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湯浅博 世の無用人にはならず20121106産経
先輩記者が新聞社を去るときに、藤沢周平の小説『三屋清左衛門残日録』を送ることにしている。東北は海坂藩の側用人が、隠居してからも「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」と、藩を陰から支える物語である。社を離れても、見守ってくださればという小欄からのメッセージである。
すると、「一身独立して一国独立」との言葉を返してきた人がいた。福沢諭吉の『学問のすすめ』である。後でページを開くと、「自分にて自分の身を支配し、他の依りすがる心なきを云ふ」との一節もある。定年退職とは自助と独立であり、現役が自力でがんばれといいたげであった。そこは人も国も同じであろう。
だが、新人リタイアリーにとって、いうは易(やす)く行うは難しであろう。おそらく、朝は早起きしてゆっくりと散歩し、朝食づくりを手伝い、新聞を読む。食後は「さて、どうするか」というのが、共通した思いではなかろうか。
かの清左衛門はどうしたか。「埃をはらって経書を読み、むかしの道場ものぞいてみるつもりだ」といっている。だが、昔の道場仲間の町奉行、佐伯熊太が訪ねてくると、やることがないのを嘆き「おのれを、世の無用人と思う」と自虐的だ。
そう考えているところに、米国から元ラスベガス大学教授のロン・モースさん(74)が来日したので、あちらの隠居生活を聞いてみた。彼は柳田国男の『遠野物語』の翻訳者としても知られ、「遠野文化賞」の授賞式出席のためにやってきた。
そのモースさんから聞く米国の隠居事情はさすがである。彼は大学を辞める間際にラスベガス郊外の丘の上にある家に移り住んだ。7千所帯もあるベッドタウンだが、入居資格が55歳以上に限定されたシニア向け住宅であった。
2つのゴルフ場を囲むように家が建ち、テニスコートやジム、気軽に楽しめるカジノまである。隣近所がご隠居さんばかりだから、「互いに助けあいのコミュニティーができている」そうだ。もちろん病院が完備して、寝たきり状態になればしっかりとケアしてくれる。ため息が出るような老後である。
わが日本の隠居事情はどうか。昭和22年生まれの団塊世代1期生が、昨年64歳を迎えて続々と退職している。今年は、これに23年生まれが続くから、来年にかけて例の“前期高齢者”が街にあふれ出す。どこの公園も、スーパーも、そして病院も「一身独立組」が、闊歩(かっぽ)する。
彼らには、あり余る時間とそれなりの懐具合がある。すると、中学や高校のクラス会がふえてくる。小欄に届いたクラス会のお知らせは、午後2時から池袋にある居酒屋チェーンであった。3500円以上の料理を頼むと、飲み放題つきの「昼宴」なるプランであった。団塊世代をターゲットにした商魂である。
ラスベガスのシニアコミュニティーに及ばないが、それなりに楽しき居酒屋コミュニティーである。クラス会もあれば同好会もある。昼の居酒屋は、新人リタイアリーたちの憩いの場になった。
いまや個人消費に占める60歳以上の比率は44%にのぼり、さらに増えつつある。現役世代の収入は景気に左右されるが、ご隠居たちの年金収入は安定している。65歳に差し掛かって年金を満額受け取ることが、定年後も働き続けていた人の引退を加速させた。
旅行会社からフィットネスクラブまでが団塊世代を標的にしている。ご同輩、せめて財布のひもを緩めて、個人消費という内需の押し上げに一役かってくれたらいかが。世の無用人にならず、「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」の意気でいきましょう、ぞ。(ゆあさ ひろし)
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