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散歩にも文化とテーマが必要なのだ!!! だから、最近は近代土木建築遺産マニアと成りつつアリ!?
明治から昭和にかけて、日本が近代化したのは西洋の文明、特に物質によるところが大きい。 今回の第一弾として、水利としての土木遺産である”疎水”に関するものを巡ってきました。 今日は、遺跡発掘家のH氏と一緒に JR和歌山線の西笠田の駅に降り立ちました。見ての通り単線の無人駅ですが、紀ノ川の美しい眺めを楽しむには良いトコロです。 駅より西へ、穴吹川にかかる妹背橋を渡り JRのガードをくぐって川の上の方に上がっていきます。 これが、平成18年2月に疎水百選にも選ばれた”龍之渡井”です。 江戸中期に徳川吉宗の命で大畑才蔵が建設した小田井用水の一部の水路橋であります。 http://www.inakajin.or.jp/sosui/wakayama/index.html 現存しているレンガと石貼りのコンクリート製のアーチ橋は、大正8年に作り直されたものであって、以前は、御覧のように木造橋でした。 疎水とは、農業のための大規模な用水路のことで、途中の川との交錯には、下を潜るサイフォン式と上を越す筧式の立体交差で水を通しています。 名手というこの辺の集落は、世界初の全身麻酔による乳癌摘出手術を成功させた華岡青洲の出身地として有名!! ココの館内のパン屋さんの古代米パンが美味かったゾイ!! しかもタダで食ッタシ!! さて旧大和街道に戻るとモチ古道の雰囲気バッチリ!! この先には、紀伊藩主が宿泊した大庄屋妹背家の屋敷の旧名手宿本陣がある。 しかし、街道筋の商店はすっかり寂れてしまって侘しい感。。。 やっぱり、町の郵便局ちゅう〜のはどこでも当時は、モダンな建てモンやってんのう!! 名手を過ぎ、しばらく西進すると西国三十三ヶ所第三番札所の粉河寺に行き着きます。 寺の正面入口の大門には、仁王さんが怖い顔して立っています。 コッチもなかなか立派な中門ですネ。。。 四天王さんが祀られていました・・・ 本堂は、八棟造という雄大な建物で重要文化財です。 その前の桃山時代に造られた、枯山水の庭園も必見!! なんでも豪快!!って感じやな!? |
トレッキング
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これは、これは東大寺大仏殿であります。 その近くの渋い喫茶店を紹介しま〜す。
名前は、”丹後”・・・アルゼンチンのタンゴかいな??? 洒落ておるのう。。。となりに去年まで銭湯があったのが廃業して跡形もなくなっていました。(小さい冨士山のペンキ絵があってんで。。。) 恐ろしいのは、全メニューの7品目中の5品がカレーにまつわるものであって、 高級志向のアッシは 一番ハイバリューな”おむかれ〜”750円にチャレンジして参りました!! そっから ぶらぶら山手を流しているといつしか柳生に着いてしまいました。なんでか知らんけど 茶畑の道をどんどん上がっていくと、天岩戸神社の鳥居が出てきました。 神社は、タイヘンゆあれの在るところだそうで”手力男の命”という馬鹿チカラのある神様が、アマテラスの隠れた天の岩戸を粉砕した時の破片が降ってきた所を祭っていることだそうです。 さらに神社の奥にすすむと”一刀石”と言われる古代のストーンサークルとも云うべきイワクラがでてきます。(スーパーサイヤ人になって岩を割るH氏???) そこから戻って、向かい側の山の中に”疱瘡地蔵”と呼ばれるものが巨岩に彫り付けてあって、その右下に室町時代の徳政令の記念としての碑文が刻まれている。(借金、踏み倒してもよろしい!!ちゅうこと。) 柳生の酒蔵、大河ドラマ”春の坂道”にちなんで・・・http://blogs.yahoo.co.jp/moscow_mull/41706007.html この辺は、東海自然歩道にあたり街道沿いには、洒落たオーガニックのレストランも存在しています。http://rupa.exblog.jp/ |
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テレビ番組に発心(影響?)されて久々にあるいてみたくなりました。
この季節・・・静かに紅葉を愛でながらしみじみ出来るところ ゆ〜たらやっぱり柳生街道やで!! ちゅ〜こって、奈良市の高級タウンの高畑から 春日山をそぞろ歩きして参りマシた!? しかし我々庶民にとって、高畑というところは敷居が高い!!(と思うのはワシだけ?)大きなお屋敷が端整に立ち並ぶところを抜けると、能登川沿いに柳生街道の入口が出てくる。 木漏れ日の中、ふかふかの落ち葉を踏んでいくのが心地良い。(アッシのアタマの中で、ビル・エバンスの”枯葉”がかかる。 チャチャラチャ−ン チャチャラチャーンてな感じ!!) この辺りからいよいよ春日山の原生林に入ってくる。 境界を示す常夜灯も 神の使いとされる鹿がメインキャラになっています。 柳生街道の前半は、滝坂道ともよばれ 昭和の初めのころは、奈良と柳生を結ぶ生活道路でした。 とにかく石畳の坂道を歩いていくと、小さな滝が次々出てくる。 この道のもうひとつの顔というか・・・有名なのが”石仏の道”でもあることで、さっそく出てくるのが”寝仏”と言って、崖の上にあった磨崖仏が下におっこちたものです。 お次は”夕日観音”と言って、西方(極楽浄土の方角)を向いて崖の上にある。 夕日があたれば さぞ神々しいであろう・・・ このあたりを道からはずれて登ってゆくと、隠れた磨崖仏がたくさんあります。(全部紹介すると探す楽しみがなくなると思いますから、一部の紹介に留めておきます。) さあ〜いくつ見つけられるかなあ〜??? しばらく石畳を登りしめていくと、今度は”朝日観音”というのが出てきます。 なんでも、朝イッパツ目の光が石仏に当たるからだそうで、前の”夕日観音”と作者が同一なんだそうです。けっこう大きいので見応えアリ!!! 次第に坂もきつくなってくるにつれて、杉の原生林も大きくたくさん出てくるようになり、苔むした倒木のブリッジやトンネルが幻想的で深い森をまさしく彷徨っているよう・・・ 杉の大木が林立している。 十津川の玉置神社のようだ・・・神木は、はるか大峰山の金峰山寺の金堂の大黒柱にも普請されている。 どうやって運んだんでしょうか? 昔のひとのやることは、割とスケールがでかいような気がする。。。 この辺は、もみじの木もアリで紅葉がキレイ!!! もみじの落ち葉って絵になるよね〜!!! とか何とかしてるうちに”首切地蔵”まできました。 柳生街道は、剣豪も通った道で ”荒木又右ェ門”という武芸者が試し切りをしたという、タイヘン不幸というか罰当たりなことをされたお地蔵さまがたっています。 そこからさらに歩を進めると、春日山石窟仏というのが左に、地獄谷石窟仏というのが右に道がわかれてきます。 ゲンのいい春日に決〜めた!?ということで左に・・・ 石窟仏って、なんかオリエントってゆうか、シルクロードやね。とひとりうなずくワシだった。。。 破石峠に向かうところが、滝坂道と方角を同一にして緊急用のダートの車道が走っている。 ここでチャリンコで登っているオジサンに声をかけた。(イイ反応なので写真をパチリ!!) ナント!?オジサンのチャリには、ラジオがくくりつけてあるじゃあ〜りませんか!?グッドアイディーア!!! この地点にあらかじめチャリを置いておいてから下から登ってくるのも良いなあ・・・帰り道は、ハゲしくダートトライアルして帰れるにちがいない!!! やっとこ今日の折り返し地点、峠の茶屋です。 猫がいました。可愛い!! 下りかえして、白豪寺の方面へ 新薬師寺の辺にでると、写真美術館もあって高畑でもとくにセレブなゾーンであります。 庶民のたしなみとしては、一にも二にも銭湯ですじゃ。。。この気持ちワカル?? おお〜つ 珍しい。 レンガ塀の長屋がありましたぞ。。。 住みたいような・・・ 遂に見つけた!!!まぼろしの銭湯”末広温泉”いざ!!いざ〜っ!!!と喜びいさんでいってみたら・・・廃業で・し・た。 オーマイ ブッダ!!! |
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うう〜っむ。しばらく更新をしぶっておったので、飽き性を見ぬいておる人々からページをヤメテしまったのではとご心配をかけてしまいました。
だ・か・ら今回こそは、ひきこもりを脱して、深まる秋の風情をそろそろ感じたいので、十津川方面の旭から釈迦ヶ岳にドライブしてみました。 な〜にもせんでも腹は減る!!ということで・・・天辻峠 唯一のグルメ処である”大月”の肉しめじうどんじゃ!!! この季節、しめじの香りが旬ですぞ。高いけど美味い。ささっ、一味をかけて召し上がれ〜〜〜。。。 久しぶりに、登山口まできたら、きれいに整備されてログ調のトイレまであるじゃ〜ないですか。。。 団塊の世代をまた登山ブームにでも巻き込もうという魂胆なんでしょうかね? 栗平林道途中にて、宇無ノ峡の紅葉と不動滝の景観が素晴らしい!!! やっぱり時間が余ってしまったよ。。。帰り道、西吉野のあたりで気になっていた廃線跡が・・・ 早速、廃線探検隊に早変わり!! ということで五新線について(http://tkohara.la.coocan.jp/goshin4.html)で解説はどうぞ。 マル秘の場所から侵入!!! 和歌山の新宮から、五條まで鉄道がつながっていたらきっと便利やったやろなあ・・・今は、バスの専用道路と化していて、それもこの手前の城戸までしかきていないということで残念です。 宗川大鉄橋の上を歩いてみました。 そしてトンネルはまだまだ天辻まで、永遠に陽の目を見ない暗い口を開けたままずっと続いているということです。 何十億という資産を投資して工事途中で廃棄されてしまった、この廃線の遺跡群が物語るモノは只ただ悲しいとしか言い様がない・・・廃墟特有の虚無感!!! さあ、とっぷり日も暮れたし帰ろう。。。 賀名生(あのう)の南朝の”皇居”跡の横にも、ちょうど五新線が走っている。 帰りは、この上を走って帰ったんねん!!!(バス運行中は、決してマネしてはいけません!?) |
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いつも42号線を通るたびに気になっていた!?鬱蒼と杉の巨木が繁る伊勢神宮の別宮の滝原宮に寄り道してみました。 42号線を離れて少し入っていくと、ウソのように静かな昔の熊野街道(伊勢路)に合流します。そこに滝原の宮の鳥居が現れます・・・(http://www.isejingu.or.jp/) しばらくいくと、河原で水取り(手を洗う)がでてくる。伊勢神宮の五十鈴川でするのと同じやね。。。木漏れ日射す杉の原生林の参道を社殿に向かって歩いていくのは、大神神社でも一言主神社でも春日大社でも下鴨神社でも一緒のいにしえの古き良きスタイルで、身も心も引き締まって落ち着いてくる。 何か、伊勢神宮のミニチュア版みたいでこっちのほうがタイソウでなくて親しみやすいかな〜!!! ここで社殿に向かって参拝作法を復習!! 1、まず、深くおじぎを二礼する。 2、柏手をパンパンと2回打つ。(願い事のコトノハを唱える。神様に聞こえるように注意!!) 3、最後に深く一礼する。 今、靖国神社の参拝が中国との外交問題なかで取り沙汰されている。日本人の原点というか、アイデンティティーたる祈るという行為そのものやこころ、浄らかなモノあるいは再生される精神性という部分を静かに日本人として受け止めたい。 そんな事を分からない中国や朝鮮、明らかに民族性が違うのだと自意識できる瞬間がここにありました。 伊勢路はこのまま南へ、ツヅラト峠や荷坂峠を経て紀伊長島方面にでて初めて熊野の海に出会います。 むかし栄えたであろう参道沿いの立派な伊勢作りの商家が残っていて嬉しいです。 今は、車も通るのもまれな閑散とした街道ですが、恰好のよいサイクリングロードになっています。 ホーロー看板が懐かしい。。。(http://www.papapaddler.com/) |





