徒然なるままに… モンペリエ通信

ずっと更新しないで放置してしまっていたけれど、近々再開予定?

☆映画・演劇☆

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自分が見た映画や演劇など、芸術に関すること。
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Joyeux Noel

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【12月6日】留学第86日目

今日は映画に行ってきた。
みんなが良い良い言う映画だったので、行こう行こうと思っていたんだけれど、なかなか行く気になれなくて、ついつい今日になってしまった。
その映画はChristian Carion監督の「JOYEUX NOEL」
フランス・ドイツ・イギリス・ベルギー・ルーマニア合作である。
まぁ、この映画の題はフランス語で「メリークリスマス」という意味なんだけれど、2005年のカンヌ映画祭で特別招待作品として選ばれた映画。
しかも、ダイアン・クルーガーとギョーム・カネが夫婦で出演していた。
あ、あと「グッバイ・レーニン」のダニエル・ブリュールも出てた。
ギョーム・カネ格好よかった♪あは。


それはそうと、この映画は1914年の第1次世界大戦を舞台にした戦争の本当にあった歴史で忘れ去られた話が映画化されたものだとか。



時は1914年12月のノエルの夜、運命の4人の登場人物のスコットランドの牧師、フランス人中尉、ドイツ人テノール歌手、そしてデンマーク人のソプラノ歌手によってドイツ、フランス、イギリス軍兵の間に前例にない友好関係が…。

各陣では、それぞれ簡単な食事を楽しみ、そのうちスコットランド側ではバグパイプの演奏が始まる。
対するドイツ側ではオペラ歌手がクリスマス・ソングを歌い、敵軍のバグパイプが伴奏しはじめる・・・。
ドイツ軍将校はオペラ歌手に陣から頭を出すなと叫ぶが、ふと向こう側を見るとスコットランド人は全員陣を出て歌を聴いていた・・・。
こうしてドイツ軍とスコットランド軍はクリスマスの間休戦することを将校間で決定し、慌てて出て行ったフランス軍にも提案される。

そしてスコットランドの牧師よって、全員でクリスマスミサが…。


そのようにして敵味方の区別なく、皆で楽しんだクリスマス。
それは彼らにとって永遠に忘れられない心を揺さぶる重要な出来事となる。

本来なら向かい合う「敵」だけれど、その敵の手を握手し、その人とタバコとチョコレート等を交換し合い、敵味方に関係なく、同じ時を生きる人間として隣人にメリークリスマスを告げるために塹壕の奥に銃を置き、会いに行く…

で、それが齎した結果は…。


というお話。

ものすごくいい映画で、もう1度観たいなと思ったいい映画だった。

日本でも公開されるのかな?
もしなるとしたら絶対におススメの映画!

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

原題:"Joyeux Noël"
仏題:"Joyeux Noël"
フランス・ドイツ・イギリス・ベルギー・ルーマニア合作
製作年:2004年
監督:Christian Carion
出演:Guillaume Canet, Benno Fürrmann, Diane Krüger, Daniel Brühl

おすすめ度 :☆☆☆☆☆(5つ星中満点)

ユニフランスHP:フランス映画を日本に広めるためのサイト↓(画像はここから拝借)
http://japan.unifrance.org/films/detail_film.asp?CommonUser=&langue=21010&cfilm=25621

また逢う日まで

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今井正監督『また逢う日まで』

昭和25年制作の映画で、もちろん白黒映画です。

主演は久我美子、岡田英次など。

評価は5点満点中☆☆☆

この映画は、ガラス越しのキスシーンが有名である。
戦争中にガラス越しにキスする若者の、そのシーンが時代を象徴しているといって、大島渚監督などが絶賛したこともある映画だ。
このシーンは何とも切ない。

この映画のストーリーは、時は戦時中。
田島三郎という文学青年が主人公である。
彼の父は裁判長で、彼はいわゆるいいお家の三男坊である。
長兄の一郎は既に亡くなっていて、彼のお嫁さんは未亡人で身重のみだが、嫁ぎ先の田島家で暮らしている。
次兄の次郎は陸軍の中尉で、いつも三郎を軟弱者といって罵る。
三郎は、そんな中で閉塞感に襲われつつ、戦争に疑問を感じながら、日々生活しているが、ある日、空襲の非難の際に、防空壕で偶然隣りに居合わせた女性ケイコに一目惚れをする。
三郎は、空襲が治まったら、彼女に声をかけようと決心するが、その時はケイコを見失い、声をかけられずに終わってしまった。
だが、偶然にも二人は出会い、そして、恋に落ちる。
二人は戦争が激しくなるのに、出会いを重ね、お互いの想いを深めていくが、そんなある日、ついに三郎の元にも出征命令が来る。
その時、二人は一体どうなるのか…というのが、主なあらすじである。

この映画はいわゆるメロドラマである。
つまり偶然とすれ違いが諸所に見られる。
それが何とももどかしく、見る者の切なさを煽る。
さらにこの映画は、反戦映画でもある。
特に次男の次郎が軍人なのにもかかわらず、最後は戦死するのではなく、国内で貨物の事故で「犬死」するのには、おそらく、今井監督の反戦の意が込められているのかもしれない。

ところで、この映画はロマン・ロランの『ピエールとリュース』という作品が原作になっている。
この『ピエールとリュース』という作品は、第一次大戦下のフランスの若者の純愛小説であると同時に反戦小説でもあった。
いま世界の至る所で戦争が行われているが、その戦争というものがどれだけ多くの人生を断ち切るのか、そして、その愚かさと悲しさを、か弱いひな鳥のような貧しい若者たちの恋愛を通じて、静かに訴えている作品である。
それを今井正監督が日本で映画化したのである。

今井正。
知っている人は知っているだろう。
映画雑誌「キネマ旬報」で1950年代に1位に5回もなった監督である。
あの黒澤明とて1位には3回しかなったことがないくらいだ。
でも、彼は黒澤や小津や溝口とは違って、あまり知られてはいない。
どうしてだろうか?

まあ、それはさておき、この『また逢う日まで』、日本の映画史に残る名作である。
ビデオやDVDにもなっていると思うので、機会があったら是非とも見ていただきたい作品である。

妖艶なる世界

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金曜日に渋谷のコクーンで観てきました。

一体何をかというと、串田和美演出☆歌舞伎「桜姫」☆

これは、中村福助、中村扇雀、中村橋之助、中村七之助、坂東弥十郎などが出演しています。

歌舞伎はいいものです。

舞台は男性だけで繰り広げられているのに、あの何ともいえない妖艶な世界!

この「桜姫」というのは、4世鶴屋南北の作で『桜姫東文章』が原作となっています。

この話の筋は…

昔、江ノ島の僧である清玄(せいげん)は稚児の白菊丸と心中を謀るも、当の清玄だけは生き残ってしまった。
その数年後、新清水寺の高僧となった清玄のところへ、京の名家、吉田家の息女「桜姫」が尼になるためにやってくる。
だが、桜姫の父と弟は何者かに殺害され、彼女の家の重宝「都鳥の一巻」も奪い取られてしまった。
さらに、その時、屋敷に盗賊として忍び入った釣鐘権助(つりがねごんすけ)に陵辱され、妊娠していたのだった。
そして、桜姫は人知れず、その子を産んだのである。
そんな桜姫が、以前自分と心中し、先に逝ってしまった白菊丸の生まれ変わりと悟った清玄は、桜姫につきまとうようになる。
しかし、陵辱されたのにもかかわらず、その相手であった権助のことが忘れられずに、桜姫は、清玄を相手にせず、ついには誤って彼を殺してしまう。

権助の女房になった桜姫は、生活のために女郎屋へ身を売り、風鈴お姫と名乗るようになる。
生まれが公家であり、その身についたお姫様言葉で人気を集めるものの、ある日、桜姫の枕元には幽霊が出るという噂がたつ。
それは、清玄の亡霊の仕業であった。

ある夜、清玄の亡霊から、父と弟を殺し重宝を盗んだ犯人が権助であると聞かされた桜姫は…というもの。

中村福助演じる桜姫が何とも妖艶で、男性が演じているようには思えず、どう見ても女性がそこに立っているようにしかみえない。

歌舞伎の女形とは何ともまぁ凄いものである。

日本の伝統芸能は、やはり素晴らしい☆

歌舞伎というと学校の授業でやったような『勧進帳』のようなイメージがあるかもしれないが、歌舞伎はそういう一見退屈そうなお堅い小難しい話のものから、『四谷怪談』のように我々がよく知っている、わかりやすいお話のものもあり、決してつまらないわかりにくいものではない。

むしろ歌舞伎は、諸所にブラックユーモアなものが盛り込まれていたりもして、お笑いの要素もたくさんあり、本当に奥の深いものである。

色んな意味で、日本人たるもの、一回は歌舞伎をご覧になるのもいいと思う。

『桜姫』HP : http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/event/sakura/

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三島由紀夫の『近代能楽集』を蜷川幸雄が演出した芝居を見てきました。

この芝居は『近代能楽集』の中の「卒塔婆小町」(そとばこまち)「弱法師」(よろぼし)の2本立てでした。

卒塔婆小町

この卒塔婆小町という話は、恋人たちがベンチで抱擁している夜の公園で、見るも忌まわしき乞食の老婆が煙草の吸い殻を拾いつつ登場し、一組の恋人たちを追い払い、ベンチを陣取るところから始まる。そして、そこへ酩酊の詩人が現われ、老婆に素性を問い掛け、九十九才の老婆は答える。
  
「むかし小町と呼ばれた女さ。私を美しいと云った男はみんな死んじまった。私を美しいという男は、みんなきっと死ぬんだ」と。

詩人は老婆に、老婆が美しかった八十年前の話をしてくれと頼む。
八十年前、老婆のもとへ百夜通いをしていたのは深草少将だった。
詩人は、深草少将を演じ、老婆の話に熱心に耳を傾ける。
すると夜の公園が、一瞬にして明治時代の鹿鳴館の美しい庭に変わり、舞踏会のために着飾った男女たちが現れ、その時、老婆はかつての美しい小町となっている。そして、詩人に一緒にワルツを踊ろうという。
そんな中で、小町の美しさを皆が口々に称賛する中、詩人は次第に不思議な気持ちになっていき、言ってはならない言葉を口に出しそうな気持ちになる……、という話である。

舞台一面に広がる椿の花
この舞台の公園の背景がなんともいえず美しかった。絶えず椿の花が上からポトリポトリと落ちてきて、その落ちてくる音が、何とも言えず不気味に聞こえた。

弱法師
時は晩夏、家庭裁判所の一室。戦争中の東京大空襲の時に、炎で目を焼かれ、光も両親も失った5歳の少年、俊徳。物乞いをしていた彼を、川島夫妻が引き取り、蝶よ花よと育て上げた。
それから15年後、俊徳の実の両親の高安夫妻が現れ、家庭裁判所で調停委員の桜間級子を挟んで、彼の親権をめぐり、高安夫妻と川島夫妻とで話し合いが持たれていた。
高安夫妻は15年間、俊徳を思わない日はなかったと懇願し、川島夫妻は、そんな高安夫妻の言い分を聞き入れずに、話は平行線をたどる。
そこへ級子が俊徳を連れてくる。
盲人の俊徳は、人も世界も受け入れない固い殻に閉じこもり、二組の両親を嘲け、俊徳は級子に言う。
  
「養い親たちはもう奴隷ですよ。生みの親たちは救いがたい莫迦だ!みんな僕をどうしようというんだろう。僕には形なんかなにもないのに。」と。
  
そうしている内に、陽は傾いて、級子が窓の外の美しい夕映えに感嘆の声を上げると、俊徳は、その光景を炎に目を灼枯れたときに見た「この世のおわりの景色」を思い出し、その幻影に襲われる……。
そして、その興奮した俊徳をやっとのことで宥めた級子。
そこで、俊徳は最後に一言。

「僕は誰にでも愛されるんですよ。」

「弱法師」は、昭和30年代の家庭裁判所の風景である。そして、そこは何とも簡素で殺伐としている。でも、夕日が差し込む窓、そして、夕映えの赤が部屋一面を染めるシーンは何とも綺麗だが、その反面、まるで一面が血に染まっているようで、これまた不気味なものだった。
でも、この作品は現代の教育のパロディ、つまり、現代の親と子の関係性を映しているかのように私には思えた。
子供の機嫌を伺い、子供を怒らせまいとビクビクする現代の親。
なんともそれを皮肉たっぷりに描いているように思えた。

藤原竜也の狂人の演技は、意外にも、かなりよかった。そして、調停委員桜間級子役の夏木マリの演技は、静かなのに、どこか凛とした芯のある演技で、とてもよかった。

最後に一言言うならば、どちらの作品も三島由紀夫の美学が窺える作品であるので、是非とも原作を読んでいただけたらと思う。

<<おまけ>> この舞台の原作を読みたい人は、三島由紀夫『近代能楽集』(新潮文庫)を読んでみて下さい。

       近代能楽集公式HP:www.horipro.co.jp/ticket/kouen.cgi

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観てきました!!

クリント・イーストウッド監督、主演『ミリオンダラーベビー』

   私の映画評価:☆☆☆☆(満点は5つ)

この映画はアカデミー賞主要4部門を受賞した話題作で、主演はクリント・イーストウッド、ヒラリー・スワンク、モーガン・フリーマンなど。

この映画はモーガン・フリマン扮する元ボクサーで、今はボクシングジムの雑用係の老人スクラップが、23年来の付き合いがあり、昔、彼が現役を引退するまでの2年間、彼のセコンドを務めたクリント・イーストウッド扮する凄腕カットマン(ボクサーの傷の手当などをする人)兼トレーナー、フランキー・ダンとヒラリー・スワンク扮するプロ女性ボクサーを目指すマギー・フィッツジェラルドとの深い絆を語るという構造で展開されている。

マギーは32歳。ボクサーを目指すには些か歳をとり過ぎている。だが、自分がプロのボクサーになることを常に夢見、数々の一流のボクサーを育ててきたフランキーに教えを請うために、彼に近づき、彼のジムに入るが、「女は育てない」と断られる。だが、マギーは諦めずにジムに通い、ある日、ひょんなことからフランキーが彼女を育てることを決心する。過去に娘と修復不可能な過去を持つフランキーは、幼い頃に唯一の理解者だった父をなくしたマギーに、自分と同じ匂いを嗅ぎ取ったのだった。そして、そこから、ボクシングを通してマギーとフランキーの心の交流が始まる。そうして、時が経つにつれ二人の絆は徐々に深まり、2人は深い絆で結ばれた「家族」になっていく。フランキーはマギーに「常に自分を守れ!」といい続け、マギーはフランキーの元で、試合に勝ち続け、瞬く間にチャンピオンの座を狙うまでに成長する。そして、いよいよチャンピオンと対戦する日に、彼女とフランキーの元に人生を左右する悲劇が訪れる……。

この映画はいろいろな見方ができるかもしれないが、端的に言ってしまえば、イーストウッドが「これはシンプルなラブストーリー、父と娘のラブストーリーだ」と言っている通りかもしれない。
そして、人によっては「可愛そうな物語」或いは「悲しい物語」」で終わるかもしれない。
だが、それだけに留まらず、この映画は人間が「生きる」という意味を、観ている者に考えさせる深い深い哲学を伴なった映画だと、私は感じた。

クリント・イーストウッドの映画はいつもバランスが悪いと私は思う。
バランスが悪いといっても、決してそれは否定的な意味ではなく、イーストウッドのこのバランスの悪さこそ、彼の最大の利点だと思っている。
それがイーストウッドらしさだと。
つまりそれは、この『ミリオンダラーベビー』で言うなら、この作品の3分の2はある1つのことでバランスよく統一されて展開しているが、残りの3分の1があまりに決定的且いろいろな意味で衝撃的で、観ている者には、前の3分の2よりも残りの3分の1の方の印象が強く残ってしまうということだ。
つまり、残りの3分の1に、始めの3分の2はノックアウトされてしまうみたいな感じだ。
まぁ、あくまでこれは私的な見方であるが…。

それと蛇足になるが、この映画と比較して、今年度アカデミー賞外国語映画賞受賞作品のスペインの映画『海を飛ぶ夢』(アレハンドロ・アメナーバル監督作品)を観てみると面白いと思う。

  ミリオンダラーベビーの公式HP: http://milliondollarbabymovie.warnerbros.com/story.html

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