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今回から「いしぶみ」に入賞者の作文を掲載いたします。初回は大賞受賞者の作品です。
『大賞』受賞作
「西」は何を意味しているか?
大畑 直晴
藤原恵美朝臣朝猲が陸奥出羽按察使兼鎮守将軍として多賀城に赴任したのは天平宝字元年でした。朝猲が陸奥の鎮撫を遂げ参議への昇進は天平宝字六年十二月です。赴任以来六年有余が過ぎていました。
朝廷の蝦夷政策は大君に畏敬の念を持たせ永く朝廷に従わせようとの政策であり、講じられた施策は数多くあると思われますが、朝猲はこれら朝廷の意向の下に具体策を奏上しそれを敷衍、実行する立場に有りました。この時期には建碑構想は既に具体化され製作が進められていたことでしょう。
同時代の日本地図ではないかとされている行基図は日本が東西に芋虫のように長く寝そべっており地図の体を成していませんがそれによると多賀城とおぼしき所よりほぼ西に山城国が描かれています。これが当時の人の地理感覚といってよいと思われます。京は大君の坐します処、朝廷のある処であって多賀城政庁の存在理由でもあります。陸奥にとって西の方角は極めて重要で神聖な方位なのです。後年昭和の戦没で故国を遠く離れた兵士が宮城の方角を仰ぎ遥拝したことを考えると、奈良時代の人々にも相通じた心があったと思われます。このように考えると碑面上部中央にある大書の『西』の文字は明らかに京を指し示していると見るのが妥当です。『西』とは一義的には西の方角であり、次には京を意味し、本質的には京に坐します大君を恐懼した方位を人格化させた天皇の人称代名詞だったのです。人心掌握の巧みさに驚かされます。
碑は『西』一文字で界線で囲まれた全文を包摂しており碑文の内容が天皇の裁可により朝廷が朝猲に実行せしめた施策であることを知らしめているのです。この碑を多賀城政庁内に君臨させ、儀式の度に官民を拝礼せしめ、天皇への畏敬と忠誠心を培わせ、強要したことは想像に難くないと思われます。
発掘調査の結果で、碑は多賀城築地塀内政庁南門卑近に、政庁と南門を結ぶ道路右側に建てられていたことが判明しております。政庁南門を通る者を睥睨する位置に屹立し、さぞ威圧していた事でしょう。
この『西』の天皇は誰かを推考すれば時の天皇淳仁天皇となります。『西』の文字の著しい大きさは絶頂期の淳仁天皇と藤原恵美朝臣押勝の権力の大きさを顕し内外に誇示したもので、政権の専横的性格を図らずも示す結果となりました。建碑数年後「押勝の乱」が起き、この乱を制圧し反乱者を政界から一掃した孝謙天皇は、重祚し称徳天皇となります。称徳は多くの敵を粛清し、返す刀で碑を土中に封じ込めたと思われます。政変により建碑された期間は短く人々に膾炙されるいとまもなく忘却され『西』の持つ意味も亡失されてしまい碑の受難の始まりとなりました。
《参考文献》左記の書物を参考とさせて戴きました。
「続日本紀」新日本古典文学大系 岩波書店/「多賀城碑・その謎を解く」(増補版)雄山閣/「蝦夷とは誰か」同成社/「真実の東北王朝」ミネルヴァ書房/「日本の時代史4律令国家と天平文化」吉川弘文館/「古代の蝦夷と城柵」吉川弘文館/「日本通史第4巻」岩波書店/「日本東北と王権」講談社現代新書/「日本古地図(行基図)」Googleより
冬の発掘調査 (2012年12月21日)
宮城県多賀城跡調査研究所所長 佐藤則之
寒くなってきました。季節が変わると私たちの仕事の内容も変わります。宮城県では原則として冬期間は発掘調査をしていません。それは決して寒いからではなく、積雪があったり、地面が凍ったりして調査効率が著しく悪いからです。その一方で、発掘調査を行うと必ず調査報告書を作成して、調査成果を公表し、見つかった遺構や遺物の歴史的な位置づけをしなければなりません。そのため、冬期間は報告書の作成にあたります。春〜秋の期間に貴重な遺物や遺構を発見すると、冬の仕事量が非常に多くなり、大変です。当研究所でも現在は今年発掘調査した政庁正殿と五万崎地区の報告書の作成にあたっており、大変な冬を過ごそうとしています。
一方、工事の途中で遺跡が発見されたり、川の中を調査するので渇水期の冬しか発掘できないなどの様々な事情からどうしても冬に発掘調査を行わなければならないこともあります。私が経験した印象に残っている冬の調査は、県北のとある遺跡の調査です。周囲には雪が積もっており、見つかった竪穴住居跡の周りだけ地面がでていました。写真撮影のため周辺をきれいにしていると住居の内部に雪解け水が浸みだしてきました。そこで、スポンジで吸い取って少し離れた場所で絞って水を捨てたところ、その水がたちまち氷になっていきました。その時は地面がかなり冷えているんだろうなと思っていましたが、後になってこれは「過冷却」ではないかと思いました。「過冷却」とは例えば水が0℃以下になっても凍らない状態のことで、衝撃を与えると一瞬にして氷に変化しますので、テレビや理科系のイベントなどでご覧になった方も多いと思います(註)。特殊な条件がそろわないとできない理科の実験が自然にできる冬の発掘調査、皆さんはやってみたいですか?
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