全体表示

[ リスト ]

今年の初詣

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

八幡神社は、嘉禎元年(1225)末の松山の西、俗称「古舘」から現在の地(宮内)へ遷宮されたものと伝えられ、高野槙は、その頃記念として植えられたものとも言われ最大級の古木です。(引用)

多賀城の八幡(やはた)はかなり広い地域を指しますが、田村麻呂が延暦年間(平安時代初期)に八幡宮を勧請したことにより八幡の地名が起こったと考えられます。逆にやはたというところに神社が置かれたと考えるのは無謀でしょうか?
八幡宮の元締めは宇佐八幡、はちまんさまの一帯と言うのならなぜ「やはた」と読ませるのか不思議な点です。

読みについての見解はこうです。
もともとは訓読みのやはた(やわた)で時代が下り、神仏習合して仏者の読み「ハチマン」、音読に転化したと思われます。いわゆる「八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)」です。

田村麻呂が延暦年間(782〜806)に、何しにここに来たかと言うと、かの有名な「アテルイ」をやっつけにきたわけで、国府の近くに戦いの神様を勧請し戦勝祈願してもおかしくないわけです。


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事