雑記帖

我現在在新竹在台湾

鉄道雑記事(国内偏)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全26ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


1月3日の日曜日、帰省していた息子が東京へ戻るため勝田駅まで送りに行った後、
この日は湊線に旧型が運用に入っているのを知っていたので、一往復乗ってみることにしました。

息子が乗る特急は勝田20時20分。
一方で、湊線の旧型キハは20時のは少し早すぎ、
逆にその後だと21時で、そこから一往復すると
遅すぎます。そこで、20時ちょっと過ぎに息子を勝田駅に送り届けた後、
阿字ヶ浦駅駅に直行。阿字ヶ浦駅発20:39の旧型に間に合いました。

ここから勝田駅まで往復小1時間の汽車旅を満喫。


阿字ヶ浦駅で発車を待つ旧型気動車

ポツンと佇む単行の国鉄型キハ205
懐かしい昭和の雰囲気が今もそこに

キハ205の車内

兄貴分のキハ17系列より出入り台を中央に寄せ、
ロングシート部分を多くした近郊型気動車の標準的座席配置。



その利便性ゆえか、かつて全国津々浦々でその姿を見たものだ。


キハ205の車内
天井右に冷房の吹き出し口が見える。
この車両は水島臨海鉄道からの譲渡車とのことだが、国鉄キハ20と同型。キハ20のオリジナルには冷房装置は無いが、この車両には冷房装置があり、夏場の湊線の通勤通学輸送には重宝されたそう。
でも、もう、夏を迎えることは無いのかな…
常磐線勝田駅に姿を見せる古参キハ20
常磐線勝田駅1番線は、ひたちなか海浜鉄道湊線の専用ホーム。
先端が行き止まりになったこのホーム、国鉄時代には、上野から海水浴客を乗せた臨時急行が乗り入れていたことをご存知の方も多いかと。
再び阿字ヶ浦駅へ
 阿字ヶ浦駅から勝田駅までは往復で約1時間フリー切符で900円。決して安くは無いが、台所事情が厳しい地方鉄道としてはやむを得ない料金設定なのでしょう。

いつまでも頑張って欲しい
沿線は住宅も多く、鉄道の利便性は高いと想像する。

終着駅〜駅舎と絡めて
阿字ヶ浦駅を後にしようとしたそのとき、湊線の達人、私が師匠と呼ぶF氏がお仲間を連れて参上。バルブ撮影の準備を始めていたので、三脚を持たずに来た私もISO感度を上げて手持ちで参加。今度はちゃんと三脚を準備して来よう。もう一回、チャンスあるかな。

動画も一緒にシェアします。



あと、何回会えるかな。

開く コメント(1)

 
 鉄道コムでフォトコンテストを募集しているブログがあり、内容的に応募できそうなテーマだったので参加を申し込みました。
 
 
 nihonkai2012さんという方が運営するブログで、第1と第2部門に参加を表明しました。まずは、

第2部門 流し撮り

 から。 長期の出張中で出先からのエントリですが、ネタは今までに撮り貯めたものがPCに仕込んあるので、そのなかから自分なりにベスト6枚を選んでみました。幾つかの写真は、既に拙ブログの過去記事で紹介済ですが、今回あらためて、コンテスト参加用の写真をフォト蔵に一旦アップロードし、そこから、リンクでブログに張る形としました。投稿写真のサイズは横1024Pixelに統一しましたが、タイトルから原画サイズにリンクするようにしています。著作権は放棄していませんが、個人でお楽しみいただけるならダウンロードはご自由にどうぞ。
 
 
撮影データ
カメラ NIKON D70
レンズ AF-S VR Nikkor18-200mm f3.5-5.6、焦点距離 150 mm
露出時間 1/25 秒 、絞り F25.0 、絞り優先 、露出補正量 0/6 EV

 
 この3月で常磐特急から運用離脱した、651系。確かJR化後間もない頃に新製された車輌だったと記憶しています。ひたちなか市に住むようになって、東京に出るのに良く利用していましたが、【フレッシュひたち】に主に使われるE653系の硬くて薄いシートに比べて、ぶ厚い背もたれに程よいクッションを備えた651系は、まだ国鉄時代の流れを汲んだ特急車の品格を備えていたものです。
 
 
撮影データ
カメラ NIKON D70
レンズ AF-S VR Nikkor18-200mm、焦点距離 24 mm
露出時間 1/8 秒 、絞り F5.0 、露出制御 マニュアル設定
ホワイトバランス 自動
 
 茨城交通中湊線が第3セクターによるひたちなか海浜鉄道として生まれ変わって1年目の頃。
 同社のなかで旧型車と呼ばれているキハ20系列車のうち、国鉄色(一般色)を纏うキハ205の後追いです。
 水島臨海鉄道からの購入車とのことですが、国鉄のキハ20と同じで良く原型を留めていて、国鉄の香りがぷんぷんする人気ものです。先頭はまだ、茨城交通色のキハ22タイプ。夕方の2連が勝田駅に進入するところ。
この後、すぐにED75牽引の札幌からの高速貨物92レが上ってくるので、日が伸びてくると、会社を定時で退勤した日には良く勝田駅界隈に参じていました。そこを同僚に見つかったことも…
 
撮影データ
カメラ NIKON D70
レンズ AF-S VRNikkor18-200mm、焦点距離 112 mm
露出時間 1/6 秒  絞り F6.3  絞り優先 + 0/6 EV
ホワイトバランス 自動
 
流し撮りとは違いますが、趣向を変えて車輌の方を流してみました。
ご愛嬌でお願いします。
 
 
 
撮影データ
カメラ  NIKON D300
レンズ AF-S VR Nikkor18-200mm
焦点距離 112 mm
ISO感度 1600
露出時間 1/15 秒、絞り F5.3 、絞り優先 、-2/6 EV

 
常磐貨物の泉以南の運用に着いていた、EF81の運用離脱がカウントダウン始めた頃です。
いつもお世話になっている、某掲示版の情報から2097レがカシ釜で下って来ていると知って、仕事帰りに那珂川を渡った築堤へ赴きサイドから流したものです。D70からD300に乗り換えたばかりで、秒7コマの連写機能の醍醐味を始めて体感しました。
 
 
撮影データ
カメラ  NIKON D300
レンズ AF-S VR Nikkor18-200mm、焦点距離 18 mm
ISO感度 2000
露出時間 1/25 秒 、絞り F5.0 、露出制御 マニュアル設定

EF510への交替が間近に迫る11月の終わり頃。連日のネタ釜投入で、少々興奮気味。
11月も末になると2094レも水戸近くでは、撮影が厳しいところですがお構いなしで地元の佐和駅へ。
人気のいないホームから結構な速度で飛ばして貨物列車を連写。なんとか見られそうなものをアップしました。
 
 
撮影データ
カメラ  NIKON D70
レンズ AF-S VRNikkor18-200mm、焦点距離 55 mm
露出時間 1/4 秒 、絞り F13.0 、マニュアル設定
 
コンテストの応募は6枚までとのことなのでこれがラストです。
この界隈では、ちょっと有名な湊線の達人F師匠の作風に刺激を受けて、何回か練習を重ねて何とか満足行くカットを得られたのがこれ。このポイントは20m車の単行を真横からフレーム一杯に入れるのに線路から丁度良く離れています。このときは既に田植えの終わった田んぼは、稲が伸び始め、水鏡の時期は逸してしまいました。
このシーンは田植え前の代掻きが終わって水鏡となる時期に、D300の連写機能でもういちどトライしてみたいと思います。湊線応援団の皆様、帰国したらまたお仲間に入れてください。
 
ランキングに参加しています。↓
 にほんブログ村 鉄道写真
 
 こっちも(相互リンク)↓
 鉄道コム
  RailSearch
 

開く コメント(6)

 
Nikon D300/Ai Nikkor 50mm f1.2S ISO400 絞り2.8 1/5秒
 
前記事の、ひたちなか市那珂湊海上花火大会の帰り、那珂湊駅で撮ったものです。
リンクは拙写真のGoogle Earthへのリンクです。花火の写真はことごとくはねられましたが、
この写真の他、何枚か一緒に投稿したひたちなか海浜鉄道の写真が、
Google Earthにマッピングされているので宜しかったらリンクからご覧になってください。
 
さて、この日は那珂湊へ花火を撮りに出かけたのですが、車を阿字ヶ浦の駅前に停めて、
湊線の列車でショートトリップ。短い時間ですが、久しぶりに昭和の香りを堪能しました。
 
イメージ 1
阿字ヶ浦駅に停車中のキハ20系列 キハ22タイプとキハ20の2連
 
図らずも、やってきた列車は、旧型気動車2連。
夏場は冷房装置の無いキハ2005(国鉄キハ22と同型で留萌鉄道からの編入車)は運用から
外れると聞いていましたが今日は、花火大会の利用を見込んでのピンチランナーだったかな。
と思ってHPを見たら、「湊線暑いレトロ列車の運行について」と題して、
窓を開けて、昔ながらの旅情をということで企画列車に供されているようです。
 
イメージ 2
冷房装置を装備したキハ205
 
水島臨海鉄道から茨城交通が購入した車両ですが、国鉄キハ20そのもの。
オリジナル色を纏い、昭和の国鉄世代としてはたまらない魅力です。
 
イメージ 10
キハ2005の車内
 
元々寒冷地仕様で、デッキつきのキハ22がベースの為、扉が端に寄っていて、クロスシートが多いのが特徴。
床が木というのもレトロ感たっぷり。車内にはニスの香りが漂います。
 
イメージ 11
キハ205の車内
 
こちらは、リノリウム床。左上に冷房装置の吹き出し口が見えます。
国鉄のキハ20型は冷房化されませんでしたが、
こうして冷房化されることで、夏場の働き口が確保されています。
 
どちらに乗ろうか迷いましたが、やはり窓を開けて乗りたいので後ろのキハ2005に陣取りました。
 
 
イメージ 12
いつもは静かな磯崎駅で
 
地元の(私も地元ですが)花火見物のお客さんでしょうか。結構乗ってきます。
 
 
開け放した窓から入る潮風が心地よく。
湊線は、海に近そうで、中々車窓から海を見れるところはありません。
その中で、僅かですが、平磯手前の築堤から海が視界に入ります。
 
 
懐かしいDMH17Hエンジンの響きも高らかに
緩い坂を上りきると平磯駅。
 
この写真は、Google Erathのマップには採用されませんでした。
湊線の車両を宣伝したかったのですが、残念!
 
イメージ 13
窓の開く列車
 
毎日、こんな列車に乗れたら良いでしょうね。
と思っていたら、私の知人で本当にそうした方がいらっしゃいます。
通勤で湊線を利用できるように、わざわざ引っ越されました。脱帽!
 
 
ちょうど、勝田から来た新型気動車3連と交換。
さすがに向こうは、満員だったようです。
浴衣を着たお嬢さんたちが沢山降りてきました。
 
そして那珂湊駅といえば…
 
イメージ 14
ミニオサム君です
 
オサム兄さん?はいませんでしたが、何でも怪我していてどこかで療養中?だとか。
ところで、もう一人、真っ黒な猫さんがいたと思うのですが。
まさか、ミニオサム君の毛の色が変わっちゃったんじゃないですよね。
 
イメージ 15
何を見てるんでしょ
 
この子、おさむくんより警戒心が強いようで、初見の私が近づくと
一定の間合いを取って、最後までアップを撮らせてくれませんでした。
 
那珂湊駅前
 
この写真はGoogle Erathのマップに採用されています。探してみてください。
この後、花火大会の会場へ向かい、
 
 
前記事で紹介したように、こんな写真を撮ったりして戻ってきて最初に撮ったのが冒頭のショットでした。
駅に戻ったとき、丁度、師匠に会い、社長さんや湊線の応援団の方を紹介して戴きました。
そして、この方も…
 
イメージ 3
 
お名前をお聞きするのを忘れましたが、警戒して間合いを取ることなく写真に収まってくれました。
折角撮らせていただいたのに、マニュアルレンズのままだったので、ピントや露光が甘くすみません。
 
 
花火の後らしく浴衣姿のお嬢さんが列車を待っています
 
勝田駅方面はお客さんが一杯デス
 
上の3枚は、Google Earthにマッピングされています。
なので顔は判らないように、すべてぼかしてあります。
 
イメージ 4
勝田方面行きが来ました
 
お客さん、沢山乗ってよかったですね。社長さん
 
 
イメージ 5
こちらは、私が乗る阿字ヶ浦行き
 
空いていて申し訳ないですけど、いい感じです。
 
イメージ 6
この質感が良いですね♪ 
 
イメージ 7
終点の阿字ヶ浦で
 
20時47分。さすがに、この時間に撮ってる人はいませんね。
 
イメージ 8
ん?この急行色の窓下の塗り分け線が若干高いようですが…
 
この急行色の窓下塗りわけ線、一般色の塗りわけ線と揃えられているんですよね。
まあ、キハ22系列に急行色の塗りわけそのものが無かったし、顔つきはキハ26と一緒ですから
雰囲気は充分出てます、ハイ。
 
イメージ 9
まったりと見送って、家路につきました。
 
 ランキングに参加しています。
記事が気に入ったらこちら↓をクリックして応援してください。
 

開く コメント(6)

イメージ 1
2012年3月20日 常磐線勝田駅 上り2008M【フレッシュひたち8号】上野行き
 
 海外出張の朝、成田空港までいつもはバスを利用することが多いのですが、この日は営業運転を開始したばかりのE657系に乗ってみたいと思い、少々重い荷物を引きずって上野を廻っていくこととしました。ちなみに成田空港までの所要時間はさほど違いがありません。
 
イメージ 2
10両編成の最後部車輌の一番後ろの席に陣取る
 
  確か自由席が後ろ4両だったと記憶しています。りました。ここは、背もたれと仕切りドアとの間に大きな荷物を置いておくのに丁度良いので、電車を利用するときの定位置です。

 
イメージ 6
早朝の始発駅 車内はガラガラ
 
祝日の朝のせいでしょうか、始発の勝田駅ではご覧の通りガラガラです。
 
 
イメージ 7
背もたれは薄く 無機質な感じのシート
 肉厚なふわっとした感じの651系のシートに比べると、いかにも今風とでもいいますか。E653系を踏襲している感じです。新しいところでは、シートにはPC用の電源が準備されていて、無線LANを介してWiMAXにつながるとのことですかね。試してみたかったですが、とても眠かったので上野まで殆ど寝てしまいました。
 
 E657系はフルアクティブサスペンションを搭載、車体間ダンパを装備とのこと。なるほどサスペンションとヨーダンパーが効いているのか、651系よりもずっと大人しい感じです。さすがに力行中は「揺れない」わけではないですが、特に駅の前後でゆっくり走っている間は殆ど揺れることなく滑るような感じでした。
 
イメージ 8
上野に到着

 最後部に乗ったので、空港スカイライナーに乗り換えるため、一番前まで歩かねばなりません。
 時間は余裕を持って出てきているので、ゆっくり行きます。
 
 
 
イメージ 9
そういうわけで前からもう1枚
 
 
イメージ 10
改札をでると華やかなピンクが

しばらくすると上野公園もサクラの時期ですね。
 
イメージ 11
ん?招きパンダ???
 
パンダも旅行者をお招きしてようで。
 
イメージ 3
こちらは空港スカイアクセス線のスカイライナー

精悍なお顔です。
 
イメージ 4
2011年のブルーリボン賞を貰ったんですね
 
おめでとう!
 
 
イメージ 5
こちらの車内も今風というか…
上野出発時点でそこそこの乗車でしたが次の日暮里で殆ど埋まりました。
朝早く起きて眠かったので、またまた眠ってしまいました。
 
今回の行き先は、6年振りかつ2度目となる台湾です。
そして今日はやっと迎えた週末。さて、このあと…
 
ランキングに参加しています。↓
 にほんブログ村 鉄道写真
 
 こっちも(相互リンク)↓
 鉄道コム
  RailSearch
 

開く コメント(0)

イメージ 1
2012年 3月10日 5388レ 通称安中貨物 常磐線 東海〜佐和
 
場所は、自宅の近く、県道31号線が常磐線をオーバークロスする陸橋から。
拙ブログでは同じみの場所ですが、こちら(Google Earth 掲載審査中)から確認できます。
 
例年、3月になると引退する車輌や列車で話題は持ちきりになります。
今年は、日本海縦貫線の伝統列車、特急【日本海】と、急行[きたぐに]が定期運転を終えます。
今週が最後の週末なので、沿線で出迎えているご同好敬氏も多いことでしょう。
時代の趨勢でしょうが、寂しい限りです。時間の都合上、見に行くことはできませんが、
過去のネガから改めて惜別記事を書きたいと思います。
 
そのほか、新幹線では300系がもう車齢20年で、引退なのだとか。
【のぞみ】もう、デビューして20年になるのですね。早いもんですなぁ。
子供たちが大きくなるのも判ります。
 
 それと、ブログ友さんの記事で知ったのですが、最後まで残っていたJR貨物の2軸貨車ワム38000が、この3月で全廃されるのだとか。昔の貨物列車といえば、ボギーと2軸が入り交ざって、タタン、タタン、タタタタ、タタン、タタンとリズミカルな音で楽しませてくれたものです。
 ワム80000と言えば、黒ばかりの2軸貨車の中で、とび色2号(明るい茶色)が、如何にも新しい感じがしましたが、ヤード輸送の廃止とともに2軸貨車自体が、急速に姿を消していったと記憶しています。15t、パレット積みという適度な大きさが、荷主にマッチしていたのでしょうか、製紙輸送の専用列車に残っていたそうです。
 
 関東では、もう一つ、小田急で3形式が姿を消していくそうですね。
 そちらの方でも、皆、忙しいのだろうな。
 
 昨年は、航空ファンの間では、日本航空のジャンボジェットことB747がラストフライト。
 その後、間もなくあの大震災が…。明日で一年ですね。まだ傷跡は多く残っていて、大変な苦労が続いている方も多いことだと思います。 茨城県内も大きな被害を受けた常磐線でしたが、懸命の復旧作業によって、5月にはいわきまでの特急運転が再開されました。
 
2011年3月17日 復旧工事が進む常磐線 勝田〜水戸 (報道公開写真)

 その後、安中貨物の運転再開、日立までの貨物列車運転再開と続き、今年になってから、震災後ずっと復旧工事が進められていた福島臨海鉄道の小名浜駅が営業再開、これに伴って、泉以南の常磐線内は発着貨物は、ほぼ震災の運転本数に戻っています。しかしながら地元、津波と原発事故の二重打撃でいわきより北の広野〜原ノ町相馬〜亘理の間の不通が続いており、特に広野〜原ノ町間は、放射能汚染が高い避難区域にも掛かっていて先が見えません。
 
 
 
 
震災前の2010年 8月10日 常磐線 97レ 広野〜末次

 こちらは、震災の半年ほど前。2010年の夏の朝に訪れた、いわき以北遠征記からの抜粋です。
今は不通区間になっている所ですが、震災前は北海道直通の貨物列車が3往復設定されていました。 他に、小牛田発着の製紙輸送の列車が1往復。現在復活している泉以南の貨物とは違って、これらの貨物列車は水戸以北を古豪ED75(うち一本は新鋭EH500)が牽引していました。写真は前夜の8時過ぎに水戸を発った、小牛田行き製紙輸送貨物。いわきで夜を明かし、朝の常磐線を下っていく所です。
 
 
同日 常磐線 貨物93レ 末次〜久ノ浜

 こちらは札幌行きの高速貨物。深夜に水戸を下っていき、泉で夜が明けるのを待ったあと、朝のいわき北を下って行くところです。
現在不通となっている広野〜末次を行く常磐線上り普通電車
 
 この広野〜末次〜久ノ浜間というのは、常磐線でもかなり海際を通るところで、「今は山中、今は浜、今は鉄橋渡るぞと♪」という童謡、『きしゃ』に歌われたところでもあるそうです。
 
 震災の日、札幌からの92レを盛岡で引き継いだED75 1039は、地震の為に常磐線内で立ち往生中に、津波に合い、後ろの貨車が全部横転して流されても、機関車だけは前を向いて線路に留まっていたそうです。1039号機はED75ファミリーのラストナンバー機。そして、翌日からEH500に交替する最後のお勤めだったそうです。図らずも、新鋭EH500の身代わりになって、その生涯を終えました(結局この機関車は2011年11月に解体されたそうです)。
 
 常磐線は、東北本線と違い、勾配が少ない為、昔は北海道連絡の大動脈を担っていました。[みちのく]、[十和田]、【ゆうづる】と、所帯を大きくしながら、盛岡、八戸、青森、そして青函連絡船を介して北海道の各都市と首都圏を多くの列車が結んでいました。このまま、廃線となることなく、いつかまた、もう一度、原発被害で避難が続いている沿線の街の復興と一緒に復活して欲しいと願います。
 
 東日本大震災で、受難された被災者の方々の為に、哀悼の意を現します。

開く コメント(0)

全26ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事