人は皆キリスト教を信じる者たちであった。
異国に来て、その国の幼子を殺め、「悪魔が身体に入って来た」と司法の場で訴える殺人者が、何故そうした言葉を口に出来るのか儂には理解出来ない。
キリスト教の某かが見えたら、行き帰りの時間を合わせ約5時間の儂の貴重な休日の時間は無駄にはなるまい。今夜、映画「ダ・ヴィンチ・コード」を観に行って来る。
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お久しぶりです。この記事、guchiさんの宗教観、キリスト教についての考察には思わず頷いてしまいました。映画の感想も是非聞きたいな。また様子見に来ますね(*^▽^*)
2006/5/22(月) 午後 6:16
こちらこそご無沙汰して居りました。映画の鑑賞記も載せましたが、記事にある通り、映画の「意味」が分からなかった。キリストは神であって人間であってはならない‥この宗教が2000年もの前の時代から世界中に広まり、この「唯一の神」を今も国教にするほどの国や民族があるわけです。そう言う意味では、アニミズム的日本の八百万の神さんの方がやっぱり「居心地」が良いワシなのでありました。
2006/5/24(水) 午前 2:04 [ guc**39_*2 ]