|
土地の塩漬け、拍車の懸念 江村 英哲(日経ビジネス記者)20100331日経BP
中小・零細企業が、今年4月1日施行の「改正土壌汚染対策法」に憤っている。汚染の実態が明らかになり、資産価値が目減り、資金繰りに支障を来す恐れがあるためだ。汚染の浄化費用を土地の所有者にすべて押しつける方法に限界が見えている。
今年4月1日から施行される「改正土壌汚染対策法」が、中小企業経営者からの反発を招いている。改正土対法では、3000m2以上の土地を改変する場合は、土壌調査の結果を都道府県知事に届け出なくてはならなくなる。
改変とは、建物の増床や改築といった、わずかでも土地をいじる必要が出た場合を指す。そのため土地を他者に売らず、所有し続けても、届け出の義務が生じる。この措置に、全国中小企業団体中央会政策推進部の及川勝部長は「調査結果の公示化で、中小企業の資金繰りに支障を来す」と懸念する。
所有する土地が土壌汚染されていることをつまびらかにすれば、資産価値の目減りは避けられない。それは土地を担保に金融機関から資金を借り入れる中小企業にとって、銀行融資を受けにくくなることを意味する。
浄化費用は地価の3倍以上も
土対法が改正されるのは、立法の趣旨である「人の健康被害を抑えるため」というのが環境省の主張だ。土対法はそもそも、トリクロロエチレンや鉛といった25種類の特定有害物質を人体に摂取される経路を遮断するために、2003年に施行された。有害物質が土壌を汚染している可能性のある施設の土地の所有者に、汚染があるかの調査や、汚染されていた場合には浄化の義務を課す。
その対象になるのが、これらの有害物質を汚水や廃液として出すめっき工場やクリーニング工場、ガソリンスタンドなどだ。土対法では、有害物質使用特定施設と呼ぶ。これらの施設が廃業する時などに調査、さらには浄化の義務が生じる。
だが土対法が施行されても、汚染の調査や対策は進んでいないのが実情だ。その原因は、調査及び浄化のための費用が、固定資産の価格より高くつくことがあるからだ。
東京都内でめっき工場を営んでいたある経営者はこう打ち明ける。「工場閉鎖時の土地の坪単価は90万円だった。一方、敷地から有害物質が見つかった場合、浄化費用は坪当たり約300万円と言われた」。
めっき工場のような零細で、しかも厳しい値下げ要求をのまなくてはならない下請け企業が、土地の売却価格の3倍以上の処理費用を負担できる余裕は通常ない。めっき工場の元経営者は「ずっと休業状態を続けるか、もしくは土地を捨てて夜逃げするしかない状況に追い込まれる」と訴える。
ブラウンフィールド――。土壌汚染の処理費用が資産価値を上回って未利用になった土地などを指す言葉だ。
塩漬けの土地は全国に30万カ所
環境省は2007年に「土壌汚染をめぐるブラウンフィールド問題の実態等について」とした調査を報告している。その中で、日本の潜在的なブラウンフィールドが、全国に30万から45万カ所存在すると見積もる。
面積にすると2.8万ヘクタール。東京都23区の半分に迫る土地が、全国で塩漬けになっている計算だ。環境省は、この資産規模を2007年時点で10.8兆円と試算している。
ブラウンフィールドの状況を放置すれば、土壌汚染の実態把握、さらに浄化が進まない。そのため改正土対法では、有害物質使用特定施設が廃業しないで改変する場合でも、汚染しているか調査することを義務づけた。この措置は、特定施設にとっては、さらなる負担増を負うムチとなる。
そのためのアメとして、環境省は土壌汚染はあるが健康被害の恐れがないという「形質変更時要届出区域」という新しい基準を設けた。土地の表層をアスファルトで被って汚染物質が飛散したり、土壌に含まれている液体が近隣に流れ込まないように、地下水を遮断するなどの措置を施した土地が、この区域に当たる。
こうした「簡易な」改良にかかる費用は、汚染土壌を入れ替える掘削除去に比べて10分の1ほどで済む。そのため新基準を施行すれば、これまでのように高い費用に尻込みして、土地を塩漬けにする可能性は低くなるというのが、環境省の読みだ。
しかし、現実には汚染はあるが、抜本的な対策を施していない土地として敬遠される可能性がある。費用は抑えられても、土地の資産価値は目減りするので、収支を考えれば、有害物質使用特定施設が積極的に対策に乗り出すとは考えにくい。環境省の思惑通り、土壌汚染による健康被害の恐れを軽減するには、抜本的な対策が必要だ。
国の指導に従ったら汚染当事者に
その中身を考えるうえで傾聴すべきは、汚染の“当事者”の意見だ。先のめっき工場の元経営者は言う。
「我々は汚水を国の指導に基づいて適切に処理し続けてきた。その方法で、溶剤が土壌に染み込んだ。それにもかかわらず、土壌の有害物質が基準値を超えているから処理費用を負担しろと言われても納得はできない」
この経営者は汚染被害を食い止める土対法の趣旨には手放しで賛同する。だが、不法ではなく適法に対策してきたにもかかわらず、汚染されたものを、すべて土地所有者に負わせるやり方には同意できないとする。
土地の塩漬けが解消されなけば、景気にも影響を与える。土壌汚染は景気対策の観点からも政策を見直す時期に来ている。
塩漬け土地を再生するビジネスも
改正土壌汚染対策法の対応で塩漬けになった土地を再生するビジネスも生まれ始めている。ブラウンフィールドの再生事業を手がけるフィールド・パートナーズ(東京都千代田区)の福永健二郎社長は「20年前からブラウンフィールドの問題を抱える米国では、行政が汚染処理の補助金を出すなどして問題の解決に当たっている。日本ではまだ議論が始まったばかりなので、誰かがリスクを取って汚染土壌を再生させなければいけない」と話す。
フィールド・パートナーズの再生事業は、汚染が残った土地を購入して、浄化、売却する。同社が土壌汚染のリスクごと買い取って引き受けるため、前の土地所有者は土地の処理に頭を悩ませる必要はない。
土壌汚染の処理費用などを、専門家が鑑定することで、安全な土地の管理を担保する。周辺住民など第三者からの訴訟で賠償が発生した場合、費用支払いなどのリスクは損害保険ジャパンの提供する環境汚染賠償責任保険を通じて補償する。
今年1月には、第1号案件として東京都板橋区内の1万1000m2のメーカー工場跡地を、中央三井信託銀行と手を組んで組成した特定目的会社が取得。総投資額は40億円で、今週までに土壌の浄化工事を施して、年内に不動産会社に売却する予定だという。
|