プロローグ1983年4月。日本航空界の重鎮であるK名誉教授の航空工学概論の講座。航空機設計エンジニアを夢見る若き青年は期待に満ちたその初講座に臨んでいた。講座の終わりに教授は言った。 「イタリアのマッキ72ね。これは、君たち、死ぬまでに絶対に自分の目で見ておく機体だからね。イタリアの博物館に実物があるからね。」 それまで、あくまでクールに事務的に講義を進めていた教授が「死ぬまでに絶対」などという台詞で締めくくったのである。これがこの機体とワタシとの最初の出会いのエピソードとなった。 確かに、1934年に打ち立てたスピード世界記録が今('83年当時は勿論、2008年の現在)でも破られていないのは凄い。レシプロエンジンで700km/h超と言うのも凄いと思う。でも何故水上機なんだ、なんかちぐはぐだなぁ、と、全く知識が無かった当時はそれが最初の正直な所感だった。 そのマッキ72が、どれ程凄い機体なのか、少しでもその片鱗を感じてもらえたらと言うのが今回の記事の企画の狙いである。その前段として、切り離して考えるわけにはいかないシュナイダートロフィーのことを記したが多分に冗長になってしまった。 さて、話を当時に戻そう。 1929年。世界的不況と政情不安の中、シュナイダートロフィーのイギリス永久保持にストップをかけたいイタリアにはどうしても革新的な機体を開発する必要があった。 天才設計技師マリオカストロフィは、この状況に、極めて前衛的な駆動方法と比較的保守的な機体形状で対応しようとした。 これが、航空史上、いや、すべての乗り物史上の中でも屈指の存在となる、マッキMC72である。 マッキMC72。MCは、設計者マリオ・カストロフィの頭文字。 ライバルイギリスのロールスR2350(型式がそのまま最高馬力の2350馬力を発した!)に敵わなかったフィアットV型12気筒1500馬力AS5型エンジンを、縦に直列配置して24気筒のAS6型とし、トータルで2500馬力超を実現。プロペラトルクを打ち消す為の2重反転プロペラを前後それぞれのエンジンで駆動すると言う革新的アイディア。 但しこの「後ろ側のエンジンが前側エンジンを貫通してプロペラを駆動させる」と言う複雑極まりない構造が災いして、当初まともに飛行することができず、結果、肝心の1931年の第12回シュナイダートロフィーに間に合わせることが出来なかった。 懸案のクランクシャフトはイギリスに外注して製作したと言うからその苦労も伺える。 余談だが「前側のエンジンを貫通するシャフト」と言うのがどんな構造だか一生懸命考えてみたのだが判らなかった。エンジンの基本構造を知っている裴なら、クランク軸とコンロッドの関係から、単純に後ろ側のシャフトが前側のエンジンを貫通する構造が成り立たないのはお判りであろう。最も、仮に1基のエンジンで単純駆動するのであっても、二重反転プロペラの構造は理解し難いのだが。 フィアットAS6 24気筒2500馬力。最終的には3000馬力以上にチューンされた。右側に過給機が見える。 さてこの革新的な駆動方式に比較して、機体の平面形はオーソドックスである。 主翼はマッキ33飛行艇のような後退角も付けられずテーパー翼(先端に行くに従い徐々に翼長が短くなる)ですらない。空力的に優れる中翼(翼が胴体の上下真ん中に付いている)も採用されていない。また、コンサバティブに張り線で強度保持が行なわれている。 3面図 だが、これに反して、圧倒的なスタイリングの胴体サイドビューはどうだろう。 24気筒と言う化け物を搭載する必然から長くならざるを得なかったフロント部分と、後ろ気味に必要最小限に設けられている緊張感溢れるコックピットの奇跡的なバランス。30年以上後にようやく一世を風靡するスポーツカーのセオリー「ロングノーズショートデッキ」は既にこの機体で完成されていたのである。 研ぎ澄まされたサイドビュー。イタリアンデザインの究極が宿る。 もうひとつの「デザイン上の奇跡」が、主翼とフロートに貼り巡らされた金属版だろう。実はこれは総て冷却装置(ラジエター)である。構造的にはこの機体に始まったものではなく、1923年のシュナイダートロフィーに出場したアメリカのカーチスR3Cで採用された技術である。 但し、この、イタリアンレッドとゴールドとの色対比はどうだろう。技術的必然の工業デザインをアートにまで高めてしまうオーラが、このカラーリングからは感じられないだろうか。そしてそこには確実に、設計者としての芸術的センスが不可欠だと思うのである。 ITALIAN ART!! そして世界記録樹立へ1931年のシュナイダートロフィーは不戦勝(単独出場)でイギリスが優勝し、5年で3回優勝のルールに則りついにイタリアはタイトルの永久保持を得ることができなかった。しかしながらイタリアの速度記録への挑戦は終らなかった。但し当初はこの機体の複雑な駆動系が災いして、墜落や炎上などのトラブルでまず3機が失われた。1932年頃、ようやく速度記録挑戦の目処が立ち、翌'33年4月10日、フランシスコ・アジェロの操縦で682.078km/hの世界記録樹立を行なった。 更に翌1934年10月23日、ガルダ湖において709.209km/hの世界記録をうちたてた。「レシプロエンジン水上機による速度世界記録」としては今もってこの記録は破られていないのである。 尚機体は最終的に5機製作された。この内唯一最後に残った1機は、イタリア空軍博物館で今もその勇姿を見ることができるのは冒頭述べた通りである。 パイロットのフランチェスコ・アジェロ(中央)とメカニック達 更に、奇跡的なことに速度記録挑戦時の映像フィルムがYouTubeにupされていた。音響は当時のナマロクか怪しいものがあるが、雰囲気だけでも伝わると思う。エンジン始動時の地響きのような迫力が伝わってくる。 参考資料(シュナイダートロフィーの記事含む)■インターネット・ホームページ古典航空機電脳博物館 NORIMONO ZUKAN/遅れてきた英雄 航空機の散歩道/新千歳空港小航空展 PANCETTA(パンチェッタ・紅の豚ファンサイト)/ギャラリー 高橋エコラン実験室/資料/ペーパークラフト Regia Aeronautica/Fra le due guerre mondiali - L'Aviazione Italiana mette le ali ■書籍
航空ファンイラストレイテッドNo.115 AIR RACING スピードへの挑戦 |
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>Yoshimimaru26さん。はじめまして。入魂の記事で、3つ書くのに3週間以上かかりました。でも結果的には自分が一番勉強になりましたよ。
2008/7/2(水) 午後 0:32
>Pikkariさん。最後のカラー写真は、現存する博物館の撮影写真を加工したものと思われます。きっとバックが気に入らなかったのでカットしたんでしょうね(その気持ち判る)。張り線なんてご苦労様って感じです。でもお陰で素晴らしい絵になってます。
2008/7/2(水) 午後 0:34
>ss_firebladeさん。にそう思って頂ければ記事を苦労して書いたのも報われるというものです(笑)。ある意味、イタリアのノリモノよりイタリアの洋服を持ってるほうが、イキじゃないでしょうか。
2008/7/2(水) 午後 0:35
>真メカさん。どのようなオチがお望みでしょう。新千歳空港のミニ博物館にかざってある、これの1/12のデスクトップモデルが85万円で販売されている、とか。かな(笑)。
2008/7/2(水) 午後 0:37
大きな(長い)エンジンを積むための当然のロングノーズ。
長いノーズにバランスさせた、短くてもボリュームのある後ろ部分。
デザインっていつも思うんですが、技術の必然性があってひらめくんですよね。
2008/7/2(水) 午後 1:00
24気筒エンジンってすごいですね。実物を見てみたいです。
デザインがちょい昔のふら〜りと共通点がありますねえ。
2008/7/2(水) 午後 1:10
こんばんは〜!
これ、フロートが無ければ、もっとスピード出そうですね!!
ん〜〜・・・つまりフロント側のエンジンで前のプロペラを
回して、リア側のエンジンで後ろのプロペラをって
考え方で良いんでしょうか? そうなると
本当にどんなクランクを持ってるのか謎ですネェ(悩
フロント側のクランク軸を中空にしてリア側のシャフトを
通すとか?強度と芯がシッカリ出ないかなぁ・・・・
[ やぶいち ]
2008/7/2(水) 午後 7:36
>マルスさん。確かに24気筒でなければこのスタイリングにはならなっかったと思います。でもアメリカやイギリスがおなじことやっても同じくらいかっこよくはならなかっただろうな。
2008/7/2(水) 午後 8:54
>オスマンさん。イメージ思いっきりフェラーリと被ってます。昔は比較的エンジンパワーでライバルに水を空けられていたところまで似てます。そう思うと、最近のフェラーリはホント良くなりましたね。市販車もF-1も。
2008/7/2(水) 午後 8:56
>やぶいちさん。フロートがなければ、ってワタシも思いましたね。でもこの頃、翼面荷重との関係で無制限な滑走路を水面として使える水上機と、飛行中の空気抵抗が少ない普通の飛行機との世代交代の端境期だったのですよ。水上機が生んだ最後のmonsterがMC72だったと言う訳です。
2008/7/2(水) 午後 8:58
アルファ164のデザインをしたエンリコ・フミアさんの自慢話ですが、164のデザインを始めたときはFRレイアウトだったらしいんです。デザインが出来上がった後でFFになったそうなんですが、エンジンフードが高すぎてかっこ悪いので、あと5cm低くするように譲らなかったんだそうです。こういう辺りがイタリアなんでしょうね。
2008/7/3(木) 午後 2:46
3000馬力って想像も付きませんね。
イタリアの底力が垣間見えます。
さぁ、これが、どうやってドカに繋がって行くのでしょう。
2008/7/4(金) 午前 2:16
>マルスさん。具体的には、そんなエピソードもあるんですねぇ。しかし、FRの164だったら、今でももっと魅力的だったろうな。
2008/7/5(土) 午後 3:36
>kanarieさん。まぁ同じイタリアだと言うことで(笑)。歴史的に繋がるって言えばむしろアグスタの方ですかねぇー。
2008/7/5(土) 午後 3:37
勉強になりました。実物、見てみたいものです。
フェラーリ社に真紅のジェット戦闘機が展示してあるそうですが、
航空機とクルマって結構繋がってますね。
しかし、反回転のプロペラ始動。順に行うんですね。
クランクがどうなって貫通しているのか?いくら考えてもわかりません‥。
2008/7/6(日) 午後 2:01
はじめまして。シュナイダートロフィーに引き寄せられてやってきました。マッキMC72は僕も大好きな機体です。ビル・ガンストン著の『航空ピストンエンジン』には、AS6の吸気系は機体を破壊するほど強烈なバックファイアを生じたとあり、苦労が偲ばれますね。駆動シャフトに関しては、おそらく前エンジンのVバンクの間を後エンジンの動力取り出しシャフトが通っているのでは?と推測します。
[ - ]
2008/7/7(月) 午前 10:07
>swさん。ワタシも始動まで別々とはちょっと驚きました。動画ではありますがやっぱり「百聞は一見にしかず」ですね。クランク構造は、いつか絶対に明らかにしてやりたいと思います(笑)。
2008/7/7(月) 午後 11:20
>zdm860さん。はじめまして。コメありがとうございます。この記事で航空機ファンの方からもコメをいただけて本当に嬉しいです。
この記事の2枚目のエンジンの写真を見ても判るように、どう見てもクランク軸が駆動軸に直結はしていなさそうですね。ワタシも、後ろ側の軸は前側のクランク中心よりオフセットして配置されていると思います。下側かと思ってましたが、ご指摘の通りいわれて見るとVバンクの間ってのは成立しそうですね!!!
2008/7/7(月) 午後 11:23
ラジコン飛行機にして2機作成しました。勿論2機とも同軸反転構造です。翼幅1400ミリ×機長1200ミリと翼幅1200ミリ×機長900ミリ。ワンモーターでトラクタプロベラブレードと、プッシャープロペラブレードを回転できるように模型ラジコン車の0.4モジュールギアを駆使してギアボックスも作りました。水辺が遠くて、フロートではなく、車輪を装着して陸の滑走路で飛ばしていました。
[ 北見 充弘 ]
2019/8/25(日) 午前 0:40
OK模型のブラシレス同軸反転モーターはもう製造していない様です。現段階で中国製と思われる同軸反転モータ+前後ブレード+スピンナー付きをネットショップで13000円で売ってたのでフロートと合わせて用意しました。ペラは8インチと小さく、軽く仕上げないと。翼幅1200ミリ×機長900で全備重量1000グラムを目指します。
[ 北見 充弘 ]
2019/8/25(日) 午前 0:50